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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
休憩中 第5回目
118/143

本日も大勢さんをご案内いたします。

 亜希の話が終わり、蝋燭が消されて室内の暗さが増す。語り部たちの前にある蝋燭立てには、それぞれ、まだ三本の蝋燭に火が灯っている。空席の蝋燭も四本。残りは、十九話だ。

 別に、人魂がふよふよしだすわけでもなければ、ラップ音が鳴り響くわけでもない。

「お疲れ様でした。三巡終わりましたので、休憩に入りましょう」

 昴の言葉で、一同、緊張から解放された。

 部屋の照明がじんわりと明るくなって行く。

 冬季は、奥にエレベーターがあるはずの角を視る。

 昨日と同じようなことになっている。

 リュックからお札作成用の板を出し、早速札づくりにとりかかる。協力してくれそうなふらふらしている相手の目星をつけ、札を書いていく。

 昨日と同様に、語りが止まってしばらくすると、エレベーターから出よう出ようと圧がかかってくる。

 その中から相手を選別して神社へ送る。冬季にできることは、それだけだ。

 冬季が凄腕と言われているのはその解決力にあるわけだが、個人的にはその自覚はない。

 冬季にあるのは知識とそれを使う技術力。膨大な知識と、その状況状況に応じた対策を即座に練り上げ、実行に移せるだけの技能がある。

 師匠から得た知識と叩き込まれた技術。大学や研修先の神社や実家の神社で学んだこともあるし、バイトや仕事で得たものもある。

 それらをフル活用して対応する。

 それさえも、独力ではない。その場その場に応じて手助けしてくれる、神と呼ばれる存在たち。彼らに協力を依頼し、実行する。

 それが、冬季にできること。

 自分は、それだけの知識と応用力と技能を得る機会を得られただけ。同様の機会を得られたならば、ほかの人にもできるだろう。

 冬季はそう思っているため、自己評価は高くはない。よって、堅実に慢心することなく注意深く一つ一つの事柄にあたって行く姿勢がある。

 神社への道を開くのに、己の洞を利用する。洞を札として持ち出し、神社と繋げる。それらに協力してくれる神々。次にエレベーターに詰まっている中身を解析し必要な人物だけをまとめて押し出してくれる神々。彼らに冬季の意図を伝えてくれる神もいる。

 だいたいは、昨日と同じ神々が面白がって来てくれている。祖霊神もいる。同じ方法で行けるだろう。

 しかし、違う存在が来ているのがわかる。地下から、あちら側から来たもののようではあるが、普通の霊ではない。これから祀り上げねばならない者たちでもない。

 近所からふらふらとさまよいこんできた遊び心のある神でも、あちら側とこちら側を行き来していると思われる個々に祀り上げられた祖先霊的守護神でも、祀る者がいなくなってあちらへ渡ったはずなのに引きずられてきた元神でもない。

 ナニモノなのかよくわからないが、それなりに力のある神仙級。マイナスイメージはない。敵になるか味方になるか傍観者になるか邪魔をしてくるか、わからない。とりあえず放置だ。

 完成させた札を壁に貼る。

 昴の指示で、ほかの四人は昨日と同様に非常口寄りにまとまっている。石井は今日は来ないので、部屋を閉じるのは省略することにする。

「始めます」

 スタートは、神道(しんとう)(のっと)る。祓詞(はらいことば)から入り、あとはほぼ独自になる。おほらさまへ(ほら)を通して呼びかける。護り縛る一族の者をそちらに迎え入れてもらいたい、そのための道を通したいと願い奉る。それを神宮が受け、あちら側からもサポートしてくれる。

 言葉を伝え、道を通すため、神々の協力でその力を得る。そのため、協力を得る神々それぞれに対応した言葉や儀礼が必要になる。快くか悪くかは知らない、ただの遊び心なのかも知れないが、さまよい込んだ神々は、こちらの求めに応じてくれる。

 そうして、道が開く。

 壁が、神社に繋がる。拝殿と神殿の間、水路が境界になっている。神殿の向こうの奥の間に、昨日と同じようにして、冬彦が立っていた。

 つきやってやるぞ、というていで、おほらさまがいる。

 礼を(ことば)にし、急ぎ送りますと了解を取って、次の作業に移る。

 (かど)から(かたまり)が押し出されて来ている。この建物全体、そして各部屋に張られている結界は、その角だけが開かれている。

 地下の管理人室で招き入れたモノたちは、地下全体に広がる。外で繋がる非常口と別棟につながるドアには、霊を通さない結界が張られていた。そして、三階まで繋がる非常階段は、霊には視えないようにされていた。押し合いへし合いそちらへ抜けたものもあるようだが、それらは一階で他の霊たちと混ざっているようだった。

 初日と、昨日塔に入るときまでは、地下と一階の境に結界があったが、それが昨日解放され、エレベーターや階段から上がってくるようになって来ていた。それでも、エレベーターをのぞいた一階と二階の間には結界があった。

 今日も先ほどはまだその結界は維持されていた。だから、霊が上がってくるルートはエレベータールートのみ。神々や、息子を想い結界を抜けるほどの力を持っていた冬子のような者以外は、まだ、二階には来られない。

 護摩を焚き霊たちをあちら側からも引っ張ってくる呪術を行っている冬尚は、最初から、続きを冬季に押し付けるつもりだったとしか思えない。

 この部屋のエレベーターに近い角だけ結界が開かれているのがその証左。それでも、ある程度の選別をしてエレベータールートを示しているだけマシかもしれない。そもそも、最後は階下のあの大量の霊たちをどうするつもりなのか。押し返せるというのだろうか。

 もっとも単純な方法が、護摩の火を全体に広げて強制的にこちら側にいられなくすることだ。

 それで、あちら側に行くのか消滅するのかは、よくわからない。少なくとも、ここには残らない。あちらに行くだけなら戻ってくることもあるだろうが、関係ないのに呼ばれた者たちが戻ってくることはないだろう。

 冬尚は護摩の火から火事を起こす。それは、ほぼ確実だ。

「神谷冬二郎(ふゆじろう)

 名を呼ぶ。五十一年前、本家当主だった者の名。

 角の塊は、昨日のものよりもかなり大きい。頼んだ神々の仕事だが、ほかのモノが混じっているのだろうか?

 塊から、ぺろりと黒焦げの人型がはじき出されてきた。

「そばに妻子や子の妻、孫はいるか?」

 冬季の問いに、黒焦げはただ立ち尽くす。

「いるのなら、後ろから連れてこい」

 そう、命じる。

 すでにあちらに行って長い。人間的なプライドなども残っていない。それが必要なことだとの意図をこめて命じれば、相手は素直に応じてくれる。装束も役に立っているのかもしれない。

 黒焦げは、後ろの塊に片手を入れる。数秒で、後ろに下がってくる。その腕に、やはり黒焦げの人型が掴まれて出てくる。その人型がまた別の者を掴んでいる。

 ずるずると、三人がつながって出て来た。

 神谷本家の死者は八人。十歳に満たない子供たちは、すでにあちら側にもいなかったのだろう。

「神谷ふく。神谷冬一郎(ふゆいちろう)。神谷とめ」

 連なって出て来た三人の名を呼ぶ。

 四人は、つながったまま歩いてくる。繋ぐ手指は、どう繋いでいるのかわからない。多くが欠けている。かろうじて衣服のかけらが身にまとわりついている。足も、足首から先が無い者もいる。

 それでもよたよたと歩いて、境を越えて神殿に入って行った。

「神谷冬波(ふゆなみ)

 次に呼ぶのは、分家の一家。本家のすぐ脇に住んでいた。冬波は、怨霊となった冬光の弟だ。冬光は、悪霊を身に入れたために、分家の後継者から外されたのだ。

 出て来た黒焦げの人型に、本家一家同様に問いかけ、命じる。

 分家一家の死者は七人。冬波は、五人をずるずると引きずり出す。最年少は十三だったはずだが、すでにいないらしい。

「神谷さち。神谷冬安(ふゆやす)。神谷みえ子。神谷綾子。神谷冬登(ふゆと)

 六人が、境を越えて行く。

 冬季は、ゆっくり、長く息を吐く。

 彼らは冬季の中の洞を抜けて行く。あちらにいた者たちとはいえ、死の汚濁が抜け切れていない。そんな者たちが通り抜けて行く度、冬季は内圧に耐えている。

 何かの塊が、膨らむ風船のように重力を無視して四方八方に圧をかけてくる。

心臓や肺のすぐ下辺り。心臓を押し上げ、胃を踏みつぶし、肺を圧迫して通って行く。

 通った後には、胃液を吐きそうな気持ち悪さが残り、内臓が移動する感覚がくる。

 回数を重ねる度、その度合いはひどくなっていく。

一谷恵太(いちたにけいた)

 次に呼ぶのは、冬光の弟が婿に入った家。本家とは水路を挟んだ反対側に住んでいた。

 一谷は、神社を含む村の警備や風紀の取り締まりなどを行っていた。今も、似たような仕事をしている。

 出て来た黒焦げの人型に問うて命じれば、四人がずるずると引きずられてくる。一家の死者は七人。二人はまだ七つにもなっていなかった。

「一谷きよ。一谷富子(とみこ)。一谷冬次(ふゆつぐ)。一谷冬香(ふゆか)

 五人が、境を越えて行く。

 五十一年前の犠牲者は、冬光を含めても三十一人。すでに送った三家の犠牲者数はそのうち二十二人。そのうち、送ったのは十五人。残りはどんなに多くても九人のはずだ。しかし、目の前の塊がまだまだ大きい。当初の半分になったかどうかで、昨日の八人が詰まっていた塊の倍ほどもある。

二屋(ふたや)とく」

 考えても仕方がない。ただ目の前のものを片付けて行くしかない。

 次に呼んだのは、冬光の妹が嫁に入った家。同じ敷地内ではないが、走れば一分もかからない近所にあった。二屋家はこの事件で分家一件のみが残ることになり、その家も一家心中で無くなった。菜摘(なつみ)一人を残して。

 とくは、冬季の命に従い、ずるずると二人を引きずり出した。この家の犠牲者は七人。しかし、四人は十歳に満たない子供たちだった。

 そして、この家は真っ先に放火され、唯一、大勢の村人や消防車による消火が行われた家。

 とくは、片手がもげ、半身を焦がしてはいたが、残る半身は煤に汚れているだけだった。

 彼女に掴まれた者たちも、重度のやけどはあるにしても、おおむね姿かたちがわかる。煙を吸ったことが主な死因だったのかも知れない。

「二屋義男(よしお)。二屋冬菜(ふゆな)

 三人は、境を越えて行く。

 塊が、まだ大きい。気配はそれが、二人だと伝えてくる。

 冬季は、深く息をつく。

 二度。

 残る犠牲者は、神谷冬野と、神谷冬光の二人。

「神谷冬野(ふゆの)

 ぺろりと、塊から黒焦げの人型が出て来た。残る塊だけで、昨日の八人より大きい。冬光はこれほどに存在の大きい者なのか。

 冬野は、胸に大きな穴が空いていた。記録に、遺体に心臓がなかったとあった。

 昨日今日と送り続けた中で、冬季の先祖にあたるのは二人だけ。昨日送った冬五郎と、冬野だ。冬野は、母方の曾祖母で、父方の祖母にあたる。

 黒焦げの小さな塊は、手を差し出したくなるほどに、よろりよろりと前に進み、境を越えて行った。

 残る、巨大な塊。

 これは無理だ。通せない。

 冬季は神社の奥を見る。冬彦と視線が合った。

 終わりだと、視線で伝える。その意は通じたらしい。

「しち」

 洞を閉じる意を、何故かこう言う。

 終わりを示すらしい。

 神社への口が閉じ、お札がひらりと落ちた。

 冬季は前に進む。

 あれは通せない。自分にどうにかできるものではない。現状では、刺し違えることもできない。

 塊に、体当たりした。

 激しくバチバチと音がする。音だけで半身やけどするのではないかと思えるほどだ。実際には、なんの害もない。

 冬季に突き飛ばされて、塊が奥に潜り込む。もう一発。

 もう一度体当たりすると、激しい弾ける音とともに壁に自身がぶつかる音がした。

 塊は角の向こうに追いやられた。

 すかさず、冬季は(たもと)仕舞(しま)っていた札を出す。目隠し札だ。

 角に貼りつけると、塊には角が封印されたように見えなくなる。一時しのぎにしかならないが、仕方ない。

 冬季は札を押さえたまま、

「終わりました」

 と呟く。

 心の底で、もうやだ、と呟きながら。


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