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第9話

「ふぅ……」


ジャガイモの植え付けが終わったのは、夜遅くになってからだった。

それでも夜まで作業できたのは、柱に電灯を取り付けていたからこそで、これがなければ間違いなく明日まで作業する羽目になっていただろう。


「明日、筋肉痛になるだろうな」


全身がだるい感じからして、筋肉痛は間違いないだろう。

低周波治療器でも買おうかと思ったが、どうせ一時的な痛みにお金を使うのは嫌だった。


「(電灯はつけっぱなしで寝るか……)」


古くから光は獣を追い払うために使われてきた。

このあたりをトラが徘徊している今、しばらくは電灯をつけっぱなしで寝るのが、獣が近づいてこないようにするのに役立つだろう。


「そうなるとガソリン代がかなりかかるが……」


携帯用発電機は、それほど燃費が良いわけではない。

おそらく一日中回せば、ガソリン代がかなりかさむだろう。


「金が大事か……命がもっと大事だろう……」


どうせ金はまた稼げばいい。

これからは農業も続けるし、収穫したジャガイモは全てコンビ∞に売ればいい。

虎の噂が落ち着くまでは、ガソリンを注ぎ込んででも、近づかせないようにするしかない。


ジョロジョロジョロ。


残っていたガソリンを全て発電機に入れ、家の中に入った。

冷蔵庫を開けてキンと冷えたビールを一本と、コンビ∞で裂きイカを購入し、食卓に並べた。


プシュッ。


胸のつかえが取れるような音を聞きながら、冷たいビールをごくごく飲み干した。


「くぅ~!やっぱり一日の終わりにはビールに限るな~」


つまみを一つ口に入れ、隣で俺を見上げるハルにも一つ投げ与えた。


ワン!


しきりに尻尾を振っていたハルは、俺が与えたつまみをがっついて噛み砕いて飲み込んだ。


「お前、そんなに急いで食うと喉に詰まらせるぞ」


ワン、ワン!


可愛い奴だ。

こいつがいなかったら、多分今頃、一言も喋らず寂しくビールを飲んでいたことだろう。


***


「ふぅ……」


農業を始めて数日が経った。

植えたジャガイモからも、すでに地面の上に芽が出ているのがいくつか見える。


「少し肌寒くなってきたな」


今、それほど暑くはないが、おそらく俺が来た時は冬で、この世界に来て8〜9ヶ月ほど経ったので、日本で例えると秋くらいになったのだろう。

ここの季節と日本との間に大きな違いはないようだ。

最初に来た時はここも寒くて、商売をする時も登山服を着ていたが、今では厚手の登山服を着るには暑い気候だ。

かといって、日本のようにただひたすら暑いわけでもない。

夏にエアコンもつけなかったし、夜寝苦しい時にたまに扇風機を回したくらいだ。


「果樹でも少し植えてみるか」


季節のことを考えていると、果物が頭に浮かんだ。

すでに夏もほとんど終わったこの時期に果樹を植えるのは、あまり良い考えには思えない。

しかし、「遅いと思った時が始め時」という言葉がある。

今からでも木を植えておけば、来年の今頃には一度収穫できるだろう。


「じゃあ、どんな木を植えようかな……」


リストを眺めながら、どんな苗木を植えるか悩んでいた俺の視線が、一つの苗木に釘付けになった。


「これが良さそうだな」


俺はすぐにその苗木を購入した。

まだ完全に育っていない木の苗木が、目の前に10本現れた。


俺が買った苗木は、まさに劉備、関羽、張飛の三兄弟が桃園の誓いを交わしたという、あの桃の木だ。

『三国志』もまた、桃の木の下で劉備、関羽、張飛の三兄弟が桃園の誓いを交わすところから始まる。

俺も今、農業を始めたばかりだ。

俺の状況と劉備、関羽、張飛の三兄弟の状況が似ている気がして、より一層心惹かれる。


「さて、それじゃあ」


シャベルで土を掘り、一本ずつ等間隔に桃の木を植えていった。


「来年収穫できるといいんだけどな」


ワン、ワン!


「その頃には、お前も大きくなって俺の膝くらいまで来るようになるかな?」


ハルがハァハァと息をしながら、尻尾を素早く振る。


「しかし、お前……前よりなんか大きくなったんじゃないか?」


そう思いながら見つめてみると、ハルは初めて会った時よりも随分大きくなっているように思えた。

最初は俺の靴より少し大きい程度の大きさだったのに、今では太ももの半分くらいまで来ている。


「えっ……まさかな」


念のためハルを抱き上げて椅子に座り、膝の上に降ろしてみた。


「やっぱりな……」


大きくなっていた。

しかも最初の二倍……いや、二倍半もだ。


「お前、俺の体の半分くらいまで大きくなっちゃダメだぞ。そうなったら食費が大変になるからな」


俺が鼻をポンと叩いて言うと、ハルはくしゃみをして前足で鼻を擦った。


「まあ、大きくなるなら仕方ないか。お前の飯代くらいは自分で稼ぐように教育しなきゃな」


周りにはイノシシがたくさんいる。

それくらい大きくなれば、自分が食べるイノシシの一匹くらいは狩って捕まえてこられるだろう。


空では鳥がさえずる音が聞こえ、湖からは魚が時々跳ねる。


「この世界に来てから、もう半年も過ぎたのか」


この世界に来るまでは徹夜続きで地獄のような時間を過ごしたが、この世界に来てからは良いことばかりが起こっている。

もし俺がしばらくキャンプをする気にならなかったら、どうなっていたことだろう。

きっと新しい仕事を探し回るだけで、癒されることもなく不幸な人生を送っていただろう。


おそらく神が、地獄のような会社で眠る時間もなく働き続ける俺を哀れに思って、ここに送ってくれたのだろう。


「ありがとうございます、神様。こうして癒される機会を与えてくださって」


昔は動物を神への生贄に捧げたというが。

今度作物を収穫したら、真っ先に神様にお供えしよう。


***


カチッ。


点滅していた電灯が完全に点き、俺は家の中に入った。

今日も相変わらずビールを一本開けた。

今日のつまみは俺が作ったフライドチキンだ。

実際のフライドチキン店で売っているのと同じ味ではないが、これなら俺が作ったものとしては、かなり良くできた。


ガリッ。


揚げ衣を噛み締めると溢れ出す肉汁、柔らかいもも肉のジューシーな旨味が口いっぱいに広がる。

口いっぱいに広がった油をビール一口で洗い流す、その感覚ときたら。


「これぞ人生だな!」


犬に火を通した骨を与えると危険なので、鶏の肉だけを骨から外してやった。

すると、ハルはガツガツと美味しそうに食べた。


夕食代わりにフライドチキンを食べながら幸せな時間を過ごし、酒の勢いが少し回ってきた俺は、ゆっくりと部屋に入り、ベッドに横たわった。

このまま眠れたら良いのだが。


ドォン、ドォン。


このあたりで聞こえるはずのない音に、酔いが回っていたにもかかわらず、俺ははっと目を開いた。


どんな生物か分からない獣の足音。


ベッドから跳ね起き、扉を開けて外に出ると……。


グルル……。


今まで一度も吠えたことのなかったハルが、目を見開いて扉の方を睨みつけ、歯を剥き出している。


グルル。


外から聞こえる獣の声。

俺はすぐに部屋の電気を消し、カーテンを上げて慎重に外を覗いた。

電灯が灯る入り口からさほど離れていない場所。

そこに光を放つ二つの目が見える。


ドォン、ドォン。


足音が聞こえ、目が次第に近づいてきて、やがてそいつが姿を現した。


「あれが……トラだと……?」


あれはトラではない。

鋭い牙。

首に生えた鬣と、人の体を八つ裂きにするかのような爪。

何よりも……トラとは呼べない、成人男性の二倍ほどの大きさに達する巨体。


あれはトラではなく、それ以上だ。


まさに山王。


ガアアア!


この森全体を揺るがすほどの、けたたましい咆哮が山の主の口からほとばしる。


ワン!ワン!


荒々しく吠えるハル。

俺はハルの口を塞ぎ、部屋の中に戻った。


「(これは絶対に仕留められない……)」


俺が持っているボウガンでも、街にいた時に買った拳銃でも、あの山の主は絶対に仕留められない。

ただ、そいつが去るのを待って隠れているしかない。


ドォン、ドォン。


山の主が家の周りを回っているのか、方向が絶えず変わっている。

机の下に潜り込み、息を殺して山の主が去るのを待った。


グルル。


しきりに吠えようとするハルを止めようと奮闘したが。


キャン!キャン!キャン!


「ハル!」


ハルは激しく吠えながら、部屋の外へと飛び出していった。


外に出たハルが山の主と対峙して激しく吠えると、山の主が咆哮する。

そして、山の主の大きな足音が、次第に家から遠ざかっていった。


「ハル!」


コンビ∞から拳銃を取り出し、すぐに家を飛び出した。

家の前の明かりだけが周囲を照らしている。

俺が植えていたジャガイモは全て掘り返され、湖に置いていたキャンプ椅子さえも粉々に砕け散り、破片があちこちに飛び散っている。

もはや山の主の足音は聞こえない。

耳に聞こえるのは、ただ虫の音だけだ。


山の主が向かった方向は、北の森の奥深く。


「(絶対ダメだ……)」


家が壊れたらまた建てればいい。

この数日間、一生懸命耕した畑が台無しになっても、また植え直せばいい。

だが、ハルが死んでしまったら、もう元には戻せない。


俺は拳銃を構えたまま、ゆっくりと森の奥深くへと足を踏み入れた。


バサバサと葉擦れの音までも大きく聞こえる夜の森。

森の奥深くは、まだ一度も足を踏み入れたことがなかった。

中に何があるか分からないため、懐中電灯は点けていない。

ただ、俺の目が暗闇に早く慣れて、少しでも前が見えることを期待するばかりだった。


キャン!キャン!


ハルが小さく吠える声が聞こえ、続いて山の主の咆哮と共に、木が砕ける音が鳴り響いた。


「ハル!」


俺も大声でハルを呼んでみるが、返事はない。


「はぁ……はぁ……」


緊張のせいで息が荒くなる。


ドォン、ドォン!


突然聞こえた山の主の足音に、俺はすぐに拳銃を構えた。


ガアアア!


山の主が吠えるのと同時に、音のする方向へ引き金を引いた。

森の全てを目覚めさせるかのような、けたたましい銃声が轟いた。

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