08:第二戦
円卓の規定では闘技士は第一戦の終了後、技巧整備士席へ戻り十分間のメンテナンスタイムを受ける。
許可されているのは、第二戦に備えて事前申請した予備の技巧の取り付けと、消費した霊素の補充の二つ。
メンテナンスタイム終了後に闘技士が復帰できず、戦闘不能と審判が判断した時点で敗者が決定する。ラバニス国民は固唾を飲んで見守っている。
歩いて戻って来れたのはトァザのみ。
ティカは担架に乗せられてラバニス側の技巧整備士の施術を受けているようだ。このまま行動不能なら話が早いのだけれど、アーロンの口ぶりからしてそう簡単にはいかないだろう。
私はトァザの損傷具合を確認する。下顎は出血こそあれどフレームは無事。全身に細かな裂傷を受けたが大きな問題はなさそうだ。振り返ってみれば、第一戦は冷静な立ち回りだった。
消耗した霊素を補充するためにトァザを椅子に座らせ、ケーブルに繋ぐ。
「ところでなんだけど」私は問う。「……アンダー・アーロンとはなんの因縁があるの……?」
開戦前から気になっていたことだ。トァザは明らかにアーロンを憎んでいる。
ただの敵国の整備士というよりも、以前から面識があるようだった。
「……俺が闘技士になる前だ」トァザは遠い目をした。「……セフィと初めて出会ったとき、俺はテロ組織に所属していた。……わかるよな」
私は頷く。
「大霊戦争がマルドゥークによって強制的に終結に向かった後、世界は争いをやめた……これは平和になったという意味じゃない。マルドゥークの生み出した兵器、技巧や闘技士というものが世界から軍事力を奪っただけだ。
ある国では、劣勢から反転攻勢に転じようという時に終戦を余儀なくされた。軋轢は依然として存在し続ける……いくつかの国はこの戦争の終結に納得していない」
「……わかるよ」
祖父、マルドゥーク・ジャンヌ=ダルクが生み出し、世界を平らげた技巧。――その終戦のタイミングが少しでも違えば、現在の戦勝国と敗戦国の情勢は変わっていただろう。
勝ち逃げできた国は大満足だろうが、一方的に敗戦国のレッテルを貼られた国は当然不満が湧く。
「当時敗戦国の一つだった島国で、俺は生まれ育った。当然暮らしは貧しいし、大人たちは皆、今の世界を恨んでた。……テロ組織が立ち上がったのは自然な流れだった」
「うん」
「子供の頃からその価値観の中で育てられ、少年兵として教育を受けた俺は、あの時、腹に爆弾を巻いて、君と出会った」
「それで?」
「『平和式典会場を狙え』と指示していたテロ組織のトップ……戦争屋が、あの男、アンダー・アーロンなんだよ」
私はトァザの話を聞いて、重く口を閉じる。
なるほど、と思った。
「だから知り合いみたいな感じだったんだ」
「……俺は、あいつだけは許すことが出来ない。神を語り、信仰を植え付け、人の命を弄ぶクソ野郎だ! 今だって少女を……っ、子供を戦場に立たせて笑ってる……!!」
トァザは目に涙をためて切々と訴える。
あいつが憎い。あいつが憎い。
そんな姿は初めてかもしれない。
そんな彼を目の前にして、私の中から湧き上がる感情が、うまく言葉に出来ない。トァザの気持ちが痛いほどわかる。でも、単純な共感とも違う気がして――
「え、セフィ……? なんだ、急に」
私は、トァザを抱き締めていた。
汗と土埃にまみれた青年の頭を胸に抱き寄せて、未だ言葉は出てこない。
「……なんて言っていいのかわかんないけど……なんか、こうしたくなって」
脇目も振らず技巧の研鑽に明け暮れた私にも、もしかしたらあったのかも……。
「これはあれかな、母性ってやつ」
私は戯けて見せるが、トァザは何も言わず。少しだけ緊張を解いて私の胸に身を預けた。
てっきり、そういうものはないんだと思ってた。
英雄である祖父マルドゥーク・ジャンヌ=ダルクの家に生まれ、物心つく頃から技巧に触れ、思春期には屍を解剖して寝食を忘れるような私に、愛だの恋だの母性だの……とっくの昔に捨てたか、最初から持ち合わせてないものだとばかり。
それが、他人の情動に心を寄せるなんて、自分でもびっくりだ。
「……『痛い』って」
「んぇ?」
トァザの呟きが何を意味しているのか分からず聞き返す。強く抱き締めてたかな?
「ティカが、『痛い』って言ってたんだ」
「戦闘中に? 会話をしている様子は見えなかったけど」
トァザは首を振る。
「言葉じゃない。霊素に意志が宿るんだ。ティカが兵装展開して様子がおかしくなっただろう。あの時リング上ではティカの霊素が漏れていた」
「マシントラブルが起きてたってこと?」
「ああ」
トァザは頷き、私の腕から離れる。真剣な表情だ。
「勝手な憶測だが、彼女の身体は技巧と馴染んでいない可能性がある。
兵装展開時に痛みを訴えている……普通は開戦前にメンテナンスを万全にするはずだ。それに、痛むなら声を出せばいい」
「アーロンの整備不良かな」
「もっと恐ろしい。あいつはティカを闘技士としてすら見ていない。ただの消耗品扱いだとしたら……」
私はちらりとラバニス側のセコンド席を見る。整備士達がなにやら集まっていて様子は窺えない。
確かに、ラバニスの闘技士は前情報がなかった。
普通なら先の対ユグド戦で活躍した闘技士が出張ってもおかしくないのに、新しく拵えた闘技士を引っ張り出してきた。消耗品扱いというのなら、納得できる。
「でも、開戦前に遅刻を詫びていたのはティカだったよ? その時は審判と会話してる風だったけど……」
「いや、身振りはティカだったけど、口を動かしていたのは終始男の方……アーロンだった。
ティカは声帯を取り外された可能性がある――」
トァザはとんでも無いことを言う。
声帯を取り外した? なんの意味があって?
「なんでそんな……」私は嫌な予感がした。
「――頭を掴んだ時、ティカの悲鳴が聞こえた。でも不自然だったんだ。声を出そうとしても出ないような、音の鳴らない笛に息を送るような掠れた悲鳴だ……」
「痛みを訴えるティカをレギュレーション通過するために声を奪った」
私は結論を言い当てる。
「表情も、身体機能も、全部操られてるなら……」
それは、激痛だろう……想像するだにぞっとしない。
第一戦を思い返せば、ティカの動きはぎこちなかったように思えなくもない。だがあくまで憶測に過ぎないし、私達が勝手にそう思っているだけかもしれない。特にトァザはアーロンを憎しみのフィルター越しに見ているのだから。……だけど……。
アンダー・アーロン……あの男ならやりかねない。
トァザが視線厳しくラバニスの技巧整備士達を見つめる。男達に囲まれてティカの姿は見えない。私の胸が、得も言われぬ嫌悪感にざわつく。
❖
第二戦。
このままラバニスの敗戦ならいいのにと思う私の願いをよそに、見つめる視線の先、ティカは立ち上がり、リングへ歩きだした。
「はぁ――」頬杖をついてため息を一つ。
胸元にぶら下げた懐中時計を開き、時刻を確認する。
針は14時30分を指していた。
「――一日が長い……」
闘技場では両者再び向顔。
完全に破壊したと思ったが、ティカは戦闘続行が可能なまでに復帰している。相変わらず人形のような無表情で、ぼろぼろになったドレスといくつかの鎧を纏っていた。破れた裾から覗く少女の脚は技巧が剥き出しの無骨なものに取り替えられている。これがアーロンの言っていた『主兵装』だろうか。
「ラバニス国民の皆様、ご安心ください」
円卓に聞き覚えのない機械音声が響く。アナウンスとは別の、人工的に調整された、抑揚のない女の子の声……。
「第一戦は前座に過ぎません」
その言葉がティカの口から発せられている……肉声ではないことから、トァザの予想は当たっているのだと確信した。
声帯を奪われた少女はスピーカーを埋め込まれ、軽薄なアーロンの言葉を発している。
「思い出して頂きたい。円卓での勝敗は決してポイント制ではないのです。……最終的にリングに立ち続けた者が勝者。そうですよね?」
その言葉にラバニス側観客席は微かに活気づいた。第一戦でダウンを取られたとはいえ、それが敗戦を意味するわけではないのだと、俄に希望を持つ。
「なんだこの茶番は……」トァザは腕を組み、不満げに審判に視線を送る。「こんなスピーチ、聞く必要があるのか?」
「まぁまぁ、ラザンノーチスの闘技士トァザ。少し付き合って頂きたい」窘めているのは声だけで、ティカは視線さえ交わさない。「腹ぺこな君の希望に応えてメインディッシュを用意しました」
「その余裕な態度が気に入らん」
「心中お察ししますよ。ですが、いきなり主兵装をお見せしてはせっかくの円卓が興醒めですので」
トァザはわざとらしくため息を吐く。怒りを呑み込んだのだと、私にはわかった。
「……お前と話す気はない。勝手にしろ」
まともに取り合ってはアーロンの思う壷だ。トァザは銀髪頭をぼりぼりと掻いて閉口する。
「それは残念……では改めて続けさせてもらいます。
私はまだ闘技士として半人前でしてね、アーロン様の助けがないと真価を発揮出来ないのですよ」
アーロンはあくまでもティカの声として話すつもりらしい。……自分のことを『アーロン様』って……。
私は頬杖をついたまま、冷やかにスピーチを眺める。何を言ってもやめる気はないだろうし、いちいち関わるのもごめんだった。
なにより、円卓の規定では開戦前に降伏の申し出があれば傾聴する義務がある。『命乞い』を認めているのだ。……このスピーチを審判が制止しないのは、円卓がラバニスのパフォーマンスを命乞いとカウントして、恩情を掛けているのだろう。そう思うと私もいくらか溜飲が下がる気分だった。
「少し、与太話をしましょう。
――とある国は、近頃敗戦を喫したばかり。国土は宣言通り戦勝国のものとなりました。敗戦国の貴族達は保身のためにいち早く亡命の算段を立てましたが、もちろん戦勝国は見逃しません。貴族達を追いかけます。
そんなとき、一人の少女が現れます。
この少女は、貴族一家に生まれ育ち、敗戦したあとも誇りを捨てなかった温室育ちの世間知らずでした。
そしてこう言うのです。『私は逃げも隠れもいたしません。どうか我が領土の民を解放しなさい』と。
……なんとまぁ愚かで気高いのでしょう!
きっと幼い頃からお菓子をつまみながら英雄譚や御伽噺を聴かされて育てられたのでしょう。きらきらとした無垢な勇気に感銘を受けた戦勝国は、少女に対して取引きをしたのです。
『その身も心も明け渡すというのなら、かわりに民の命は見逃してあげよう』と――」
トァザの全身から炎のように霊素が溢れ出す。人工筋肉に流れる冷却血が温度上昇に追いつけず、噴き出した排気で髪が逆巻いている。まさに怒髪天だ。
「トァザ! あの真面目バカ……!」
聴き流せばいいのに馬鹿正直に聞いていたらしい。つくづく挑発に弱い男だ……闘技士として血の気が多いのは結構だが、玉に瑕だ。
とはいえこの話しがユグドの顛末を語っていることは誰でもわかる。誇り高い貴族の少女も……誰のことか明白だ。
「民の命のためにその身を差し出した結果が闘技士か……っ! この人でなしが――」
「おお、恐ろしい顔をしますねトァザ。……ですがアーロン様は悪くないのです。『できることなら親の元へ帰してあげたい』とご尽力してくれています。生憎、私の家族が天国へ行ったのか、地獄へ行ったのかわからなくてですね……」
「貴様どこまでも……!」
トァザは奥歯を噛み締めてアーロンに殴り掛かる。
拳はセコンド席の防壁に阻まれ弾かれる。そして違反行為に警報が鳴り響く。闘技士はリング外の人間に向けて攻撃を行ってはいけない。
「彼女の誇り高い精神を弄び、あげく死してなお肉体を愚弄など……!!」
セコンドにゆったりと座るアーロンは口角を吊り上げる。
いや、ほくそ笑んだと言ってもいい。
生前の関わりからトァザの性格を把握しているのだろう。どう挑発したら冷静さを奪えるのかもよくわかっている。一連の挑発行為はトァザの違反行為を誘発するためのものだった。
「トァザ! 挑発に乗らないで!」
私は声を張り上げる。だが届かない。内部防壁が私の声を弾いているのだ。
そうか……だからアーロンはティカに喋らせているのか……。
円卓にはアナウンスが響き、違反行為を咎める。即刻停止しなければペナルティが課せられるとまで言っている。トァザをこのままにしてはいけない。
「あーもうっ! ……まずいまずい!!」
私はセコンド席からリングへ身を乗り出した。
内部防壁とリング外周の狭い隙間は辛うじて人ひとりが移動できるスペースがある。
「トァザ!」私は走り出す。
整備士がリング内に侵入するのも警告対象だ。
それでもトァザの違反行為よりは軽い。背に腹は代えられない。
リング内の半径30メートル。
ラバニス側セコンド席まで約90メートルの距離。
毎日引き籠もっている整備士の私には遠い。
二度目の拳を振り上げるのが見えて、必死に呼びかける。
「トァザ!! 私を見なさい!」
警告無視を続けて不恰好に走る。いくつものドローンが私をモニターに映すのがわかる。荒く息を吐いて、汗だくで、防壁に頬がこすれて眼鏡もずれてしまっている。そんな私が円卓全域に晒されている。
やっぱり目の下のクマが酷いな、私……。
「……セ、フィ……? なにしてるんだ警告されてるぞ!?」
トァザの目に光が戻り、我に返る。
私は怒鳴った。
「どっちが!」
トァザは、はっとして拳を降ろした。自分の違反行為を自覚し、両手を上げてリングへ戻る。しかし、燃え盛る怒りは消えていない。思い出したかのようにアーロンに語りかける。
「アーロン。お前は言ったな。『ティカの家族が天国へ行ったのか、地獄へ行ったのかわからない』と」
「……ええ」
「答えを教えてやる。天国にいるぞ」
「ほう、それはどうして?」
「決まっている」トァザは振り向かず吐き捨てた。「地獄の門は、お前のためだけに開くからだ」
❖
『現時刻より、第六国家ラザンノーチス対第八国家ラバニスの第二戦を、ここに開幕いたします』
開戦警報が鳴り、回転灯が円卓を黄色く照らす中、私は審判からの警告を受けながらセコンド席へ退避する。
正直、反省はしていない。
警告なんて可愛いものだ。
トァザの違反行為が続けば技巧の使用制限が課せられる可能性があった。そうなれば第二戦はこちらがダウンを取られていただろう。
スピーカーから淡々と流れる開戦アナウンスが止み、私は椅子にへたり込んだ。運動不足で足がぴりぴり痛む。肝を冷やしたのもあって、嫌な汗がどっと吹き出て首筋を伝った。しかし休んではいられない。
私はすぐに手提げ鞄から端末を取り出し、ユグドの貴族名簿を総覧した。先の戦争により、およそ半数のステータスが『行方不明《Missing》』と記載されている。おそらく亡命……島国のいくつかに身を隠して生き延びているとみえる。
ティカの名前で検索をかけると一人該当した。性別、年齢、そして顔の判別できる切り取りの画像が添付されている。どこか草原で遊んでいる写真だろう――オレンジ色の髪が風に踊っていた。間違いない。
『ティカ・ペネロレッタ 女性 15歳』
――ステータスは死亡と記載されていた。 家族情報も引き出せた。一家全員、死亡。
アーロンの与太話と照らし合わせるなら、彼女は悪辣な侵略行為を行うラバニスに対して抗議し、民の命と引き換えに処刑された。そして遺体を技巧化……本当に、どこまでも悪意の塊だ。アーロンという男は……。
私は端末を握る手が震える。唇を噛み、トァザに願いを託す。
「勝てよ……トァザ……」
リング内では開戦直後に変化があった。
第一戦とは明らかに異なるティカの脚部技巧が開戦に合わせて兵装展開されたのだ。
ドレスに隠れた下半身は人の姿から変化し、内部技巧が裾から覗く。真っ白な骨と人工筋肉が煙を噴きながら再構成されていくのが見えた。
トァザはこの隙を逃すまいと接近を試みるが、ティカの脚部兵装から熱線が照射され、迂闊な先制攻撃を咎められた。
排熱の白煙でティカの姿は見えなくなる。内部防壁に煙が充満して観客席がどよめくが、円卓の整備士団は一時的にリング内の空気を強制的に循環させた。
一気に煙が晴れていく。
そこには、変わり果てたティカの姿があった。
ドレスの裾は技巧に巻き込まれてズタズタに切り裂かれ、風に揺れている。その裾から飛び出したのは猟犬を模した砲口と、異形を支える獣の脚、脚、脚……。合わせて六本、三体の猟犬が円卓を睨む。
観客席から慄く声とざわめきが広がる。異形の闘技士は決して珍しいことではない……むしろありふれているのだが、少女の生前を伝えられ、目の前で醜い姿へと変貌する様は誰もが思わず総毛立つ。
――それは神話に出てくる哀れな娘『スキュレー』に似ていた。
獣の脚、爪先は矛のように尖り、第一戦に見せた武器と同様に霊素の刃が燐光を放って青白く輝いている。
私は目の前の少女の変貌に言葉を失う。
この驚きは観客席の困惑とは違う。もっと、技巧整備士としての視点から観た驚きだ。
第二戦の開戦前まで、ティカは人ひとりの質量と姿形だった……兵装展開を経ての明らかな体積増加、常人の理解を超える技巧――
「これだけの兵装展開と質量変化……あいつの言ってた『主兵装』って……まさか――」
――最終兵装……!?
最高技巧整備士団IDEAの開祖、マルドゥーク・ジャンヌ=ダルクが大霊戦争の際に各国の保有する兵力を殲滅した圧倒的な力。当時の混沌を切り拓いたのは単騎の闘技士、マルドゥークの作り上げた『ケルビム』によるものだった。
そして、その闘技士には異名がある。
口々に語られ、紙面を飾る決まり文句――『空を覆う翼』。
人類が到達した武力の到達点……最終兵装。
「ありえない……!」
……いや、ありえないということはない。……が、受け入れられない。
並の整備士には決して到達することの叶わない高みなのだ。私ですら最終兵装の開発は苦い思い出と共に封印している。
最高技巧整備士団IDEAのメンバーには最終兵装の開発と実装が許可される。それは兵装の保有こそが国家の抑止力になるからだ。
そして抑止力というのは、簡単に行使してはならない。最終兵装は、国家が軍事力(闘技士以外の兵力の投下)によって脅かされている状況以外、原則使用禁止である。
「そんな……なんで……」
「慄きましたねぇ……ふふふ」
「!!」
円卓内にアーロンの声が響く。どうやら、ティカの兵装を経由して語りかけているらしい。ドローンは私とアーロンをそれぞれモニターに映し出す。私が今取り乱している姿が筒抜けになった。
トァザが割って入る。マイクを持たない私の代弁者となった。
「なぜ最終兵装を展開している! 円卓内での開戦はラバニス国家を軍事力で脅かしてはいない!」
そうだ。この場において最終兵装の展開は必要ない。
「いやいや、そちらの国王はこう仰いましたよ。
『この円卓に勝利を飾った暁には、大切な隣国である第七国家ユグドを解放させる』
『ラバニスの驕り高き太陽は、光を失うこととなる』
――と。これは加盟国に協力を要請し、我が国ラバニスに対して多数の兵力を向ける軍事行為であることは明白」
ティカは右手を前方に伸ばし、トァザを指差した。兵装の猟犬は首を伸ばし、獲物を捉える。
「……めちゃくちゃだ」トァザは青褪める。
「曲解……拡大解釈よ!」野次を飛ばす私の声は届かない。
リング上、トァザが摺足で後ずさると、猟犬は堰を切ったように駆け出す。戦車の御者のように、猟犬を従えたティカは追い立て、指先から熱線を照射する。
トァザは逃げ道を焼かれ、背中に猟犬が襲いかかる!
「私はか弱いラバニスを救済したいだけですよ。ンフッ、フフフッ…クハハハハハ……」
アーロンの笑い声が残響する。
私は椅子から立ち上がりトァザを見つめる。牙に爪、そして熱線。攻撃を捌き切るので精一杯……いや、捌ききれていない……。
圧倒的な手数に為す術もなく傷を負っていくトァザ。
私は、頭が真っ白になる。
――こんなはずじゃなかった。
――おかしい。ありえない。
傷だらけのトァザは猟犬の脚を掻い潜り、ティカの股下を通ってリング反対側へ駆け出した。反撃の手段はないまま、必死の逃避行動だった。戦力差がありすぎるのだ。
ティカの繰り出す六本の矛と、凶悪な牙の生え揃う猟犬の首、そして指先の熱線が鞭のように迫る。
防戦一方。
私の手はじっとりと汗に濡れていた。
思考が停止する一歩手前。どうする。どうしたらいい。目の前の状況を打開する術が見つからない。
時間の問題だった。トァザの叫びが円卓に響く。
六本の矛がトァザに向かって降り注ぎ続けたのだ。文字どおり槍の雨、避け続けるのは無理だった。トァザは右足を矛に貫かれて動きが止まる。痛みに強張った体に猟犬は飛びかかった。
「ぐあぁ――ッ!!」
あらゆる刃が、深々とトァザに突き立てられた。
「トァザっ!!」
トァザは猟犬に肩と脚を咬み付かれたまま力尽きて、串刺しのまま倒れることもできない。既に意識を失っていた。
猟犬は首を振りトァザの肩を喰い千切る。脚を咥えていたもう一方の猟犬もトァザの体を踏んで抑え、肉を引きちぎった。
リングは彼の体から散らされた血飛沫で染まる。
観客席からは悲鳴が上がり、四肢をもがれた遺体が転がった。
『第二戦を終了いたします。両国代表の技巧整備士は、第三戦に備え、メンテナンスタイムに入ってください』




