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ラザンノーチスの闘技士  作者: 莞爾
9/13

09:ザルバニトー

「……ご……めん……セフィ」


 トァザは担架に乗せられ、ラザンノーチス側担当の整備士達によってセコンドへ運ばれた。


 現実感が薄れる。目の前の光景に思考が働いていない。

 トァザは、酷い有様だった。


 応急処置をしながら次の指示を待つ整備士に囲まれ、なんとか輸血と予備の技巧を集めるように指示を飛ばす。


「……貴方の、せいじゃない」


 担架に横たわるトァザの姿を見つめ、私はなんとか励まそうとした。しかし言葉が続かない。

 右腕は肩から先がなく、両足も膝下から食い千切られ、全身の技巧は猟犬の矛と熱線によって融解して溶け落ちていた。辛うじて繋がっている左腕も神経が切れてしまっている。唯一原形を留めているのは胴体と頭のみ。厳密には肋骨のフレームは歪んでいて、腹部二箇所にも刺突による穴が穿たれている。人工筋繊維のダメージも著しい。


 トァザはあの状況で兵装を盾にすることで急所を死守したのだ。本当によくやってくれている。


「……第二戦、ティカの意思は何も感じられなかった……」


 トァザは血塗れで口からの血を吐きながら呟いた。

 虚ろな瞳がかすかに笑みを作る。


「はっ……なにが、メインディッシュだ……。味なんてしないぞ……」


「喋っちゃダメ」


「……俺達は、勝たなければならない」


「分かってるから、話さないで」


「『無敗でなければ意味はない』」


「――!」


 トァザは動揺している私を叱責するかのごとく断言した。

 その言葉は、過去に私が放った言葉だ。


「……大丈夫だ。セフィ」トァザが血の気のない顔で微笑んでみせた。


「ごめんなさい」


 私はトァザの頬を撫で、気づけば、頬を伝う涙を拭おうともせずにいた。





 『この世は不公平だ。

  霊素も、畑も、

  武器さえも奪われた俺たちにできるのは、

  泣きじゃくることだけか?


  円卓よ我々の声を聞け。

  鼓膜に突き立てる叫び声を。

  円卓よ我々の涙を見ろ。

  瞳に焼き付く正義の涙を』



 五年前。

 幼い頃から叔父マルドゥークの英雄譚を聞かされて育った私は、ジャンヌ=ダルク家の御令嬢だった。

 自他ともに認める技巧への類稀なる才能と、思春期という多感な時期もあって、私は闘技士に魅了されていた。


 ――私もいつかは祖父のような存在になる。


 そう信じて疑わない。

 わがままで、独善的な……はっきり言って誰も手がつけられない問題児だった。


 例年、終戦日を祝して行われる記念式典に私はしぶしぶ参列した。親子で参列しなければならないのは好きじゃなかったけれど、父も母も嫌いだったけれど、祖父の功績を讃える式典に参加するのは嫌いじゃなかった。


 会場で、見慣れない青年を見る。

 ぼろぼろな服、痩せこけた体。身長は私より高いから、年は上なのだろうか。それにしては気弱そうな態度。この場に相応しくない貧相な出で立ちだったが、泣き出しそうな瞳は揺らめく炎のようで……とても美しい緋眼だった。


 ――目の前で、青年の身体は壊れていく。


 脳裏に焼き付く強い光と、熱波。

 降りかかる彼の血液と、骨肉の欠片。


 死ぬかもしれないと思った。

 祖父の英雄譚でしか語られない暴力が私の身に降りかかり、初めて恐怖した。

 しかし、彼の捨て身のテロ行為は私を傷付けることは叶わなかった。

 メディナが身を挺して私を護ってくれていた。


「お怪我はありませんか? セフィ」


「……気安く呼ばないで、平気よメディスン」


 『メディスン』――私の姉だったもの。生前の名前はメディナだった。

 姉は生まれつき体が弱くて、いつも父と母から愛されていた。……結局死んでからも父の闘技士として生き続け、姉のように振る舞い両親からの寵愛を一身に受ける。

 もう、死んだくせに……。


「いいわ、私のことは大丈夫。……それよりさ、あの死体、私が貰っていい?」





 三年前。


「いい? この世界に神なんていないし、天国なんてない。そもそもあなたは死んでんの。ここがあなたの『あの世』なわけ。わかった?」


 祖父の威光を追いかけこの世の全てを平らげる程の強さを求めるセフィリアの地獄のような試作開発の実験体となった俺は、幾度となく肉体を切り刻まれた。

 四肢はユニット化され、最適化の度に俺の体は技巧に置き換わっていく。

 全身のあらゆる筋肉が黒くコートされると、技巧化されずに残ったのはいよいよ髪と両眼だけとなった。


 彼女は俺よりも幼いのに、自分の意志で未来を描いていた。

 野心があり、救いなんて求めてない。

 『神なんて信じないわ。自分が救いの手になるのだから、信じる神を持ってどうするの?』――それが彼女の信念だった。


 ……俺には、手が届かない存在だ。

 俺はずっと神に縋って生きてきた。貧しい国に生まれ、いつか救われる日を求めて生きていた。


 あの時もそうだった。

 記念式典に紛れ込み、多くの悪しき戦勝国の人間を道連れにしたら、俺の魂は天国で救われると教えられた。この世をただす行いを神は必ず見ている。そして俺の正義を褒めてくれるのだと。


 日々の中でセフィリアと心を通わせ、俺の中で価値観が変化していくのがわかった。

 彼女のもたらす技巧の痛みは、俺の罪を洗い清める罰だった。

 彼女と共になら、本当の意味で貧しい国を救えるかもしれない。俺が闘技士として、セフィリアつかいとして円卓に立てば、真の平和が訪れると、信じられる。


 『いい? トァザ。無敗でなければ意味はないの。唯一絶対の力こそが戦争を消し去る抑止力になる。それこそ神話級の、平和を司る神になれる』


 セフィが求めるのなら、俺はどんな痛みにだって耐えてみせる。


 ……ある時、セフィリアはザルバニトーという兵装を作り上げた。

 俺にはよくわからないが『最終兵装』というらしい。

 祖父に比類するために必要な力だと、彼女は嬉しそうに語った。


「さあ、耐えてみせてね。トァザ」


 ザルバニトーと呼ばれる技巧の四肢を接続し、俺は寝台に縛り付けられ固定される。全身には針や吸着性の計器コードを取り付けられ、俺の心拍や脳波、その他あらゆる身体反応がモニターされる。


 新しい技巧を試すことはこれまでもいくつかあった。

 だが、この四肢はこれまでのどれよりも容赦がなかった。


 セフィリアが外部接続されたレバーを降ろし、起動スイッチを押すと、補助脳に格納されていた霊素が俺の体内に循環するのがわかる。

 異変はすぐに起こった。


「……っ、ぐ、ぁ――」


 耐え難い激痛に俺は身悶えする。纏わりつく計器を取払いたい衝動に駆られるが、神経遮断された四肢は応えない。

 それでも俺の背筋は跳ね、何度も寝台に頭を叩きつける。正気を保てそうにない。そう思った。


「ぐあああぁぁぁ!」


 まるで、溶けた鉄を体に流し込まれているみたいだった。全身にどれだけ力を込めても堪えられるものではない。歯を食いしばることもできず、ひたすらに絶叫する。


「越えてみせなさい。トァザ

 ……貴方は私の闘技士。最高傑作の極致に辿り着くべきなの」


 『無敗でなければ意味はない』

 『唯一絶対の力こそが戦争を消し去る抑止力になる』

 『無敗でなければ』……『無敗でなければ』――


 耳に届く彼女の言葉を、何度も何度も繰り返す。自分を見失わないために、正気を保つために。


 セフィリアは計器を確認し、操作盤の一つを捻った。何かしらのレベルを一段上げたのがわかる。全身にかかる負荷が増し、残り僅かな俺の精神を肉体から追い出さんと責め立てた。


 強大な力、飲み込めない痛みを押し付けられ、俺は涙も涎も流れっぱなしだった。

 俺の生まれ持ったあらゆる属性は剥ぎ取られ、血管に溶岩が流れ込んで皮膚は雷で出来ていた。


「うああぁぁぁっ!」


 呻き苦しむ俺をセフィリアは無感動に見つめる。まだ行けるはずだと視線が語りかけるが、応える余裕はない。


「神、さまっ、……ぐああぁぁぁ!」


「神様なんていないのよ。あなたがそうなるしかないの」


 俺の絶叫を涼しく聞き流し、セフィリアは言う。


「助けて……、助けて! セフィ――!!」


 バン。と、彼女は緊急停止に拳を叩きつけた。

 スイッチ一つで俺は痛みから開放される。全身が焼け焦げた臭いがして、頬を伝う涙が蒸発した。


 全身が引き攣って、俺の体じゃないみたいだ。

 俺は咽び泣いて、許しを請うようにセフィリアに謝罪を繰り返す。


「……ここが、限界みたいね」


 そう言って、セフィは俺を抱き締める。


 ……こうして、自分の体さえも灼いてしまう最終兵装ザルバニトーは封印された。





 第二戦後、技巧整備士セコンド席にて。


「ザルバニトーを使おう……セフィ……」


 覚悟を決めた表情で、トァザは言った。


「……でも、あれは封印したはず……」


 私は戸惑いを隠せず、トァザに問いかける。

 トァザは横目に私を見て、言った。


「……封印場所を忘れたのか?」


「……!」


 円卓だ。

 あの時、私は自身の作り上げた最終兵装を封印した。

 誰の手も届かない場所――私の兵装を保管するにふさわしい場所は、円卓以外にないと、封印したのだ。


 壊れたトァザの四肢に、替えはある……!


「で、でも! ……レギュレーションチェックをしてない!」


 トァザは口角を微かに吊り上げる。


「……居なかっただろ……レギュレーションチェック」


「まさか……!?」


 トァザは顎で方向を示す。

 整備士達が持ち込んできた私の技巧の山、事前申請を通過したケースの中に混じって、古びたトランクが置かれていた。


「お守りみたいなもんだ……ここにきてまさか役に立つとは」


「耐えられるわけない――」


「俺は覚悟を決めたぞ。セフィはどうなんだ……!」トァザは語気を強めて叱責する。「アンダー・アーロンは俺たちの過去だ。振り払うべき過去なんだ」


「過去……?」


「そうだ。強さのみに囚われていた昔のセフィであり、俺の昔のトラウマ。それがアイツなんだ。

 必ず倒す。俺にもう一度、神器を授けてくれ」


「トァザ……」


 私達は、どうしたってこの戦争を勝たなければならない。


 ――涙を拭い、頬を打った。迷いを振り払うように。


 そして私は宣言する。


「最終兵装『ザルバニトー』を使用します」


 人工筋肉の接続を外すようにと続けざまに整備士達に指示をして、第三戦に備え交換の用意を整えた。

 トァザの食い千切られた技巧を交換するため、迅速に作業へ取り掛かる。


「ごめん……耐えてみせて、トァザ」


 仰向けに寝かされたトァザは目を閉じ、頷く。


「大丈夫だ。今の俺達になら出来る。

 この状況を打開するのは、俺達だけだ。……俺達だけ」


 闘技士と技巧整備士。

 トァザと私でなければ、この戦争は止められない。


 私は覚悟を決めて『円卓』に三時間のテクニカルタイムアウトを申請した。

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