平和な朝がやってきた。
三日目開始前三話入ります。最終日です。
この話が、エピソード100になります。
昴が七時過ぎに起き出して部屋を出ると、すでに冬季が朝食の席についていた。無事に片手で茶碗が持てるようになったらしい。
「おはよう。回復した?」
「おはようございます。普通になりましたよ。・・・・・・昨日はお世話をおかけしました」
冬季は、ちゃんと茶碗と箸を置いて礼を言う。昴は、回復して良かったよと返しておく。
一人、メイド服のおばさまが休憩室におり、配膳台をころころと押してきて、すぐに昴の前に朝食をセットしてくれた。しかし、冬季の前にあるものとだいぶ量が違う。
「おかわりもありますのでご遠慮なくお声がけくださいませ」
礼を言って箸をとりつつ、豪勢な旅館の朝食風の昴の食事と、ごはんとみそ汁と漬物とお茶だけの冬季の食事を見比べる。
「それしか食わないの?」
まさか、ひかりの指示でそんな差がついたのだろうか?
「十分ですよ。少食なんです」
「茶碗が重くて持てないから量減らしたとかじゃなくて?」
「今日はちゃんと持てますけど、最初から半分でお願いしました。大丈夫ですよ、社長に嫌われてるからって差別されるとかないですから」
メイドのおばさまは、にこにことこちらを見ている。
「冬季様、もう少しいかがですか? お魚だけでもご一緒に」
「いえ、結構です。ありがとうございます。お茶だけいただけますか?」
「かしこまりました」
冬季は食事を終え、おかわりのお茶を飲むと、いったん失礼、と昴を置いてランドリー室に向かう。乾いた洗濯物を抱えて部屋に戻って行った。おばさまは速やかに冬季の食器を片付け、昴のお茶にお代わりを注いでくれる。
俺も洗濯しなきゃ、今日着るものないなあ、と思いつつ、昴は食事を堪能する。
ちゃんと朝作ったばかりという豪勢な朝食だ。少量ずつ多種あって、このうえなく贅沢である。なのに漬物しか食べないとは、少食の人は絶対人生損していると昴は思う。
堪能しつつ、洗濯のことを考える。丈長めの甚兵衛風の部屋着は、肌触りも良いし寝心地も良かったが、何せ昴は肌着の替えさえも持っていなかったので、下が寂しいのだ。
そう思う間に、冬季が着替えて部屋を出て来た。今度は紅茶をおばさまに頼んで、昴の前に戻ってくる。
「着替え早いね。もしかして、着替え持ってきてた?」
外側は昨日と同じポロシャツとチノパンの組み合わせだ。右袖から見える傷痕は、もはや隠そうとしていない。
「何があるかわからないので、Tシャツと下着と靴下くらいは持ってきてましたよ」
前日の反省の結果だとは知らない昴は、偉いなあとつぶやいた。
「森山さんは、車が壊れて予定が変更になったんでしょう?」
「そう。それこそ、車には着替え一組くらい積んであったんだけどね。雨とかの時用にさ。靴も」
「森山さんおしゃれだから、もしかして上着もズボンもクリーニングもの?」
「まあ、いつもはそうだね、昨日着てたやつは。一応風呂場ではたいたら、あの塵は落ちたからそのまま着ようかなあ」
さささっとメイドのおばさまが近づいて来た。
「森山様、どうぞお着替えをお預けくださいまし。昼までにはお返しできますわ」
「え? 本当? いいんですか?」
「こちらには設備がございますので、どうぞご遠慮なさらずにお預けくださいませ。食後にお預かりいたします」
昴は食事を終えると、食後のコーヒーを頼んでから洗濯物を取りに行き、上着とズボンをおばさまに預けた。肌着などは自分で洗うと主張し、ランドリー室に持って行く。
合コンの機会が多いので、着るものはいいものを着ているし、昴はクリーニングの常連なのだ。
戻ると、おばさまは昴の朝食を片付けてくれてあり、コーヒーを出してくれた。お茶請けもある。冬季の紅茶のおかわりも置いて、昴の上着とズボンを持って出て行った。
「ユキ君、わざとおばちゃんがクリーニングって気づくようにしたでしょ?」
「まあ、森山さんの服が汚れたのは俺のせいですしね」
自分のは洗濯機だったろうに。しかし、冬季の一人称が「俺」になっている。だいぶ慣れたものだ。
「あ、俺、名前は昴だからね、知ってるよね?」
「・・・・・・知ってます」
お札を何枚も書いているのだから知っているに決まっている。意図は伝わるだろう。
名前で呼べ、だ。
昴はすでに勝手に、亜希が呼んでいた「ユキ君」呼びだ。
冬季は、この後、お札づくりなど今夜の準備をするという。集中したいが広いスペースが欲しいので、この部屋の端っこでやるとのことだった。
冬季に、昴は邪魔が入らないように見張っててほしいと頼まれた。
羽生はまだ起きてこない。あれから、ひかりと遅くまで話していたのかもしれない。もっとも、夕方まで暇といえば暇なのだ。
昴は手持ち無沙汰だが、テレビも見られないので、スマホで遊んでいるしかない。
いったん部屋に戻り、服の替えはまだだが、歯磨きなどを済ませる。スマホを充電器ごと持って戻ると、少し遅れて冬季が同様にスマホを持って出て来た。もっとも、お馴染みの板なども持っているが。
「亜希さんから連絡が来てました。メンバーは昨日言ってたとおりだそうです。一足先に冬太さんが事件の記録を持ってくるそうですよ、届けたらそのあと遊園地で家族サービスだそうです」
「あ、そう。弟。ね」
「緊張します?」
冬季が、意地悪い顔を見せた。
「そうね。知らないうちに叔父さんとも初対面だったしね」
年下の叔父さんは、部屋の奥に荷物を置きに行く。お札用の紙が入っているらしい包装紙はかなりの厚みだ。そんなものを常時持ち歩いているような叔父さんがいるとは、おとといまで全く知らなかった。
「俺はね、父方はもう縁がないし。母方はとっくに縁がないと思ってたから、この二十年天涯孤独の身ってやつを味わってたのよ。親戚が次から次へと湧いてきたら緊張するに決まってるでしょ」
「父方、は。やっぱり、事件の影響で縁がなくなったんですか?」
「そうだろうね。なんかあっても祖父母だけ行ってたし。昨日話したじいちゃんの弟が死んだときだけ、もう、じいちゃんよたよただったからさ、一緒に行ったけど。身内殺した女の息子だからまあしょうがないよね。じいちゃんの葬式の時に連絡したら来てくれたけど、そこまでだね」
「まあ、こっちの親戚づきあいはする気があるならする気がある範囲ですればいいですよ。狭い方がおすすめですけどね、冬太さんと俺は関係が近いし。広げると際限ないですから、最大で村全部ですからね」
「それもすごいね。まあ、ユキ君と、あっちが良ければ弟君ぐらいは続くとうれしいかな」
「俺には甥っ子がもれなくついて来ますのでよろしく。杞冬っていう高校一年生男子。顔と左腕の見えやすいとこに傷があるんで、友達少ないんですよ」
「いいねえ、若者。俺には子供くらいの年だよなあ、高校一年生って」
「料理が焼きそばから成長しないんですけどね」
「上等じゃんか。俺も炊飯器とフライパン一個で生きてるよ。あと電子レンジね」
たわいない話をしているうちに、メイドのおばさまが戻ってくる。
冬季が作業をするのでと説明すると、どの程度まで動いていても大丈夫か確認している。冬季は、これまで見た動作範囲であれば話していても問題ないと説明していたが、自分には話しかけないようにと追加している。
昴は追加のコーヒーを頼み、おばさまは午前中はここに待機とのことで、食後の食器やらを料理運搬用の昇降機に入れると、昴にコーヒーを入れてくれる。昴は、一緒に静かに飲みませんか? と誘い、おばさまは嬉しそうに自分のコーヒーと一緒に一つ離れた席につき、持参していたらしい料理雑誌を広げた。昴はスマホを出す。
冬季は、札やら墨やらを用意すると、早速作業に入って行った。
九時過ぎに羽生が完璧に着替えと化粧を済ませて出てきて、朝食をとる。それも片付けて三人で静かに過ごしていると、十時過ぎに、エレベーターから一人の男が姿を現した。
「こんにちは」
ふんわりとした雰囲気の男だった。
男は、背格好は昴に似ていた。百七十過ぎくらいの背丈で、肩幅は広め。顔は母親似らしく、美男子だ。昴は父親似なので、あまり似てはいなそうだった。
男は、二つの風呂敷包みをテーブルに置くと、昴に向き合う。
「緒良田神社から参りました、深見冬太と申します。本日はよろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げられて、昴は慌てて同じように頭を下げる。
「先に参加してます、森山昴と申します。よろしくお願いいたします」
互いに体を起こし、顔を見合わせる。事情を、相手も知っているらしい。
「初めまして」
昴は、追加で言ってみる。
「初めまして」
相手も、同様に返してきた。そうして、笑みを見せてきた。
「冬太と呼んでください。ユータでもいいですよ」
「じゃあこちらも昴で。今更、兄ぶってもしょうがないしね」
手を出すと、冬太がすっと手を握ってくれた。
「そうですか? 私はひそかに楽しみにしてたんですが? お兄さんと呼ぶのを」
「あ、そう? いいならいいけど」
握手を交わし、話を続けたいところだったが、奥で冬季が作業中なのでと口元に一本指をあてて見せた。冬太はそちらをちらりと見ると、風呂敷を示して小声で荷物の説明をする。
「亜希さんから預かりました。資料と装束です。装束は神宮様からのご指示だそうです」
そういって、風呂敷の片方をほどいて広げる。中には更に風呂敷が二つ。片方には、たとう紙に包まれた白い着物と袴、それに足袋。もう片方の風呂敷には別に袋に入れられたうえで鼻緒が白い草履が包まれていた。雪駄というやつだろう。
もう一方の風呂敷の中身は、三冊の冊子だった。ノートと、写真帳と、コピーを綴じたものだ。
「こちらが、五十一年前の記録です。冬季君の希望ということでお持ちしました」
手書きの覚書が書かれたノートと、現場写真をまとめたもの。そして、警察の捜査書類と思われるもののコピーだった。いいのかこれ?
そこで、静かにおばさまが寄ってきて、テーブルを示す。冬季から一番離れた対角にお茶を用意してくれてあった。そこで、羽生が立って待っている。
昴が冬太を紹介し、それから羽生を紹介した。
「警察の捜査書類なんて、さすがというかなんというか」
「まあ、五十年以上前の時代のことですから。今じゃ無理でしょう」
椅子を引く音がした。振り返ると、冬季が席を立ってこちらに来るところだった。キリがいいところになったのだろう。
「ユータさん、お疲れ様です」
「お疲れ様、ユキ君。大変だったね。いきなり巻き込まれたって?」
「はい。まあ、もうやるしかないんで。資料ありがとうございます。この後は?」
「遊園地だっていうからね、夕方まで家族サービスしろと亜希さんに言われて、妻子を連れて来てるんだ。ひかりさんが話をとおしてくれてあってね。車はそこに止めた。無料券くれたから、妻子は先に裏門から入ってるよ」
「じゃあ早く合流しなきゃ。あとの二人はいつ頃?」
「三時過ぎかなって言ってたよ、亜希さんは。冬沙さんが捕まらないからそっちはわからないって言ってたけど。亜希さんが言うには、きっと美容院だ、って」
「はあ。また変に張り切ってるんですね?」
「そうだろうねえ。大変だね、目当ては君だろう? 亜希さんは邪魔だからちょうどいいとか言ってたけどね」
「言ってましたね」
「あの人、学校は行ってないけど頭いいのにね。お兄さん医者だし」
「記憶力は異常にいいですよね。多分、この記録も全部頭に入ってますよ、相談役修業時代に昌子ばあさんが記録の類、全部読ませたって言ってたし」
「家長も責任感じて放置してるんだろうけど、逆に締めてあげればすごく優秀な人になったと思うんだけどね、もったいない」
「まあ、全部家長のせいですよ」
「そう思っとくに限るよね。実際そうだし」
「悪いのは家長でしょうけど、本当勘弁してほしいんですけど」
「まあ、頑張ってね。俺には止められないけど、亜希さんも来るし?」
「亜希さん頼みですよ、ほんと」
よっぽど困っているらしい。じゃあ、僕はちょっと遊園地で遊んでくるよ、三時頃に戻ります、と、冬太はエレベーターに戻って行った。
エピソード100になりました。百物語は100話になりませんが、この小説は100話になりました。
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