第六十八話 冬沙 蝋燭
神谷冬沙。神谷家家長の妻。三十歳二人の子持ち。視るだけなら視えます。
友人に聞いた話です。
彼女には、お兄さんがいました。彼女が生まれるずっと前、お兄さんは赤ん坊の頃に病気で亡くなられたとのことで、彼女は、写真でしかお兄さんを知りません。
けれど、母親は、おなかの中で何ヶ月も育て、お乳をあげ、その死を看取り・・・・・・。次の子が生まれようとも、忘れることはできないんですね。
彼女は小さい頃、母親が仏壇の前でじーっと、飾ってある赤ん坊の兄の写真を眺めているのを何度も見かけたそうです。そういう時のお母さんの顔は、無表情だったと、彼女は言っていました。
そんなお母さんが、ある日、彼女をお寺さんに連れて行きました。
お父さんは仕事で、お姉さんたちは学校。彼女だけ、運動会の翌日で学校がお休みだったんですね。
お母さんは、お兄さんの写真と、小さい骨壺入れを風呂敷に包んで、彼女とお寺さんに行ったのだそうです。
事前に予約がしてあったようで、二人は小さな和室に案内されて、写真と遺骨を預けると、祭壇に飾ってくれたそうです。そうして、法要が営まれた。
祭壇の蝋燭が、ジジ、ジジッ、と音をたてて燃えるのが、耳についたそうです。
法要が終わったあと、お坊さんが仏教の説話を話してくれたそうで、その話の中で、その日が、お兄さんの命日だったとわかったのだそうです。三十三回忌の法要だったと。
お坊さんは最後に、今はなかなか三十三回忌まできちんとやる方は少ないというようなお話をされながら、祭壇からお兄さんの写真と骨壺をおろしてお母さんに返されたそうです。
そうして、蝋燭を消されたあと、あれ? て。
何かと思ったら、お坊さんが蝋燭立ての根本あたりから何かを取りました。そして、それを手のひらに載せて、二人に見せてくれました。
法要の間に垂れ落ちた蝋が、大きな蝋燭立ての根本で固まったものでした。
それは、お母さんのおなかの中にいる赤ん坊の形をしていたのです。
「奥さん。息子さん、生まれ変わられたみたいですよ」て。
小さな小さな塊だったけれど、それは、手足を曲げ、微笑む赤ん坊の形に見えたそうです。
その蝋は、今も仏壇の引き出しにあるそうです。
核家族で先祖代々のお墓がなかったので、お墓に入れることなくお骨をお仏壇に置いていたんだそうです。
そのお骨はその後、お父さんが亡くなった時に、一緒に散骨されたそうです。
語り終えると、語り部は一本の蝋燭の火を消した。
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