4."The sound of peace breaking"
「お似合いカップル、ねぇ……」
まぁ確かに玲よりはカナと過ごしてる時間の方が圧倒的に多いのは事実だ。出会った時期とか一緒にいる期間とかではなく、玲はカナや僕に比べて自習室に入り浸っていない。
周りから見ても僕とカナが割と常に一緒にいることは知っているし仲がいいと認識されていると思う。
「まぁ周りから見たらそう見えるんかもなぁ」
少し照れくさそうに笑う夏菜子に、
「いっそ付き合ってみる? カナといる時間って結構楽しいしそういうのもアリかもよ?」
と冗談を笑いながら言ってみた。
我ながらバカすぎる。
夏菜子は当然、とても驚いた表情をしている。
今でさえもまだ自分に自信が持てていないのだ。
自殺願望は今はないがまだ生きたいと思えるわけではないし、サーバーがなければすぐに不安定になる程自分に自信がないと思う。
そんな僕が、彼女なんて……
「あ、冗談やで? 僕が友達ならともかく彼氏は流石に嫌やろ」
「……いいよ? 私は別に嫌じゃないし」
5秒ほど思考が停止した。
返答があまりにも予想外すぎる。
「え……それは僕を男として見れるってこと? 彼氏でもいい、付き合ってもいいってこと?」
「それ以外何があるん? 私は……ずっと好きやったから……私と、付き合ってください!」
僕は別に夏菜子に好意があったというわけではない、というと語弊が生まれるかもしれないが。
夏菜子を見て、可愛いと思うことだってあるし女として意識することも時々あった。
ただそれよりも友達としての印象が勝ってしまっていただけで別に恋愛対象に含まれないわけでも夏菜子が嫌いなわけでもない。
まだ明確な好意があるわけではないものの、少し意識していた、気になっていたことがないわけではないのなら今後好きになっていくだろう。
それに、断るような理由もない。
「はい。喜んで」
それが、僕の答えだった。
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「てなわけで、私たち付き合ったので〜ハヤをとったら許さんからな?」
「うおぉ〜、お似合いやとは思ってたけど両方奥手やからどうなるかと思ったらそういう感じかぁ〜」
「玲、うるさい」
僕たちが付き合い始めたことはサーバーでも伝えて、浮気や二股は目撃したらすぐに報告しろと夏菜子は言っていたが、ネットでしか交流がないのにどう目撃しろというのだ、とは思ったがその心の声は一旦心の中にしまっておく。
「で、カナは隼人の話したん? 詩穂ちゃんに」
「詩穂ちゃん? ……誰?」
「隼人……そんなこともわからんの? カナのお母さんに決まってるやん」
「分かるか! てか友達のお母さんに対して馴れ馴れしすぎちゃう?」
友達のお母さんに対する距離感……友達なんて1人しかいなかったからあんまり友達の母親と交流があるわけではないがこの距離感が明らかに近すぎるのはわかる。
「まぁ、話したよ? 詩穂ちゃんには。なんか、『涼太くんに似てる』って言ってた」
「えっと……お父さん?」
「は〜い残念! ハヤ不正解! 詩穂ちゃんの元カレでしたぁ!」
これは問題の難易度が高すぎる。これ当てられたら天才だろ……
てか、誰かに似てるって言われたってことはある程度僕の話をしているのか……? 付き合ったということだけではないのか?
「なんや惜しかった……詩穂ちゃんの不倫相手やと思ってた……」
「佐久間はうちの詩穂ちゃんのことをなんやと思ってんの?」
「少なくとも僕は元カレの話を娘の前でする感じの人って印象しかない」
元カレの話を娘の前でするってあんまり聞かないけど、それだけ聞くとあんまりいいイメージにはならない。
「まぁ詩穂ちゃん可愛いからなぁ、パパさんの知らない元カレがいっぱいいてもおかしくないんちゃう?」
「いや、パパの前で普通に話してたから多分パパも知ってるんやと思う」
三嶋家の家庭環境には首を突っ込めないが、何がどうなってこうなってるんだ?
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僕の受験が近いということもあり、とりあえずデートらしいデートをするのは受験が終わってからということになったが僕は急遽父の都合で東京の高校に行かなければならなくなり受験が終わったら1度デートしてそれからは夏菜子の受験も待ってあげることにした。
東京の高校を受験するといってたがそんなことできるのか? とは思っている。
そして3ヶ月ほど経ち、僕は高校への入学が決まった。
「明日はデートかぁ〜」
3か月付き合ったものの、デートはしていない。
自習室行ったり、通話をする頻度が上がったり、
Disc●rdも、サーバーより個人チャットで話す割合が増えたりはしていたがデートは初めてだ。
ウキウキ気分でDisc●rdを開いた瞬間、あまり浮上してこないメンバーが突然スクショを貼り付けていた。
アイコンは僕のものと同じトマトケーキの写真で、名前は僕がずっといろんなところで流用しているHNである“トマケキ”、そして僕に似た口調で、サーバーで会話しているのだろう。ユーザーネームの文字が赤色にカスタマイズされている。僕もサーバーでは基本赤色に変えたがる。
精巧な偽アカウント。
僕が二股しているように見せかけたスクリーンショット。
しかも、別のサーバーの会話としてスクショしているため、この写真を投稿したやつはダメージを受けない。
数分後僕はサーバーからBANされて夏菜子や玲、仲のいいフレンドからはブロックされ、夏菜子や玲はリアルでも口を聞いてくれなくなった。
もう、恋愛が怖くなった。
受験が終わり、デートは正直めちゃくちゃ楽しみだったのだ。
3月26日。受験の合格発表を見て舞い上がってから3日後の出来事だった。
31日の夜には東京に着いてないといけない、ということは4日ほどしか京都にいられる時間はない。
だがもう、夏菜子はどうやっても連絡は取ってくれないし直接会っても口を聞いてくれない。
「話しかけるな」とすら言ってくれないのだ。
僕は恋愛なんてしたくない、とすらしまった。
もう……こんな思いをするぐらいなら恋愛はしたくないと。
僕は出世したいだとかエリートになりたいなどという高望みはするつもりはないが、結婚して家庭を持って、平凡な幸せを感じながら生きていきたいという夢があった。
それを夏菜子と叶えられるなら幸せだな、と本気で思っていた。
自分に非があったなら、この別れも素直に受け止められたのだろう。
夏菜子に非があったなら、僕は後腐れなく思いっきり彼女をフっただろう。
ただ、どちらも悪くないのだ。僕達はハメられた。
これほど嫌な別れ方があるものだろうか。
ただ現実は残酷だ。嘆いている間に時間は刻々と進んでいって、夏菜子とは一切話し合いができないままとうとう京都から離れないといけなくなってしまった。
僕は京都での交友関係を全てリセットした上で、心に傷を抱えて東京に向かうことになった。
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「サーバー、どうしよっか」
佐久間の問いかけに、私は少し悩んだ。
元カレのために作ったサーバーだがここでできた友達も少なくはない。
しばらく2人で考えた結果、
隼人の分の欠番を埋めるため、信用に足るフレンドから1人新しく運営メンバー募集して運営体制を新しくした上で、サーバー名を変更して新しくサーバーを生まれ帰らせることにした。
新運営メンバーは「スイカ(夏菜子)」、「アングリーグランマ(佐久間)」、「海の村(ネットで知り合ったフレンド)」になった。
サーバー名は「新憩い市」に変更された。
「疑わしきは容赦無く追放! 人狼村」というサーバー名を提案した時には一瞬で2人に却下された。
「憩い村」から「新憩い市」に、
もうすぐ進級して中二から中3に、
“海の村”が新しく運営に加わり、
隼人は居なくなった。
完全に変わった私の日常生活が始まった。
第4話「平穏が壊れる音」
プロローグ「戻れることのない潰えた道」完
次週からはついに本編です