第2話
外から見たときとは異なり、街の様子は一層新鮮だった。
長い道を移動する馬車たち。
老若男女を問わず、数え切れないほどの人が行き交う。
街の入り口から少し入ったところにある市場では、様々な食べ物の匂いと、商品を宣伝する商人たちの声が充満している。
料理がどのように調理されているのかはよく分からないが、匂いはあまり良いとは言えない。
キュー。
考えてみれば、朝食はまだだった。
かといって、ここに座ってラーメンを食べるのは人々の視線が気になるし。
「気になるし、買ってみるか?」
百聞は一見にしかず、まずは買ってみるのがいいだろう。
もしかしたら、美味しいかもしれない。
「いらっしゃい!」
軽快な声が耳に入ってくる。
革製の前掛けをつけたハゲの店主が、果物なのか野菜なのか分からない奇妙なものを串に刺して焼いている。
香辛料のような匂いが漂ってくるが、それほどきつくはない。
「この瑞々しい姿!甘くて、後味が少し香ばしい、とっても美味しいクルフパの串!一度食べたら絶対に抜け出せませんよ!」
聞くだけならそれほど悪くない味。
だが、今何よりも重要なのは値段だ。
「今持っているお金は…」
インベントリで缶詰を売って残ったお金を見ると、300ブロンほど。
カウンターに置かれたメニューを見ると、串一つが20ブロンくらいするようだ。
日本で鶏串一本の値段が200~300円くらいだから、おそらく1ブロンあたり10円くらいだろう。
インベントリから20ブロンを取り出すと、10と書かれた銅貨が二つ手に現れる。
「一つだけください」
「クルフパ串一つ!ご注文いただきました~!」
こんがり焼けたクルフパを取り出し、正体不明の液体を少量ずつかけた店主が、俺に串を手渡す。
ゆっくりと口元に運び、一口かじると。
「お?」
果物の甘さのような甘い果汁が口いっぱいに広がる。
熟したトマトのような食感なので、あまり良くはないが、噛めば噛むほど果肉から香ばしい味が滲み出てくる。
ソースはどうだろう。
ピリ辛で酸っぱいソースと香ばしさ、甘さが一つになり、思わず笑顔になる。
あっという間に一つを平らげ、俺はもう一つ注文して瞬く間に平らげた。
「ありがとうございました!またお越しください~」
かなり満足のいく食事だった。
これならラーメンなどを煮て食べずに、買って食べてもいいような気がする。
しかし…
「260ブロン残ったな」
お金が足りない。
残っている缶詰も数個しかなく、売るにも曖昧な状況。
売買を繰り返してばかりいると、きっと問題が起きるだろう。
「やはり、まず仕事を見つけるべきか…」
こちらの世界でもあちらの世界でも、お金が問題だ。
こんなことになると分かっていたら、口座にある金を根こそぎ引き出して持ってきていたことだろうに。
「(こんなことが起こるなんて、どうして分かっただろうか…)」
分かっていたらそれはもう未来予知だ。
それならば、まずお金を稼がなければならない。
今の俺のスキルでお金を稼ぐなら、やはり商売だ。
だが、260ブロンで買えるものが果たしてあるだろうか。
少なくとも多くの利益を得るには、大量の品物を購入して売らなければならない。
「ひとまず自転車を売って資金を用意するか…」
自転車をインベントリに入れて販売価格を確認してみた。
だが、買い取られる価格は中古として500ブロン程度らしい。
これほど損をしてまで売ることはできない。
「ひとまず安いものの中から、生活に役立つものを売るのがいいか?」
生活に役立つものをあれこれ探していると、ある物を見つけた。
安価で、多くの人が買いそうな日用品。
「ふむ…」
俺は首にかけていたタオルを見た。
この世界の人々も体を洗って暮らしているはずだ。
「旅行用洗面用具セットを売るのは良さそうだ…」
旅行する人が常に持ち歩くべき必需品とも言える、ボディソープやシャンプー、歯ブラシと歯磨き粉、タオルなど色々なものが入った旅行用洗面用具セット。
この世界の人々も洗面用具は使っているだろうが、俺が暮らしていた世界のように性能の良いものではないだろう。
「まずは値段を…」
見た途端、ため息が出る。
旅行用セット一つあたり50ブロン。
俺が持っている金をすべて使えば、5個ほど購入できる。
「俺の最後の資金と言えるのに…これで売れるかどうかも分からないものを売るわけにはいかないし…」
いっそ、バラ売りするのはどうだろうか。
旅行用洗面用具セットに入っているそれぞれの品物を検索してみた結果、最も安価で大量購入が可能なのはタオルと石鹸だけだ。
しかし、大量購入で得をできるのはタオル。
石鹸はないが、タオルは100枚購入で10枚がついてくる商品がある。
これだけ買って売れば、10%さらに得をするということだ。
「ならば次は市場調査か」
良い商品だとしても、市場に消費者がいなければ無用の長物、ただのゴミ同然だ。
タオルを使わない人がいるはずはないだろうが、万が一売れなかった場合に備えて、あらかじめ買い溜めしておくのはあまり賢明な選択ではない。
「いくらくらいで売れるだろうか」
まずは周りにタオルを売る商人がいるか確かめるべく、市場を歩き回った。
***
予想通りだ。
タオルとして売られているのはただの布。
綿でできていて吸水性は良いが、拭くのをためらうほどかなりゴワゴワしている。
「これなら商売しても大丈夫そうだぞ?」
とりあえず40枚だけ売ってみようと思い、俺はタオルを購入した。
ピリン。
俺のインベントリにあった40ブロンが消え、目の前に40枚のタオルが現れた。
「(じゃあ、どこで売ればいいんだ…)」
残ったお金で値段を書く看板とレジャーシートを一枚ずつ購入した。
40枚で40ブロンだから、一枚あたり1ブロン。
俺がコンビ∞で買ったタオルの値段が3ブロンくらいだったから、クオリティ面で5ブロンくらいで売るのが妥当だろうか。
「ほぼ二倍ではあるが…」
このクオリティなら、人々も納得して買ってくれるはずだ。
数字の5を看板に書き、俺は場所を探した。
すでに良い場所は商人たちが陣取っている。
残されたのは隅っこだけ。
レジャーシートを広げ、タオル40枚と看板、そして俺が座るキャンプ椅子をインベントリから取り出し、広げて座った。
「人が多いな…」
外れの方の場所にもかかわらず、多くの人が行き交っている。
いつも忙しく生きていた俺とは違い、彼らの顔には笑顔が浮かんでいる。
「いらっしゃいませ~、良い品質のタオルありますよ!」
店の前を行き交う人々。
その人々には笑顔で挨拶するが、人々は横目でちらりと見るだけで、タオルを買う気はないようだ。
「(やはり高いのかな…)」
この街で売られている綿タオルのほぼ倍近い値段を取るのだから、高いのだろう。
トントン。
そうして、値段を下げるべきか悩んでいると、一人の子供が俺の店の前に立ち止まった。
「ん?」
指を口に当てて首を傾げる子供。
「おじさん、これなあに?」
「(おじさんだって…)」
28歳ならまだ「お兄さん」と呼ばれる年齢だが、長時間のストレスと夜勤で顔が老けこんでいるため、子供におじさんと呼ばれても反論できない。
「タオルだよ、タオル」
「タオル?」
子供はタオルを手に取って触ってみると、笑う。
「あたしが使ってるのより、やわらかい!」
「だろ?」
これまで感じたことのない柔らかさだろう。
俺が使ってみても、日本で使っていたものより質が良かったのだからな。
これを使ったことのない人は、このタオルの良さを知らないのだろう。
「(ああ、そうだ!)」
人々がちらりと見て立ち去る理由が分かった気がする。
家にタオルは常にあるだろうし、俺が売るタオルの肌触りを知らないから買わないのだ。
だから、まずは一度体験させてみることが重要だ。
スーパーに試食コーナーがあるのもこのためだ。
人々は味を知らないから、まず試食させて、気に入ったら買ってもらうのだ。
だから、とりあえず宣伝がてら、子供に無料で渡してやれば、この子の母親が使った後にまた訪れて、何枚か追加で買ってくれるかもしれない。
それだけでなく、この子の母親が口コミでも広めてくれた日には、もっとたくさん売れるだろう。
「(よし、投資しよう)」
人々が見ては去っていく今、この状況で何人が店に来て買ってくれるか分からない。
いっそ子供に一つでも与えて、賭けに出てみるのも良いかもしれない。
「一つ持っていくかい?」
「ほんと!?」
「ああ。持って帰って、お母さんに渡してあげな」
「わー!」
ふわふわのタオルを一つ受け取り、どこかへ走り去っていく子供。
「(良かったのかな?)」
もうやってしまったことだ。
後悔したところでどうにもならない。
それなら、その時間にもう一つでも多く売るために努力するのが正しいだろう。
「さあ、皆さん!タオルですよ、タオル!」
商売って本当に難しいな。
難しい…。
***
昼は商売、夜はそこにテントを張って睡眠。
もう何日目だろうか。
「もうそろそろ売れてもいいんじゃないか…」
タオルは一つも売れなかった。
どうやら一つ事実を見落としていたようだ。
タオルというものは、基本的に家に溜め込んである。
そして、人々はたいていタオルは古くなって破れるまで買い替えないものだ。
ここもたぶん同じだろう。
「はあ…」
いっそタオルではなく石鹸にすればよかった。
「今持っている金で他に売れそうなものは…」
コンビ∞を開き、目を凝らして何があるか見てみた。
コンピューターや携帯電話、各種機械はもちろん、化粧品に使うコットンやティッシュ、爪楊枝といった些細なものまで様々だった。
まるでこの世のあらゆる物がここに入っているかのような感覚。
ここでうまく選んで売れば、十分にお金を稼げるだろう。
「じゃあ、お金を稼いだら何をすればいいんだ…」
ここで自分の店を出して商売をするか。
それとも土地を買って不動産をやるか。
「ちょっと待てよ…」
俺は疲労から鼻筋をこすった。
あの地獄のような会社で3年間苦しんだのに、なぜまた働くことを考えているんだ?
「特に何かをする必要はないだろう」
元々もしばらく働かずに休むつもりだった。
場所が変わったとはいえ、この考えは変わらない。
戻る方法も知らない以上、この世界に順応していくつもりだった。
ただゆっくりとこの世界について知りながら生きていけばいい。
「この世界でゆっくり生きていこう」
3年間徹夜続きで、いつも望んでいたスローライフ。
この世界で一度、叶えてみよう。