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第90話

第90話


「今回は戦いに行くんじゃない。」

「戦いじゃないなら…どうやって片をつける気?」

「決まってる。話し合いだ。」

「話し合い?正気なの?」


フレイアが鼻で笑う。


「おかしくなったって…」

「モンスターと話し合い?前に襲ってこなかったから、今回も大丈夫だと思ってるの?」

「行ってみないと分からないだろ。」

「行かなくても分かる。お前が会ったそのオークがお前を攻撃しなかったのは、単にお前の運が良かったからよ。それなのに、今度は丸腰でオークの集落に行くなんて。まともな頭の持ち主なら、絶対に考えないことよ!」

「もちろん、丸腰で行く気はない。」


俺が気まずそうに笑って言うと、フレイアは少し怒りを静めて尋ねる。


「丸腰じゃないってことは…あの変な音の武器、持ってくの?」

「それもある。けど、それだけじゃない。」


元の世界じゃ、銃は荒くれ者相手でも話を聞かせるための手段になり得る。

だが、今回持っていくのは“武器”じゃない。


「他にも手があるってわけ?」

「ああ。もし『オーク』が人間並みに知恵のある連中なら、きっと食いつく。」

「お気に召しそうな品、ですか……まさかオークに、贈り物でもなさるおつもりですか?」

「正解。」


交渉で何かを引き出したいなら、まずは相手の機嫌を取れ。

それが、会社で一人営業に駆けずり回って身につけた処世術ってやつだ。


***


翌朝早く、俺はさっさと外に出た。


「ふあぁ~…」


そして、隣にはもう一人――フレイアがいる。


「まだ寝てりゃいいのに。なんで付いてきた?」

「買い手が死にに行くって言うなら、せめて墓くらい作ってやるのが礼儀でしょ。」

「死にに行くって…」


他人が聞いたら、物騒な話にしか聞こえないだろうな。


「それより。」


俺が顔を向けてフレイアを見ると、フレイアは周りを見回す。


「オークの集落がどこにあるか、分かってるの?」

「当然、把握してる。」

「本当に?」


純粋な疑問を持ったフレイアの視線が俺に向かう。


「ああ。」

「行ったことないでしょ。なのに、どうして場所が分かるのよ?」

「それは……秘密だ。」


位置は、マップでとっくに把握してある。

周囲にどこから見張られているかも、だ。


「チッ……秘密ね。これから一緒に動くんだから、少しは共有してくれてもいいんじゃない?」

「なら、先にお前からだ。」

「私の秘密?淑女の秘密を聞きたがるなんて、変態じゃないの?」

「紳士の秘密を嗅ぎたがるお前はいいのかよ。」

「紳士?……その名を汚してるわね。」

「お前も同じだろ。」


他愛ないやり取りをしながら歩いて、しばらく。


前を歩いていた俺がその場に立ち止まると、フレイアが振り返って俺を見つめる。


「どうしたの?迷ったの?」

「道は分かってるって言っただろ。」

「じゃあ、なんで?」

「そりゃあ…」


俺はマップを確認してから、右手の木の上を見上げた。

葉の隙間から覗く、巨大な緑の脚。


「フレイア、下がれ。俺の後ろだ。」


俺の言葉にフレイアが状況を察したのか、周りをきょろきょろと見回しながら、ゆっくりと俺の後ろへ後ずさりする。


「そこにいるオークのおじさんたち!」


オークがいる方向を見つめて叫ぶと、フレイアが手を伸ばす。

だが、俺はすぐにフレイアの手を掴んで下ろした。


「ちょ、何すんのよ!」

「言っただろ。俺は話をしに来たんだ。」


話し合いに持ち込む手段は、世の中にいくつもある。

力でねじ伏せて“話をさせる”手もある。だが―― それをやるには、相手を圧倒できるだけの戦力差が必要だ。


俺はオークより弱い。

人数も圧倒的に少ない。


力でねじ伏せる道を行くには険しい峠が予想されるのに、わざわざ茨の道を選ぶ理由がない。


ドスン!


木の上から落ちてきた重い重量。

ごくりと唾を飲み込んだまま、目の前にいる者たちを見つめた。


辮髪べんぱつと言えるほど前髪と横髪を剃り、髪を結んで上に上げたり下に下ろしたりしたスタイル。

硬い筋肉質に、どんな動物か分からない毛皮を体にまとった二匹のオーク。

彼らはそれぞれの手に斧と巨大な長弓を握り、俺を睨みつけている。


「$%!#@」


缶に雨粒が当たるみたいな、あるいは太い棒を擦り合わせるような、不快な音がオークたちの口から流れ出る。

その瞬間、視界にアラームが浮かんだ。


**[ パッシブスキル「種族言語学」を習得しました。 ]**


次の瞬間、断片的に意味が拾えるようになる。


「$@ごときが!$%!@来たのか?!」


どういう理屈で聞き取れているのかは分からない。

間違いなくあの言葉は俺の知らない言語。

だが、頭の中で勝手に日本語へ変換されていく。


なら、俺の言葉も――あいつらに届くのか?


「私たちは敵意はありません。少し、お話をさせていただきたくて参りました。」


俺が話す言葉を聞いたオークが、瞬間驚いて俺を見つめる。

そして後ろで俺の服の裾を掴んでいたフレイアの指が、ふっと緩む。

何事かと思って後ろを振り返ると、フレイアが当惑した表情で俺を見つめながら後ずさりしている。


「お前…お前は何者…?」

「どうした?」

「お前…どうしてオークの言葉を話せるの?」

「オークの言葉?」


瞬間、俺は理解できなかった。

間違いなく俺はオークたちに話した。

絶対に違う言語を使ったとかいうわけではなく、普段通りに話しただけだ。

なのに、俺がオークの言葉を話した?


冗談に見えなくもないが、オークの驚いた表情とか、フレイアの理解できないというあの表情や行動を見ると、おそらく事実。


「詳しいことは後で教える。」


オークの言語を誰かに教わるというのは、彼らの立場では理解することもできず、あり得ないこと。

フレイアが余計な疑いを持たないよう、後でそれなりに説明しておく必要がありそうだ。


「貴様…どうして$@!%を知っているのだ?」


オークたちの言葉が、だんだん頭の中にはっきりと入り込み始める。


「詳しいことは村でお話しします。ひとまず、村まで案内していただけませんか?」


俺の言葉に、二人のオークは互いを見つめ、何か小さく囁く。

そして話を聞いたオークが少し考え込み、やがて俺に向かって顎で指す。


「……ひとまず付いて来い。」


どうやら囁いていたオークの意図とは違うのか、そのオークが当惑した表情で前のオークを見つめる。

そして舌打ちをする。


「村長が何と言おうと俺は知らんぞ。」

「心配するな。村長なら、この奇妙な人間がどんな人間か見極め、処理されるだろう。」


「処理」という単語に、思わず唾を飲み込む。

オークの村落に入った瞬間、俺は文字通り敵対的なオークたちに囲まれることになる。

俺の一言一言が村長の値踏みを受ける。ここで一度でも失言したら、俺の命だけでなくフレイアの命まで飛んでいくことになる。


だが、ここを乗り切れれば――オークと村が平和協定を結び、ここで共に共存できるかもしれない。

そうなれば、これ以上ないほど良い結末ではないか。


「取引先の社長に会うより緊張するな……」


元の世界でパートナー社の代表と会う時は、一度のミスで職場をクビになるかと怖かった。

だが今は、命が飛んでいくかもしれない危険な状況。


緊張するのは当然か…


「何て言ってるの?」


フレイアが俺と距離を少し開けた状態で尋ねる。


「『ついて来い』だって。お前はひとまず戻ってくれ。ここから先は危ない。」


その言葉を最後に俺が前に歩き出すと、悩んでいたフレイアが俺の後をついてくる。


「さっき言ったでしょ。買い手が死ぬなら、墓くらい作ってやらないと気が済まないって。」

「そうだったか?少し違ったような気が…」

「そこ、流しなさい。」


俺の腰を肘で突くこいつ。

弱く突いたようだが、結構衝撃がある。


「ああ、そうだな…」


そうして二人のオークについて、俺はフレイアと共にオークの村落へと向かった。


***


集落に足を踏み入れた瞬間、真っ先に浮かんだのは“原始”の二文字だった。

円錐形のティーピーが点々と立ち、そのティーピーの中をオークたちが歩き回っているのが目に入る。

オークの女性たちは様々な果物や肉が入った籠を持ってあちこち動き回り、子供たちは走り回って遊んでいる。


その中で一番目立つものが一つ。

まさに木で作られた小屋。

人間の家みたいに精巧じゃないが、ティーピーのようなテントのような家よりはずっと建物らしい感じを持っている。


「人間だぞ!」


俺たちが村の中に足を踏み入れると、周りで様々な武器を手に握って警戒している。


「そりゃ、そうなるよな……」


今まで敵対していた種族が村の中に入ってきたのに、警戒しないのもおかしい。


「どういうことだ、ウルカ!貴様が我らを裏切り、人間に寝返ったのか?!」

「いや、この人間は我らの言葉を知る特別な人間だ。」

「我らの言葉を知る人間だと…?」


一瞬、周囲が静まり返る。だが、女性オーク一人が前に出て尋ねる。


「何を馬鹿げたことを言っているのだ、ウルカ!人間がどうして我らの言葉を知っているというのだ?!」

「それは俺も知らん。この人間は我らと対話をしたがっている。だから連れてきたのだ。」

「対話をしたがっているだと?ハッ!何を馬鹿げたことを…」


そう言ってから、女性オークは俺に近づいてくる。


女性オークも俺と背丈が似ている。

いや、見方によっては俺より背が少し高い。

俺は基本的に靴に中敷きが入っているから。


「貴様。本当に我らの言葉を話せるのか?!」

「えっと…一応聞き取れてはいますが…」


俺の言葉が終わるや否や、オークたちがざわつきながら、俺を見た。


「ほ…本当に人間が我らの言葉を話しているぞ!」

「これはどういうことだ?!我らの言葉を話す人間だなんて?!」

「そんな人間がいるという話は聞いたこともない!」

「これは村長にすぐ報告すべき状況ではないか?!」


四方からざわめき始めると、ウルカと呼ばれたオークが叫ぶ。


「皆どけ!俺は今、この人間を村長に連れて行かなければならないのだ!」


その言葉が終わると、周りにいたオークたちがゆっくりと後ずさりしながら道を開ける。

しかし、一人…いや、一匹のオーク。

道を開けない者がいる。


ウルカは彼を睨みつける。


「ウルカ。その人間をなぜ村長に連れて行こうとするのだ?」


首の部分に毛皮を繋げた鋼鉄の鎧を身にまとい、背中には自分の体よりもさらに巨大な剣を背負ったオーク。

他の男性オークたちが辮髪をしているのとは違い、女性オークたちは辮髪をしておらず、髪を結んだまま後ろに流しているのを見ると、前を塞いでいるオークもやはり女性オーク。

だが、この女性オークは他の男性オークたちよりも大きな体格をしている。


「オークの言葉を話せる人間がいる。これ以上の理由が必要か?」

「この人間が村長のところへ行って、武器を取り出し攻撃でもしたらどうするつもりだ?」

「お前の目には、この人間たちが戦いに来たように見えるか?武器一つ持たない人間たちなのに。」

「愚かだな、ウルカ。人間はチャクラを持つ者が多い種族だ。こやつらが武器を持っていなくとも、呪術を使って村長を攻撃したらどうするつもりだ?」


その言葉にウルカは何も言えなくなる。

どうやらここでは俺が出る幕のようだ。


「あまり心配しないでください。私は本気で戦いに来たのではなく、対話を…」

「すでにここで決着がついたではないか、ウルカ。人間が我らオークの言語を学べるはずがない。そもそも考えもしない。なのに我らの言語を知っているということは、呪術を通して一時的に学んだのだろう。ならば当然、他の呪術も使えるはずだ。」


そしてその言葉を最後に背中から。


スルッ―。


剣を取り出し、俺に向ける。


「――ゆえに、ここで貴様ら二人を処断する。」

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