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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
休憩中 第5回目
119/143

猫と神と赤ん坊

 冬季は、その場にへたりこんだ。

 肺から何かこみあげてきて、激しい咳が出た。

 本当もうやだ。

 片手は角に触れたままだ。あとはほぼ土下座スタイルだ。札は上の方に張り付いているだろう。

さきほどの塊はまだ向こうで存在感を出している。

あんなもん、どうしろって言うんだ。

 七縛り(ななしばり)(ほら)は、御霊(ごりょう)を入れることができる。

 御霊が七年間も住み続けることができるほど快適な環境なのだという。

 けれど、それはあくまで御霊のための住処(すみか)である。相性というものがあるのだろう。

 亡霊一人通すだけでも大変だった。それを、昨日から何十人も通している。はっきり言って冬季の洞はすでにボロボロだと思う。

 息が苦しい。咳き込んでいるのはわかる。ちゃんと呼吸ができない。

 大きさでいえばおほらさまの方が、あの塊より大きいだろう。普段はおとなしく神宮の洞の中にいるが、その存在感を示す時には、神社の神殿が吹き飛びそうになるのだ。

 亜希の話では、昨日は神官たちが風呂で死にそうになっていたそうなので、結構その存在感を出してきたのだろう。冬彦もそれなりにダメージを受けているかもしれない。

 酒飲めば大丈夫か。

 あまり知られていないが、神宮の条件には酒豪であることという隠し条件が存在するのだ。

「ユキ君、大丈夫か?」

 昴がそばに座って声を掛けてきた。

 頭が混乱している。全く昴の動きに気づかなかった。ほかにも親戚たちがいる。そんなことも忘れていた。

 体がひどく重い。また上半身の力が入らなくなっている。おまけに、ひどく咳き込み続けている。喉が鳴る。

 昴の手が背中に触れる。大きな手のひらのぬくもりに、少しだけ気管が開く。

 またすぐにつかえる。全速力の後のようだ。

 土下座の形から体を起こす力が足りない。亜希も来て、体を起こされる。なんとか壁に手をついて体を支えて、呼吸をする。

「はいはい、吸うのは勝手にできるからね、吐く方に集中してねー」

 そんな言葉が耳に届くようになって、過呼吸になりかけていると気づく。意識して息を吐くようにして、ようやく落ち着いてきた。

「お疲れお疲れ。お疲れ様。ところでユキちゃん、なんか猫の鳴き声すんだけど、ちょっとそこの扉開けても大丈夫かな? 細―く」

 鳴き声はまだ冬季には聞こえない。南瓜か。

 壁の向こう。通路の辺り。気配を探る。

 小さい生き物の存在。それと、大きな、何か。

 大きな、それは・・・・・・。

 冬季は、頷いて見せる。

「ユータさん、猫入れて猫」

「あ、おやつはこれ、これ」

 亜希と昴が言い、冬太がおやつを受け取ってから扉に寄って行く。

 角の向こうには先ほどの塊。あれは、エレベーターの中にほぼ入っている。

 通路にいる大きな気配は、洞を通す前にもいた得体のしれないモノだ。それなりに力がある神仙級の何か。

 洞を通すために協力してもらった神々はおほらさまのところに遊びに行ってしまった。

 エレベータールートから来た霊たちは、神殿に行った。

 残りは、あの巨大な塊と、間違って上に送られて来た霊がちらほらいるだけ。

 さっきよりも、通路にいる存在単体を確認しやすくなっている。

 冬太が細く扉を開け、南瓜がうにゃ~~っと恨めし気に鳴きながら入ってくる。しかし、半身が入ったところで止まる。

「おやつだよ、おやつ」

 冬太が昴から預かった棒状おやつを見せて誘い込むと、あっさりと中に入ってくる。それで冬太が扉を閉めようとしたが、ノブが引っ張れない。外開きの扉が、閉まらない。

 するりと、それは入って来た。

「あ」

 七縛りなら、その種類はわかるだろう。

 悪い霊ではない。ただの霊でもない。神仙の類。

 冬太は、それを通した。

 通った後は、ノブを引いて扉を閉める。棒状おやつを持って、扉からも角からも離れた方に南瓜を誘って行った。冬沙は、非常口前に立ったまま目を丸くしてそれを見ている。

 冬季は、亜希と昴に冬沙たちの方に行くように手を動かす。二人は、冬太たちの様子を見て、その指示に従った。

 冬季は、へたりこんだままだった体の向きを変える。入って来た者に対し、平伏した。

 こんなところで、再会することになるとは思っていなかった。

 ある晩、突然に消えた。

 冬季を洞窟から吹き飛ばすほどの何かが起きて、消えた。

 弾け散った衣服の残骸のみを残して消え去った、師匠。

 生きていた時からもはや仙人だろあれは、と思っていたが、神に昇華していたのか。

 人ならざる者となって、神仙界から降りてきたのか。あちら側はそちらともつながっていたのか。向こう側のことは正確にはわからないにしても、ここに来たのは、間違いなく、冬季の修行の、師匠。

目の前にあるのは、その、神に昇華した姿だった。

 姿と言っても、形はない。

 ただ、まばゆくあるだけ。

 それが近づいてくる気配がある。

 そして、冬季の中に、たくさんの記憶が降って来た。

 若い頃の、冬光と冬野。嬉しそうな二人を、腕の中から見上げている?

『ふゆおちゃんはどこ?』

『おかあさんがさっき連れていったわよ』

 女性たちの声。ふゆお。冬光と冬野の子の名前、冬生。

 同時期に、もう一人、赤ん坊がいた。同じ名前、冬雄。

 複数の村の女性たち。あちらからこちらへ、こちらからそちらへ。

 責任もって誰かがみているわけではなかった。

 誰かがちゃんと見ている。

 おかあさんが連れて行った。

 思い込みのすれ違いで、暖房のための火が消えた部屋の、座卓の陰に放置された赤ん坊は、翌朝発見された時には体温が下がっていた。

 そうして、その日のうちに、死んだ。

 医者は呼ばれなかった。

 小さな棺に入れられ、馬屋番の家に届けられた。体調を崩したことも知らされていなかったのか、突然の死に、嘆き悲しむ冬光。

 冬光は、遺体を棺から出し、代わりに丸太を布にくるんで入れた。

 土葬の改葬の時に出て来たという丸太は、冬生の身代わりだったのか。

 冬光は、床板を上げる。

 下は、倉庫のようになっている。

人が腰を折って通れる高さ。脇には石壁と石の蓋で囲われたものが通っている。蓋を上げると、水が流れている。

 神殿の下を通る水が、母屋側に取水されている。あれは、馬屋番の家の下を通っていると聞いたことがある。

 冬光は、罠に使う籠の中に布でくるんだ赤ん坊を入れ、籠を縄で縛って水路の中に浸け、石の蓋を戻した。

 子供が旅支度で訪ねてくる。二度と戻らぬという子供を、家に入れると、冬光は扉を閉め、木箱を動かして床板を外す。

 ランプの元、下にある石の蓋を持ち上げる。水に浮かぶ木の板に括りつけられた縄を引き、竹籠を水面ぎりぎりまで引き上げる。罠かごから変えたらしい。そうして、籠の上部を開け、中に浮かぶ布包みを、めくって見せる。

 冷たい水の中、死んだときの姿のまま眠る赤ん坊。

 おまえは覚えておいてくれ。この子が、おまえの甥が生きていたことを。

 子供は、冬光の弟か。

 そして、それが師匠か。

 師匠は、神谷の縁者だったのか。

 小さな女が腹を刺され、倒れた。

 外から、火に照らされている。馬屋番の建物の中か。倒れたのは年老いた冬野。

 冬光が、更に胸を刺す。そうして、心臓をえぐり出した。

 心臓は、冬光の手の中で、一度だけ脈打った。

 冬光はそれを持って、開いている水路から竹籠を引き上げる。籠を床板の上に出し、蓋を開け、布包みを開く。静かに眠る赤ん坊。しかし、その腹は、壊れていた。

 蝋のように固まった死体の、腹の部分が損傷して中身を洗われてしまったようだった。

 冬光は、自分の小指を切り落とす。

 赤ん坊の腹に、自分の小指と、母親の心臓を詰めた。

 そうして、布で包みなおし、籠を沈め、石蓋を閉め、床板を戻し、その上に木箱を動かす。

 そうして、冬野の死体がある部屋に行き、冬野に油をかけ、自分もかぶる。そうして、冬野に火を点けた。

 これは、いったい、誰が視たものなんだ?

 視点がふらふらしている。いろんな場所を移動している。冬生が死んだのは、冬光の事件の三十年も前のこと。

 冬生だ。

 冬生の視点だ。生きているとき。そして、死んでからの。

 冬光は、いったい何を?

 冬季は体を起こす。

 体が重い。非力な腕でなんとか起こすが、背筋力が足りず、腕で支えていないと体を起こしていられない。

 目の前には、まだ、元師匠だった神がいる。

 体を起こして上を向くつらさがわかったのか、師匠の光はギュッと凝縮され、床すれすれにとどまった。おかげで、首を下に向けていられるので少し楽になる。

 屍蝋化した赤ん坊。腹に実父の小指と実母の心臓を詰め込まれた赤ん坊。

 神殿下を通ったあと、取水された水路の中に・・・・・・。


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