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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第十七巡 なか
129/143

神殿と管理人室

いねむり冬季回につき、百物語以外のお話が入ります。次回は百物語になります。

 冬俊(ふゆとし)は、単衣一枚で拝殿から水路に入った。

 水温は常に十五度前後。

 今日も暑い夜だ。気温は二十五度を下回らない。気温と水温との温度差が激しいので、普段はゆっくりと浸かっていく。しかし、今日はそんな場合ではない。できるだけ急いで身を沈め、頭まで潜って岩の下をくぐり水中の階段を上がる。

 夜番の者がその間に装束などを用意してくれているので、すぐ脇の囲いの中で手ぬぐいで体と髪を拭き、白の上下装束を身に着ける。そうして、ようやく神殿に向かう一間(いっけん)(約一八〇センチ)の渡り廊下を通る。

 広々とした神殿には、今、神官たちが詰めている。

 冬俊は神官たちの間を進み、次の渡り廊下の手前で正座し、平伏する。

「神谷家家長(かちょう)冬俊でございます。これより奥の間へお伺いさせていただきます」

 断りを入れてから、神殿と奥の間との間の一間の廊下を渡る。

「失礼いたします」

 神宮(かんみや)は、昨夜と同様に祭壇に向かい祈祷(きとう)を続けている。

 その神宮から一間ほど間を空けたところに、冬俊は()し、平伏(へいふく)する。

 かつて、自分も神宮を務めた。

 祈祷を続けていても、お伺いは立てられる。


 話せ


 御霊(ごりょう)の意が伝わってくる。神宮と、神宮経験者にしか、これは理解できない。

 現役の神宮である冬彦は背を向けて祈祷を続けているままだが、その意を聞いているだろう。

「西の垣根すぐの水路の中から、呪物がみつかりました。相談役代理宮内亜希より捜索の指示があり、陸奥(むつ)家に置いて捜索、発見いたしました。神谷冬光(ふゆみつ)冬野(ふゆの)の子、冬生(ふゆお)の遺体を呪物としたもののようで、白布で包まれた一抱えほどのものが竹籠に入れられ、ロープでつないで沈められております。白布には血と思われるこぶし大の()みが見られます。いかようにすべきか、どうぞご指示をいただけますようお願い申し上げます」

 およそ五十年。下手をすると八十年近く、沈んでいた呪物。

 たった今目撃してきたそれを、脳内にはっきりと浮かべる。その周辺の状況も含めて。おほらさまには、それが見えるのだ。

 自分が神宮でいたとき。この奥の間の、西向きの座卓に向かい、長く過ごした。

 その方角にある垣根の向こうに、その水路はある。

 崖からの清水と、神殿東側で湧く鉱泉を、神殿下と拝殿の間の二本の水路で東西に流す。神殿下の東西水路から垣根のすぐ向こうで分配し取水した水を隣地居住エリアの母屋と食堂で使っている。そのための水路だ。

 神社で仕事をするものの大半がその食堂で食事をする。家人は三食ほぼすべて。例外は、神宮と相談役だけだ。この二人は、三食ほぼ裏の崖清水から引いた水で調理されたものを食している。

 冬俊はここで過ごした七年、まったく、気づいていなかった。

 垣根の内側は神域だ。垣根の外の(けが)れはさほど気にしない。まして、垣根のすぐ外側では、逆に近すぎて感知できない。灯台下が暗いのと同じようなものだ。

 神宮は漠然と、様々なものを感知している。

 お参りに来たり祈祷を受けた者たちは、その頻度にもよるが神宮の感知に引っかかるようになる。祭りに神殿に集まる近い者たちならば、遠くにいても気分のムラまでわかるほどだ。

 早く病で亡くなる者が、ゆっくりと衰えていくのもわかっていた。

 見た目は年相応に健康そうに見えるのに、その(たま)は弱っていく。魂の衰弱はいかんともしがたい。

 事故を防ぐのはおおむねたやすい。病やケガを快方に向かわせることもある程度はできる。

 人が故意に起こす事故と、魂の衰弱はいかんともしがたいのだ。

 冬光が冬生の遺体を使って作った呪物は、魂の衰弱をもたらすもの。

 そうとしか思えない。


 木箱を つくれ

 木箱に 水中で 水ごと 密閉 すべし

 脇の 戸から 入り 拝殿 前へ 置け

 三家 神職 以外は 拝殿 にて 待機 せよ


「承知いたしました」

 冬俊は体を起こす。平伏したまま、神宮の背と対峙していたのだ。

 冬俊は再び神殿へと渡り、向きを変えて座し、平伏する。

 間を置いて立ち上がり、神官たちの間を抜け、拝殿の水路手前に立った。

 反対側では、陸奥の家長と前家長が正座して待っていた。

 神宮からの伝言を伝えると、可及的速(かきゅうてきすみ)やかになすべしと(めい)を出す。

 二人は、手を付き頭を深く下げ、一時間以内に持ってくると言いおいて出て行った。

 水路と呪物の大きさに合わせた、水がこぼれぬ木箱を即座に作り、水路の呪物を納めて引き上げ持ってくる。

 陸奥ならば、すぐにできるだろう。一時間というのも遅くてもという意味だ。早ければ三十分もせず持ってくるだろう。

 冬俊は、神殿に戻る。

 神官たちに交じって、神職らも神殿に座していた。

 神職は、旧緒良田村の者ではない。神社庁からやってきた、三人の神職の資格を持つ者たちだ。

 神官は、三家もしくは七家の者や、旧村の者たちだ。資格は持たず、神社で働いている。

 神職は、普段は拝殿で祈祷などを行っており、この緒良田神社の表向きの部分を担当している。奥の間にある祭壇も、神道に則ったものだ。普段は彼らが表にいるが、今は、神殿のもっとも後ろに座していた。

 今、奉じられている神は、この国古来の神ではない。

 緒良田神社の御霊(ごりょう)、おほらさまだ。

 おほらさまは、あまり形式にはこだわらない。自身があがめられるものだとも思っていない。そもそも、おほらさまは御霊として祀り上げられた元祟り神。自身がこの神域に封じられていることを理解している。

 そして、七縛りの洞の中に更に厳重に封じられている。

 その能力は計り知れない。封じられているにも関わらず、先ほども神宮の体からその神威(しんい)(ほとばし)らせ、拝殿からうかがっていた神官のうち幾人かは失神して運び出されることになった。

 もう、送られてこないだろうな。

 奈々谷津の遊園地で儀式が行われているという。

 先ほど送られてきた団体の最後は、神谷冬野だと思われる。

 残るは、冬光のみ。

 しかし、昨日は二度に分けて送られてきたが、終わるまで神官たちは神殿に入れてもらえなかった。不幸にも夜番だった者だけが、神宮と共に立ち会う羽目になっただけだ。

 今日はまとめて送られてきた一回だけで水路の結界は消滅し、神官たちの立ち入りが許可され、神宮は祭壇に向かい祈祷を始めた。

 よって、冬光は送られてこないものと思う。

 神宮が今執り行っているのは、神道に則ったもの。祖霊を祀るためのものだ。先ほどの者たちを祖先霊として祀り終わるまで、それは続けられる。おほらさまは、中で傍観しているだけだ。

 おおむね、おほらさまは傍観しているだけ。神宮が、その力を借りて行使している。封じられているおほらさまは、そんな形でしか力を発揮できない。しかし、その力はすさまじい。それを使いこなす神宮は、おほらさまを洞に入れると、代々の神宮の技を自動的に承継する。それらの技は、冬俊にも承継されたのでわかる。しかし、おほらさまが中にいなければ、何も行使できないのだ。ただ、その意を読むことができるのみ。

 遊園地での儀式は続いているという。何があるかわからない。

 そもそも、一番の問題は冬光なのだ。いまのところは、寝た子を起こしたに過ぎない。その肝心の冬光を放置して終了では、なんのための騒ぎだかわからない。

 三家神職以外を拝殿側に戻すのは、これから冬光が送られて来るということなのか、それとも、呪物への対処のためなのか。その意は、神宮にのみ伝えているのだろう。おほらさまが直接指示を出すものは、これまでの神宮が経験していないようなものだけだ。たまの気まぐれでこんな酒が欲しいだのとよくわからない指示を出してくることもあるが、おおむねそうだ。

 冬俊は、おほらさまの指示を皆に伝える。三家と神職以外の者たちは、しずかに装束を脱ぎ単衣一枚になると水路を抜けて行った。そうして、反対側でまた別の装束に着替えなおし、拝殿に座す。

 濡れた単衣はまとめて居住区に運び出され、垣根のすぐ向こうにある乾燥室に干されていく。神殿との行き来に必ず水路を通るため、整備されているのだ。

 遊園地で儀式を行っているのは、奈々谷津冬尚(ななやつふゆなお)。巻き添えを食って親族たちを送ってきているのは神谷冬季(かみやふゆき)

 冬季は巻き込まれた以上はしっかりやるだろう。できる限りのことを。

 二年前の事件で一番悔しい思いをしているのが彼だと、皆が知っている。表面上は静かだが、どんな無茶をしてでも成し遂げようとするだろう。

 しかし、冬尚については、なんとも言い(がた)い。

 冬尚は妹が亡くなり、奈々谷津の唯一の跡取りであるにもかかわらず、誰も求めていなかった修業に出た。しかも、仏教系の修行だ。そうして、毎年祭りにはのこのことやって来た。

 冬尚の祖父は冬俊の祖父冬五郎(ふゆごろう)の弟、冬十郎(ふゆじうろう)。二人の祖父は、冬尚の父冬春(ふゆはる)によって殺された。

 奈々谷津の一族は、今は冬尚の母であり冬春の妻であった春子(はるこ)が家長となり、一大企業を作り上げている。春子は緒良田村を支える三家七家のうち、七家の一谷(いちたに)()だ。子はいないが、冬尚の妻も一谷の者。奈々谷津にはまだひかりがいるが、今後、奈々谷津は一谷にわたることになるだろう。

 それもこれも、冬尚が何もかも中途半端にしているからだ。

 今回のことも中途半端な虚栄心から始めたことではないかと、冬俊は危惧(きぐ)していた。



 暗い。

 護摩(ごま)の火だけが、明るい。

 冬尚は、すでに三日目に突入した儀式を続けていた。

 一日目につながったあちら側。

 大勢をこちら側に渡してきた。

 塔自体と中の結界を冬尚なりに完璧にしすぎたのか、塔の下半分はすし詰め状態だ。それでも、呼び込み続けていた。

 今日はとうとう、大物を引き入れることに成功した。きっと、冬光だ。とうとう、本命を引き入れた。

 それは、エレベーターへと送り込んだ。あとは、修業をしてきた冬季に任せる。それくらいできるだろう。もちろん、冬尚がやった方が簡単だ。だが、せっかく修業してきたのだから、花を持たせてやるべきだろう。

 まだ、こちらに引き込むべき者たちはいないか。あちら側に、問いかける。神谷の者はいないか。緒良田村の者はいないか。いるなら来いと。

 冬尚は、息をのむ。

 今、呼び込むのを、突然に中止した。

 目の前に、ぼこんと現れたそれに。

 経や呪文を紡いできた口がぴたりと止まってしまったからだ。

 管理人室に電気はきていない。通電を止めてある。

 だから、セキュリティも監視カメラも防火システムも稼働しない。

 ただ一台だけ、監視カメラが外の通路からの通電で稼働している。

 姪のひかりは、その画像を休憩所の監視システム画面で見ているはずだ。

 護摩の火の前にいる冬尚。

 映っているのはそれだけだ。それさえも、映っていないかもしれないが。

 目の前に、あちら側との間にあいた隙間から無理やりぼこんと出て来たそれは、ただ真っ黒なものだった。

 すべてが黒い。そのものが持つ光も、そのものの中身も。

 ただ、真っ黒。

 冬光だ。

 冬尚は、そう思った。

 じゃあ、さっきのはなんだったんだ?

 冬光は冬尚の前で、広く大きく広がっていった。

 あちら側との境は、吐き出すのをやめ、霊を吸い込み始めた。冬尚の術が停止したからだ。

 冬光は唖然として動けぬ冬尚の前から、上へ、横へ、後ろへと広がっていく。祭壇ごと包み込んでいく。監視カメラに映っていたとするなら、完全に包み込まれた結果の闇が現れたことだろう。

 やがて、闇の一部が護摩の火に触れ、ぶるんと弾けて跳ねた。

 闇の塊は、管理人室の隅に丸まる。

 あちらとの境は、ぎゅうぎゅうになっていた霊たちをあちらへと吸い戻していく。

 祭壇には、頭から火に倒れた冬尚がいる。

 髪を焼き皮膚をただれさせ装束に引火して火が広がり始めても、ぴくりとも動かない。

 妹の死から長年修業した呪術師。七縛りの奈々谷津冬尚。

 たまたま、七縛りの年に生まれたがために七縛りだと信じられてきた者。

 彼は、愛した妹の娘、奈々谷津ひかりのために、神谷家の呪いと対峙しようと努めて来た。

 ただ、ひたすらに連れ出してくる。

 それだけだった。

 あとは、神谷冬季に押し付ける。けれど、彼にも神宮にも誰にも、この退治すべき闇を引っ張り出すことなどできなかったはずだ、自分はそれができるのだ。退治することももちろんできるが、その手柄は冬季に譲るのだ。

 むやみに引っ張り出すだけはできた。

 そうして、その実力を証明した。

 そして、塔の火事の、始まりとなった。


次は百物語に戻ります。

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