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第1話

ピリリリ。


「もしもし?」

「{優司さん、本当にこんなことするつもり?}」


電話の向こうから聞こえる、苛立ちに満ちた声。

本当に聞きたくない。


「ええ、そのつもりです」

「{はぁ…私が悪かったわ。だから戻ってきて。ね、少なくとも今週だけは手伝ってよ。いいでしょ!?}」

「いえ、もう騙されません」

「{今、うちの会社がどうなってるか知ってるでしょ。優司さんまでこんなことしたら、私たち本当に…}」

「お話がないようですので、これで失礼します」

「{ちょっと、優司さん。優司…}」


ピロリ。


電話を切るや否や、すぐにまた電話が鳴るが、俺は出ずにスマートフォンを切った。


固定残業代制度の会社で、この3年間、徹夜続き。

睡眠は会社で2、3時間程度で、起きてはまた業務の繰り返し。

いくらやっても終わらない業務の渦中で疲れ果てた俺は、今、チーム長の席に辞表を置いて無断欠勤している状態だ。


本来ならもっと早く始めるべきことだった。

チーム長の切実な頼みを何度か聞いてやったのが間違いだった。

チーム長は謝れば済むと思っているのか、過重な業務を押し付けた後、謝罪を繰り返した。


鏡を見た。

会社に入る前は上がっていた口角は下がり、目の下には濃いクマが。

まともに洗っていない乱れた髪と、食事中にこぼして染まった黄ばんだワイシャツ。


どんなにニート生活を送っても、これよりはマシな顔になるだろう、と思うほど老けた顔が目に映る。


「はぁ…」


洗面所から出て簡単に服を拾い着た俺は、しっかりと荷物を詰めたカバンを背負って外に出た。


金は結構貯めてある。

しばらくは休むつもりだ。

少なくとも、目の下にできたクマが少し消えるまでは、だ。


***


ガチャガチャという音が響き渡る。


「ふぅ…」


閑静な田舎の、誰もいない山。

そこにカバンを下ろし、テントを張った。

すでに土地の持ち主からは許可を得ている。

しばらくの間は、ここにテントを張って暮らすつもりだった。


「初めて張るテントにしては、うまくできたな?」


不慣れな手つきで建てたテントは、あまり見栄えの良いものではなかったが、この程度なら満足だった。

俺は鉄板を上に置き、その上に固形燃料を燃やせるバーナーを乗せた。

これなら、少なくともラーメンくらいは作って食べられるだろう。


「はぁ…」


テントの中に布団を敷いた俺は、外に出てコーヒーを淹れ、カップに注いで椅子に座った。

崖の上から見下ろす、のどかな田舎の風景。

これこそが仙人遊びというものだろうか。


「永遠にこうして暮らしたいな」


都市での熾烈な経済生活。

二度としたくないが、資本主義社会でお金がなければ生きていけないので、やらないわけにもいかない。


「考えるのはやめよう」


キャンプ生活初日なのに、もうこんな考えで気分を台無しにするわけにはいかない。

頭を振って思考を消し、俺は石を運ぶために立ち上がった。


夜になる頃。

焚き火に火をつけた後、持ってきた缶詰を温めて食べた。


「ああ、腹いっぱいだ」


雰囲気が最高の調味料と言うが。

あまり美味しくない缶詰も美味しく食べられた。


片付けを終えてキャンプ椅子に座り、焚き火をじっと見つめた。

今でこそ初日なので、物珍しい経験だと思えるだろうが。

しかし、ここで数ヶ月も暮らしたら、果たしてこんな感情をまた感じられるだろうか。


ゲームでもするべきか。

それとも海外旅行?

おそらく、東京に戻ったら決して感じられないだろうから、それも不可能だろう。


「退屈な日常の中に、いつも新しいことが起こったらいいのに…」


そうつぶやいてから、カップに入った温かいスープを飲んだ。


「はぁむ」


だんだんまぶたが重くなる。

風景さえも、もう眠れとばかりに、深い霧が俺の周りを覆う。


「霧が発生するとは聞いてなかったけど…」


田舎の夜景が見られないのは少し残念だが、どうせしばらくここで暮らすのだ。

そのうち見れる機会もたくさんあるだろう。


俺はスープを一気に飲み干し、ゆっくりとテントの中に入って横になった。


「布団…持ってきてよかったな…」


ベッドで感じるようなふかふかの布団を持ってきたおかげで、あまり平坦でない地面にもかかわらず、背中に石が当たるような感覚はなかった。

俺は押し寄せる眠気にゆっくりと目を閉じ、まもなく深い眠りに落ちた。


***


ピロン。

ピロン。

ピロン。


何かアラームのような音が聞こえ、目が覚めた。

俺の記憶では、アラームを設定した覚えはなかった。


ゆっくりと目を開け、前を見た。


「ふぁ~」


伸びをしながら、まだ眠気が残っていて半分閉じかけた目でテントの入り口の方を見た。

しかし、なぜか俺の視界にはテントの入り口が見えない。

その代わりに、テントの入り口の方には半透明の何かがたくさん表示されている。


{ [SYSTEM : STATUS] が実装されました。}

{ [SYSTEM : SKILL] が実装されました。}

{ [SYSTEM : INVENTORY] が実装されました。}

{ 実装されたSYSTEMについてのヘルプを確認しますか?}


「これは…何だ?」


生まれて初めて見る画面に、俺は目を細めて見つめた。

まだ眠りが浅いのだろうか。

顔を叩いて目を覚まそうとしたが、痛みが感じられることから、今の状況は夢ではないようだった。


俺はヘルプを確認するかというウィンドウで『確認』ボタンを押してみた。

その瞬間、目の前に無数の情報が詰まったウィンドウが現れた。

それを読み進めて、俺の頭に浮かんだのはこれだった。


「完全にゲームじゃないか…」


ステータスやスキル、インベントリだけでなく、クイックスロットもあり、

クイックスロットにアイテムを登録する方法や、登録したアイテムを使う方法、マップを開く方法などがすべてヘルプに書かれていた。


どこかで誰かが隠しカメラを回しているのではないかという考えも浮かんだが、俺の視界に直接干渉できる隠しカメラなんて、あまりにも恐ろしすぎる。


「くっ…」


まずはこの中の情報が確かなのか確認することが先決だ。

俺は小さな声でつぶやいた。


「ステータス」


言葉を発するや否や現れるステータスウィンドウ。


[ STATUS ]

[ 名前 : 坂本 優司 ]

[ 年齢 : 28 ]


今書かれているのはこの二つだけ。

下に空きスペースが多いことから、まだすべてが開放されているわけではないようだ。


「スキル」


スキルと叫ぶと現れるウィンドウ。


[ SKILL ]

[ パッシブ : 世界の異邦人 ]

[ この世界に渡ってきた異邦人に与えられるパッシブスキル。基本的な能力値が大幅に増加する。 ]

[ アクティブ : コンビ∞ ]

[ 創造の神が作った【コンビ∞】にアクセスできるスキル。 ]


どこかで聞いたような名前がスキルに書かれている。

創造の神が作ったコンビ∞だと。


「コンビ∞」


スキルの名前を口にするや否や、目の前にウィンドウが浮かび上がる。


「ウェブショッピング?」


まるでCマーケットやクパン、アールゾーンを連想させるウェブサイト。

そしてそのリストには、無数のカテゴリーの品物が果てしなく並んでいる。


「本当に買えるのか?」


試しに500mlのミネラルウォーターを一度タップしてみた。


ピリン。


[ 金額が不足しています。 ]


『金額』という言葉に、ウィンドウをあれこれ見てみると、俺のプロフィールにチャージされた金額が見える。

今持っているのは0円でもなく、0ブロン。


「ブロンって何だよ?」


とにかく金がなくて買えないので、ウィンドウを閉じて立ち上がり、テントの外に出た。


「うわぁ…」


本来ならのどかな田舎の風景が目に飛び込んでくるはずの崖。

しかしそこに見えるのは。

巨大な城。

無数の家々を取り囲む城壁。

そして外には広々と広がる農作物。

まさに想像の中でしか見たことのない、完璧な中世都市。


「これ、本当に…夢じゃないのか?」


信じられない風景に、俺は何度も顔をつねってみたが、顔が完全に痺れてきて初めてつねるのをやめた。


***


「インベントリ、便利だな」


俺が山に登ってきた時とは違い、今、俺は身軽に山を下りている。

全てはインベントリのおかげだ。

テントやキャンプ用品といったものがすべてインベントリの中に収まり、一目でわかるようにリスト化されているのだから、こんなに便利なことはない。


「しかし…この道で合ってるのか?」


とりあえず崖から見た中世都市に行ってみようと下りてはいるが、道が合っているのか分からない。

崖の方向は、確かにここが正しいはずだ。


俺は流れる汗を、コンビ∞で缶詰を売って購入したタオルで拭いた。


そうしてしばらく迷っていた俺は、ついに人が作ったような大きな道を見つけることができた。


「この道に沿って行けばいいとは思うけど…」


遠くに都市が見えることから、この道が都市まで続いているようではあったが、かなりの距離がありそうだ。


電動キックボードでもあれば楽に行けただろうに…


「もしかして電動キックボードもあるのか…?」


俺はすぐにコンビ∞を開き、電動キックボードを検索した。


「うーん…高すぎるな…」


コンビ∞に登録された数多くの電動キックボード。

しかし価格は2万ブロンもする。

持ってきた缶詰とラーメンをいくつか売って手に入れた金は約900ブロン程度。

泣く泣く一番安い800ブロンの自転車を購入した。


「考えようによっては、こっちの方がいいか」


電動自転車やキックボードは電気で充電しなければ使えない。

電気を調達できない今は、人力で動く自転車が一番うってつけだ。


「さあ、じゃあ行ってみるか?」


俺は自転車に乗り込み、ペダルに足を乗せてそのまま漕ぎ出した。


***


あちこちから人々の声が聞こえる。

誰かは笑い、誰かは怒っている。

異世界だとしても、人混みは東京と大差ない。


「俺がこれを本当に見ることになるとは…」


西部劇の中でしか見たことのない、幌を張った馬車。

一台どころか、数十台が入り口に長く列をなしている。

甲冑を着た警備兵たちが馬車を調べている。


「馬車の前まで来たのはいいけど…」


馬車が入り口に到着するたびに、馬車に乗っていた御者たちが鉄製の小さな徴章のようなものを見せている。

おそらくあれが身分証なのだろうが、俺はそんな身分証を持っていない。


コンビ∞で売っているかとも思ったが、残念ながら身分証のようなものは販売していなかった。


考えれば当然のことだ。

身分証とは、文字通り身元を証明する証書である。

いくら神だとしても、人間界の規則に関わるものを売ったりはしないだろう。


「さあ、次」


俺の番が来て自転車を引いて前に進むと、警備兵は面倒な相手を見たかのようにため息をついて俺を見た。


「馬車もねぇのに、ここに何しに来たんだ?」

「車、ここにあるじゃないですか」


自転車。

馬車と大きさを比較すれば小さいが、いずれにせよ乗り物という概念なので、馬車と同じではないかと思って立っていたのだ。


「これ、何だ?」

「自転車です」

「じてん…何?」


理解できない警備兵が眉をひそめる。


「ああ、もう、忙しいんだ。あっち行け。さあ、次!」

「ち…ちょっと待ってください」

「人間なら、あっちの列に並んで入れ。邪魔するな。さあ、次!」


神経質そうにどこかを指差し、次を叫ぶ警備兵。

そこを見ると、一団の人々がずらりと一列に並んでいるのが見えた。


「どうやらまた待つしかないか…」


仕方なく俺は自転車を引いて、人々が長く並んだ列へと歩いていき、待った。


***

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