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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
休憩中 第1回目
23/143

外のトイレは遠すぎた。

「ところで、非常口はどこなんですか?」

 一人だけ知らない神谷に、羽生が自分の後ろの角に顔を向ける。田中と森山がその角に向かい、岩田がにこにこと付いてくる。

 田中は、森山とともに扉がある辺と接する辺りを、せーの、と一緒に押した。

 押した場所と反対端の梯子があるところの間、壁のちょうど真ん中を軸に、壁が外側に動く。その分、反対端が内側に入ったが、ぎりぎり梯子の使用に障害がない辺りで止まった。

「おー、ちゃんとちょっとだけど踊り場になってる」

 森山がのぞくのに、田中も首を突っ込む。

 造りは、この階まで上がってきた階段に似ている。外壁側に踏み板がめり込んでいて、内壁側には鋳鉄製の柵。踊り場の部分以外は、階段と部屋の壁との間に狭い吹き抜け空間ができていた。

「若いの、俺に三階ゆずってね」

 そう言って、森山がそのまま階段に踏み込みあがっていく。そう言われたら、田中は下に行くしかない。

「ついて行きますね」

 神谷が岩田の後ろから田中に言う。

「面白そうだから私も下に行くわ」

 間にいた岩田がそう言ったので、三人続いて下に向かうことになった。

「相川さん留守番お願いしますね」

「はいよー」

 神谷の言葉に、席に座って南瓜におやつをあげ続けている相川が応える。田中が下りつつ振り返ると、羽生が上に向かうのが見えた。下りはすぐに踊り場で急角度に曲がらされる。

 降りて行くと、入ったときにみた赤い部屋と大きな扉の一階に着いた。柵が一階の床に突き刺さっている状態だ。上を見るに、内壁と階段の間の吹き抜けは、三階の床下までらしい。

 一階についたと言っても柵の切れ目がないので侵入はできない。また、角の踊り場を急角度で曲がる。たどり着いた地下は、目の前に非常口表示のあるドアがあり、急角度に曲がったところには突き当たりまで広い空間があった。非常口からすぐの内壁側にも一つドアがあり、そこには『管理人室』の表示がある。非常口のドア上の案内は緑の明かりが点灯していない。広い空間にも明かりはついていないが、よく見れば突き当たりにエレベーターが見える。

「説明では、この非常口を出るんですよね、トイレは」

「エレベーターと管理人室の話はなかったね」

 岩田に確認して、非常口のドアを開ける。ドアを開けると緩い坂道が右へカーブしながら続いている。緩いので、塔の周りを半周くらいしただろう頃に、扉が見えた。

 そこを出ると、目の前にトイレ表示のドア。そうして、右側はそのまま外だった。

 なんとなく、三人ともがいったん外に出て、周りを見ながら外の空気を堪能した。

 外は既に夜になっているが、まだ、遊園地ではしゃぐ子供たちの声や、音楽が聞こえていた。

「往復に時間かかるから、のんびりしてちゃダメか」

 岩田が真っ先にUターンしてトイレの扉を開けた。

「中で男女と多目的トイレに分かれてるよ」

 同時に三人は入れる。田中は男性用トイレに入った。中は、個室二個と小便器が三つあった。こんなところにこんなに数が必要なのだろうかと思う。

 用を済ませてトイレを出ると、二人がまだだったのでまた外に出た。

 すぐに神谷も岩田も外に出てきた。

「ここ、一階の裏側ですかね」

「そうですね。通ってきた地下通路の上が、遊園地の遊歩道ですね。トイレも遊歩道の下」

「気分的には一階の扉から中に入りたい」

 岩田の気持ちもわかる。

 二階から地下一階に降りて更に一階分狭い坂道を上がってここまで来たのだ。

「表の扉は出入り禁止って、石井さんが言ってましたね」

「今更なんのことかと思ったら、こういうことだったのね。エレベーターもダメだよねえ」

「二階の出入りできる範囲には、エレベーターの扉なかったですよね」

「うう」

 次は三階に行こう、と一番若い田中も思った。

「それはともかくとして、神谷さん訊いていい?」

「はい?」

 諦めて扉に向かおうとしていた神谷が体を戻す。

「私の元彼と名前が似てるんだけど、親戚だったりするかな? 親戚に『神谷冬彦』っていない?」

 神谷は、ただ、表情を落とした。何も読み取れない表情に。岩田が、目をぱちくりとさせる。

「元彼って、酒修行の?」

「そう」

「・・・・・・いることはいますよ、同姓同名が。うちの親戚『冬』が付く人多いんです。まあ、神谷姓は珍しいってほどじゃないと思いますけど」

『冬』と聞いて、田中も閃いた。

「うちの母も『冬』が付きますよ。冬子と書いてとうこって読むんですけど。田中冬子。旧姓は外宮」

 神谷がまた、口を閉じて表情を落とす。この人は、驚くと表情を消すんだな。しかし、自分の母も神谷から表情を失わせる名前なのか? 田中としては『冬』はつく名前も珍しいというほどではないと言いたかっただけなのだが。

「・・・・・・神谷さん、情報共有って大事ですよね?」

 岩田が、にこやかに言う。

 何かあるのは田中にもわかる。全然知らない三人が、実はつながりがあるというのはおかしい。

 いかに誘導して話させるか。岩田の笑みは、沈黙を許しそうにない。

 神谷は、少し考えるようにして自分の肘をつかんで、それから周囲を見回した。ほかに聞いている人がいないかを確認するかのように。

「その、岩田さんの元彼は、どんな人ですか?」

「私より三つ上だから、今三十七かな。背格好は神谷さんと同じくらい。いなくなる前までは、病院の薬剤師やってた。そこもやめちゃってたね。出身は埼玉県のA市の奥の方だって言ってたよ」

「田中さんのお母さんは?」

「うちの母は出身は千葉の南の端の方です。年は、生きてたら五十一かな。二年前の夏に旅行先で海に落ちて。朝食後一緒に行った仲間で防波堤の上を散歩していて、急にテトラポットの上におりてそこから隙間に落ちて、見つからなかったんです。来週、三回忌やります」

 去年一周忌をやって、二年目の今年はもう三回忌だ。一周忌は亡くなって一年。三回忌というのは数え年で、亡くなった日から二年。亡くなった日がもう『一』なのだと聞いた。

 神谷は、少しだけ嫌そうな顔を見せる。

「集まりが、不穏な感じになるんですけど・・・・・・」

 そう言って、二人に説明してくれた。

 神谷の実家は埼玉県にあり、市町村合併で市になったがその前は村だったようなところで、人口はそう多くない。その村に神社があって、そこは千年くらいの歴史がある。

 旧村人の大半がその神社に関係する仕事についていて、それらはほぼ、多少遠かれ親戚になっている。神谷のほかに外宮という姓の者もそれなりにいる。神谷というのが神社の神主の家系で、外宮は比較的近い血筋の者である。

「冬彦というのは、多分、私の叔父です。母の弟。二年前実家に戻っています」

「じゃあ、元気?」

「元気です」

「そう、じゃあいいよ、あとは」

「・・・・・・ちょっと特殊な役についてしまったので、外とは自由に連絡とれないんです」

「うん、いいよ、元気なら」

 岩田は、笑みを張り付けたまま神谷の話を押しとどめるように手の平を向けている。最初の「いいよ」で片手を、二回目の「いいよ」で両手を。

 神谷は、それを見て田中に顔を向けた。

「外宮の冬子さんというそれくらいの年代の親戚もいました。お父さんの代で千葉の方に出て行ったんですけど。うちの実家は、神事のために年に一回、親戚は無理やり集められたりするんで。私も話をしたことがありますよ。いい人でしたけど、残念です」

 そういえば、篤は行ったことはないけれど、親戚の集まりだと言って実家以外のところに年に一回出かけていた。あれは、いつも八月の終わりごろだった。

 篤がその話をすると、神谷がうなずきながら言う。

「じゃあ、多分、そうですね。冬子さん、私に年が近い息子さんがいるって言っていましたし」

「母の葬式には母方の親戚って誰も来なかったんです。父は連絡がとれなかったって言っていました。家族葬だったんで、まあ、いいんですけど。もともと、千葉の母親の実家にも子供の頃しか行ったことなかったですけど。祖父と通いのお手伝いさんがいたかな。祖父とは十年近く会ってないと思います」

「うん。冬子さんは兄弟いなかったし、お母さんも早くに離婚してたし、そちらは戸籍を追っかけるとかしないと、田中さんのお父さんも連絡できなかったんじゃないかと思います」

 そういえば、後になってお前の名前借りるぞ、と、委任状を書かされた。戸籍を追ったところ、母方の三親等以内の親戚はもういないと言っていた。ならば、祖父もその時すでに亡くなっていたのか。よくわかっていなかった。

「冬彦叔父の前にその役についていたのが冬子さんのお父さんです。田中さんが子供の頃しかおじいさんに会っていないのはそのせいだと思います。その役は、七年間続くので。役を冬彦叔父に引き継いですぐ、田中さんのおじいさんは亡くなっています。三回忌にあたるのが来週ですから、同じ頃亡くなっているんですね。双方でごたついていたから、誰も行けなかったんだと思いますよ」

 祖父が亡くなっていることを、こんなところで知ることになるとは。

 田中は、母方の親戚はいないと思っていいと父母に言われていた。父方も父の弟一家くらいしか親戚はいない。東京住まいだと、友人達も親戚の話をすることはほぼない。母方の親戚のことはあまり、深く考えたことはなかった。

「そうすると、神谷さんと僕って、親戚になるんですか?」

「えーと、結構離れてると思うけど。田中さんのおじいさんと私の母が従兄妹です。その関係でいくと、おかあさんと私がハトコになりますね。冬彦叔父と冬子さんも従姉弟」

「へえ」

 まあ、それしか感想は言えない。

「おじいさんの分の相続の連絡がいってると思うんだけれど。冬子さんが行方不明の扱いになっているなら、ほかに相続人になる人もいないし、冬子さんに単純相続しているのかもね。あとは、本人がいないから財産は動かせないし」

「ん? 実際のところ、どっちが先に亡くなってるの、それ?」

 岩田が首を傾げる。

「私が知る範囲だと、冬子さんの方が先です」

「順番大事なやつだね。お母さんが先なら、おじいさんの相続人は篤君だけ。お母さんが後なら、相続人は冬子さんでそこからお父さんと篤君」

「まあ、お父さんのあとはどっちみち篤君だけですけどね」

「ええと、うちは、父が医者なので。開業してないし、借金とかはないです」

「海で亡くなったことになってるんですね?」

 神谷の確認に、田中はうなずく。

「家庭裁判所に失踪届だかを出して、一年で死亡届出したって父が言っていました」

「危難失踪だから、一年で認められたんですね。まあ、気になるなら、こちらから確認しておきますよ、相続。財産はあったと思いますから。お父さんにも確認してみてください」

「そう、ですね。一応、母の親戚がみつかったって、言ってみます」

「篤君のこのバイトは、お父さんの紹介?」

 岩田に訊かれて、そうだ、と思う。父は、どこからこのバイトの話をもらってきたのだ?

「そう、父から、です」

「・・・・・・お父さんは、こっちの親戚筋からバイトの話を押し付けられたのかも知れませんね。まあ、つきあいとしては続けない方がいいです。この仕事の三日間だけで。あとは、相続の連絡口に一回なるくらいにしておきます、私は。バイトの話がそっちからなら、お父さんはちゃんと話を聞いているのかもしれませんけど。これまでせっかく縁が切れてるんですから、これ以上関わっちゃダメです。うちには」

 神谷は、吐き捨てるように言った。

「すみません、岩田さんも、関わらないで済むうちに、叔父のことは忘れてください」

 神谷は、少し口調をやわらげて、それでもはっきりと早口に言った。岩田の顔をしっかりと見て。

 岩田は、笑みを消して口を固く結んでいる。

「そろそろ、戻ろうか」

 岩田が言う。

「もう、縁は切れてると思ってたから、大丈夫よ」

 そう呟いて、岩田が先頭になって中に戻った。

 もし、その冬彦さんと岩田さんが結婚していたら、親戚になっていたのかもしれない。

 歩きながら、田中は先ほどの神谷のセリフを思い出していた。

『集まりが、不穏な感じになるんですけど・・・・・・』

 親戚や関係者が集められたのは、偶然ではないのかもしれない。

 だからといってそれを『不穏』と表現するものだろうか?

 母の実家は、それほどにややこしい家なのだろうか。

『せっかく縁が切れてるんですから、これ以上関わっちゃダメです。うちには』

 財産はちゃんと継がせようとしている。金目当てで親戚を敬遠しているわけではない。

 それほどに?

 三人は、一人分の幅しかない階段を黙々と上がっていった。


遊歩道の下とか上とかの書き間違いがあったので、修正しました。

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