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百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第マイナス一巡
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一人目 神谷 冬季(かみや ふゆき) 遅刻の予感しかしない

 語り部は六人の紹介から始めます。

 ピアノの音が聞こえる。


 ド・・・・・・。


 一定間隔で、一音ずつ。


 レ・・・・・・。


 音がほぼ消えてから、次の音。


 ミ・・・・・・。


 音で目覚めてから、ドからドまでの間、ただ聴いていた。

 杞冬こふゆが帰ってるってことは、四時くらいか。

 ならばいい加減、起きなければならない。

 諦めて目を開け、部屋の壁掛け時計を見る。

 短針は五。長針は二。

「うげっ!」

 神谷冬季かみやふゆきは、布団を蹴り飛ばして一気にドアノブまで駆け寄った。

 楽器オーケーとはいえ、築三十年を超えるマンション。

 十五階建の八階、各階五部屋あるうちの真ん中、八○三号室。

 八〇二号室は中学受験生、八〇四号室は高校受験生、真下の七○三号室には大学受験生、真上の九○三号室にはなんだか知らないが国家試験の受験生がおり、うっかり物でも落とそうものならどこかの部屋から保護者様がすっ飛んでくるという最悪な環境の中、そんなもん気にしてられん、と五分で身支度を整える。

「叔父さん、うるさすぎ」

 他の部屋に聴こえているはずなのに苦情が出ないピアノの弾き手。

 甥っ子の高校生、神谷杞冬が自室から顔を出して来た。

「今日から三日、夜、仕事だから!」

 リュックをひっつかんで、玄関へ走りながら言う。

「仕事ってわりに、思いっきり私服じゃない?」

 制服のままピアノを触っていた杞冬の指摘どおり、冬季は無地の青いポロシャツに黒のチノパンといういでたちだ。履こうとしているのはコンバースだし、手につかんでいるのは胸に黒猫のイラストがついた薄手のパーカー。

「いいんだってさ。スーツ着てやる気になるような仕事じゃないし」

「それはいいけど、苦情聞いてから行ってよ」

 耳のいい甥っ子には、どこかのドアが開く音が聞こえたらしい。

「二十八分発の電車に乗らなきゃ遅刻する! 後は頼んだ!」

 鍵を開けて玄関を飛び出す。「ひど」と、甥っ子の呟きが聞こえた。

 階段では間に合わない。部屋の真ん前にあるエレベーターの下ボタンを押し、脇のコンクリートの柱の向こうにへばりつく。

 息を止めて、自分の気配を消した。途端、チーンと音がして六十過ぎは確実な年配女性が姿を現した。上の国家試験オヤジの母親だ。残る三方の受験生は、まだ家にいないのだろう。

 冬季はすばやく柱の陰からエレベーターの中に飛び込むと、階数ボタンがあるコンソールの幅に体を細くして隠れながら一階ボタンと閉めボタンを同時に押す。

 ちらりと見ると、八○三のインターホンを押してふんぞりかえっているおばさまの恰幅のいい背中と、その前の扉がゆっくりと開かれるのが見えた。

 すまん、無事を祈る。

 怒鳴り声の始めだけを聞いて、冬季はエレベーターの中の人となる。ポケットから腕時計を出してはめる。五時十八分。つっかけていた靴をちゃんと履き終えたところで、一階に着く。マンションの自動ドアを出ると、駆け出しながら空を見る。

 建物の間に、夏の、くっきりとした青空があった。

語り部 一人目

神谷かみや 冬季ふゆき

22歳(まもなく23歳)。

大手不動産会社管理部門勤務。

築30年15階建て防音マンションの8階、各階5室の真ん中の部屋で、高校生の甥っ子と2人暮らし。

なお、部屋は甥っ子名義なので居候とも言う。

実家は千年の歴史がある神社。

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