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スナックアサガオ

作者: 尾崎朋子

きらびやかなネオン街…この華やかな明かりがなかったら漆黒であろう夜空の中にたたずむ三日月とまるで一体化しているかのような夜の街…

今日のすすきのも足早に過ぎていく人の群れ…まだ春先の日が陰るとじわりと骨身にしみる冷たい風がロングコートの首元を通り過ぎていく。



繁華街からは1本はずれたビル、小さなエレベーターに乗り込み「7」のボタンを押すと男は軽くため息をつきコートのポケットで冷えた指先を握った。エレベーターを降りて右手に回った奥の店、そう…



「スナックアサガオ」



重い扉を開けるといつかの馴染みのある声だ。


「あらぁ…こんないい女をほっといて…こんな長いこと何してらしたのかしら…?お久しぶりですこと…」

紫の長い髪がシャンデリアの明かりに反射して更にきらびやかで妖艶に光る、ママのアサガオはいつもの紫のドレスに見を包み見るもの全てを魅了する所作で男に微笑む。


「お髭…。素敵じゃない」


「イメチェン、しようかと思ってね。ほら、どうしても写真を撮ったり文章を書くことを仕事にしている手前、ハクをつけたいのも…あったんだが…まぁママにはお見通しだね…」



薄暗くボックス席2つとカウンターだけのこの店「スナックアサガオ」


初めてこの店に足を踏み入れたのはかれこれ8年前だ。「朝顔」死んだ母が大好きな花だった。

その時はまだ会社員で、職場の飲み会で通りかかったこのビルの「スナックアサガオ」ただその店の名前にまるで魔法がかかっているかのように吸い込まれた。


また、母のような暖かさに触れることができる…わからないがそんな気がした、それは無意識に…



カウンターに座るとアサガオが白い貝殻の形の灰皿を差し出した。


「響よね?」

「あぁ…」


ウィスキーでも俺は響が一番好きだ。芳醇でまろやかな口当たり、鼻を抜ける独特の蒸留酒の香り。

横に座ったアサガオが手際よくロックグラスに氷と響を注ぐ。

「ダブルよね?」

「変わらず俺の好み…覚えていてくれてるんだな」


「これが仕事よ?侮らないで頂戴」

彼の前に置かれたロックの響の氷がカタリと崩れた。


「懐かしい曲だな…真夜中のドア…か…」

男はタバコに火をつけた。

「今、また人気があるらしいわ。若い人たちがカバーしてるらしくて…皮肉ね…季節を超えてまだ無かったことにできない女の恋心…そしてそれは時代を超えて名曲という形で語り継がれる…」

アサガオは氷が少し溶けた響を軽く口に含んだ。



「なかなか消えないわね…指輪の跡…」


男は日焼けしていない左手の薬指を隠すように手を握った。


「昔のことさ…」


ぎこちない沈黙の時間が流れる。何を話そう、そう困惑する俺はまるで子供のようだ。



「なぁ…アサガオ…今度二人で食事でも行かないか?」

「おあいにくさま。そんなお誘い色んな男から聞き飽きてる。それに…」



アサガオは男の目を真っ直ぐと見つめた。



「私は夜の蝶であり太陽なの。ただの太陽ではない、唯一無二の人の心を曇らすもの全てを焼き尽くせる太陽なの。どこ探したって私のような女はいないわ。」


アサガオが自分のロックグラスの氷を人差し指でくるりと回した。


「だから、小さなプライドを掲げた男なんて…私にはお呼びじゃないの。おわかり?」

「あぁ…わかってるさ…」


期待したとおりの答えだ。野暮な自分につい口角があがる。


何を言っても揺るがず微動だとしないアサガオの振る舞いは結局俺に溶けない魔法をこうしてかけて、そしてこの時間もまるで店を出ると夢のように儚く、本当に夢じゃなかったのかと思うほどに記憶が薄れる。


まるでデシャヴのように…



「アサガオ、乾杯に付き合ってくれ」

「喜んで」


「乾杯」 

「そうね、乾杯」

ロックグラスを傾け、乾いたグラスの音が鳴った。


傾けたグラスを握る手が一瞬だけアサガオに触れた。




そう…これが俺とアサガオと近づける唯一の許される一番の至近距離……


そしてまた…アサガオという溶けない魔法に包まれる…


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