第一章:俺は不動産営業マンになるって決めた。
大学四年の春。
俺は、就職活動の波に揉まれていた。
志望業界は特になかったが、
「営業、向いてそうだよな」とよく言われたし、正直、体育会ノリとそこそこの愛想には自信があった。
サークルでは飲み会の幹事ポジション、バイトでも店長や社員からはよく褒められた。
自分でも、俺って営業向きじゃね?と思い始めていた。
そんなとき、目に飛び込んできたのが「急成長中!No.1目指す不動産企業」というフレーズだった。
──人生、一発逆転してみねぇか?
そんな文言が添えられた広告。
そして、社長の笑顔が眩しく光るInstagram。
高級車。タワマン。体験した事の無い遊び。回らない寿司。綺麗なお姉さん。
若手社員が社長にインタビューされ、「今月、手取り100万超えました!」と答えている。
俺は、画面をスクロールする指を止められなかった。
一瞬で、心を奪われた。
「こんな風になりたい…!」
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面接当日。
エントランスに足を踏み入れた瞬間から、空気が違った。
ガラス張りのエントランス、高級ホテルのような香り。(行った事なんて無いが)
エレベーターに乗る手が若干震える中、受付の女性に名前を告げると、即座に案内された。
現れた面接官は、モデルのような美人だった。
パンツスーツを完璧に着こなし、ヒールの音を響かせながら入ってくる。
タブレットを開きながら、こちらに軽く笑いかける。
「営業職、興味あるんだよね? うち、若手でもガンガン稼げるから」
スラッとした指先と完璧な口調に、俺はただ頷くしかなかった。
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そして、奥の扉が開き、現れたのが“あの”社長だった。
サングラス。胸元の開いたジャケット。
片手にはスマホ、もう片方にはハイブランドのバッグ。
まるでドラマのワンシーンのような派手さで登場し、俺たちに向かってニヤリと笑った。
「不動産ってさ、要は“気合”だから」
「借金できる奴が強いし、リスク取れる奴が稼げる」
背後のモニターには、インスタのストーリー。
シャンパンを開け、美女を両脇に抱えた動画。
手首には高級時計、夜の銀座、VIPルーム。
その端には、面接官のお姉さんも映っていた。
――後から聞いた話だが、あの人は“夜の店”から社長が連れてきた人で、仕事はほぼしないらしい。
肩書きは秘書、実態は愛人。
誰も何も言わない。
"正直、めちゃくちゃ羨ましい…"
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説明会の帰り道、俺は心臓がバクバクいっていた。
不動産って、すげぇ……
若くして成功して、稼いで、モテて、勝ち組になって――
「俺もあっち側に行きたい」と、心の底から思った。
それが俺の入社動機。
動機としては、きっと最悪の部類だった。
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高級レストラン貸し切りの入社式、新卒歓迎会。
その後、社長は新卒の男はついて来いと一言。
初めてのラウンジ、しかもVIPルーム、呑んだ事の無い酒、上品で綺麗なお姉さん達…
目の前で空けられるドンペリを、同期と一緒に見上げていた。
「俺、すごい会社に入ったんだ……!」
同期の誰かが言った。
「まじで、この会社で人生変えようぜ!」
俺は心の中でこう叫んでいた。
“もう未来は、明るいでしかない!”
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まだ――このときの俺は"無知"で"無垢"な学生だった。