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ラザンノーチスの闘技士  作者: 莞爾
7/13

07:第一戦


 『円卓』――闘技場は安全面を考慮して建材はArtificialアーティフィシャル Obsidianオブシディアンで構成されている。これは人工的に精製された物質で、外観は黒曜石に似ている。この星に存在する物質の中で突出した硬度と靭性を持ち、物理的な衝撃にも、高エネルギーにも傷つくことはない。技巧整備士団の発明の一つだ。


 リングでは、両者が向かい合っていた。


 第六国家ラザンノーチスの無敗の闘技士、トァザ。

 その面持ちは理性的だ。内に抱えていた迷いを捨て、国の代表としてリングに立っている。


 対するは第八国家ラバニスのティカ。

 着せられたドレスと鎧を剥いでしまえばその見た目はあどけない少女だ……トァザとの体格差はおよそ倍以上。ウェイトもウィングスパンも差は歴然で、二人がただの人間であれば勝負にならないだろう。しかし、技巧というのはその常識を軽々と超越する。


 私はトァザに声をかける。試合前の最後の指示だ。


「わかってると思うけど、機動力に警戒して」


 トァザは耳を傾けて頷きを返す。

 この体格差で勝負を挑むとなれば、一番はそこだろう。


 警報が鳴り響き、リング中央から半径30メートルの範囲は闘技士以外立ち入り禁止となる。

 霊素によって形成された内部防壁が積層展開し、セコンド席の安全が確保された。ここから先、許されるのはただ見届けることのみ。

 国民の座っている観客席と、両国国王の玉座が設られた来賓席はさらに厳重な防壁によって完全な遮音状態となり、リング内の音声は別途設置されている収音マイクや観戦ドローンを中継される。


 防壁に遮られた警報はそのままフェードアウトし、円卓からは観戦者に対するアナウンスが流れる。


 『現時刻より、第六国家ラザンノーチス対第八国家ラバニスの第一戦を、ここに開幕いたします』


 ――ウゥゥゥゥゥ……。


 再三にわたる警報が円卓全域に鳴り響き、回転灯が黄色く灯る。何人をもリングには侵入させない厳戒態勢が危険性を物語る。

 形式こそ格闘技を模倣しているが、これから行われるのは戦争なのだ。

 飾り気のない無機質な開戦警報に観客席から歓声は上がらず、皆固唾を呑んでリングを見つめる。


 警報が鳴り止み、残響が空に溶けてゆく。

 円卓は厳かな沈黙に包まれる。


 闘技士はまだ動かない。

 じっと睨み合い、互いに腰を落として構えている。

 脚は間合いを探りながら、ゆっくりと時計回りに移動を始めた。

 息遣いは細く張り詰めて、両者攻撃の好機を伺う。

 技巧が臨戦態勢に入った駆動音をマイクが拾う。


 トァザが足を止めた。それに合わせて相手も歩みを止める。


 私にはこの光景がいつも不思議に思えた。

 トァザはきっと攻撃を開始するだろう。それがわかっているのに、この一瞬が引き延ばされているような感覚に陥る。

 まるで世界が時を止めたみたいだった。

 ただ目の前にあるのは、神々しい彫刻のみなのだと、そう錯覚してしまう。


 しかしそんな幻想は次の刹那に吹き飛ばされる。激しい霊素の輝きと衝撃。人々の目を置き去りにして闘技士はぶつかり合う。


 仕掛けたのは当然、トァザだった。

 前腕部の技巧から霊素を纏わせ、一足飛びに敵の懐に踏み込むと拳を叩き込む!


 鳩尾みぞおちを狙って突き出した拳に対してティカはドレスを捌いて膝で受ける。金属同士がぶつかり合う音がした。溢れる光と火花に私は思わず目を閉じて顔をそらす。


 衝撃波が防壁を打ち鳴らし、鈍い音が響き渡る。


 私はてっきり、振り抜いた拳が膝を砕いたのではと期待したが、ティカは体制を立て直し、吹き飛ばされた分の間合いを自ら詰めた。

 反撃を警戒したトァザは固めた裏拳で横薙ぎに払う。だが、ティカは空中で身を翻し、かかと落としを繰り出している。

 脳天に刺さる紙一重のところでトァザは身を屈めて後退、空を掻いた脚の勢いに任せてティカはくるりと一回転する。


「やっぱり機動力……!」


 私は見逃すまいとセコンド席の手すりにしがみつく。リングの衝撃が手に伝わる。

 ティカの攻勢が続いていた。


 接近するティカはわざと足運びを左右に振って、ドレスの揺らめきでトァザの目を惑わせる。後退する判断が遅れたトァザの懐に潜り込むと、細い腕を構え、貫手を繰り出した。爆圧に防壁が震える。

 どこにそんな力があるのか……その勢いはまさに兵器そのもの。


 弩砲バリスタのような鋭い衝撃をトァザは掌で横に弾いて受け流す。まともに喰らえば腹に穴が開くところだった。


 円卓は強く揺れ、観客席からは悲鳴が上がる。空襲を受けているのとそう変わらない爆発と衝撃の殴打が防壁を叩く。


 両手の貫手を受け流すことでティカには隙が生じた。それを見逃すトァザではない。伸ばした両腕をしっかりと掴み、頭突きを繰り出す。


 ――必中だ!

 私は心のなかで叫ぶ。


 しかしティカはスウェーバックで辛うじて勢いを殺し、突き出したトァザの顎に右膝蹴りと左脚のサマーソルトキックを繰り出す。予想外のカウンターにトァザは星を散らす。

 首を振って距離を取る。手応えを確信していたのか、ティカも追撃はせずに体勢を整えた。人間であれば顎が砕けていただろうし、最悪脳震盪だ。機動力を生み出すティカの足はかなりの脅威だ。


 私は唇を噛む。

 ……体格差と膂力りょりょく不足を補う足技は理に適っている。それらを底支えする技巧も強力、……アーロンのやつ、技巧の腕は確かなようだ。


 だが、機能を脚に集中しているということは、裏返せば弱点になる。ティカの脚を破壊すれば戦況はぐっと有利になるだろう。


「脚だ! トァザ、脚を狙え!!」


 果たして私の声は防壁越しに届いたか、トァザは鼻から流れる血をそのままに、ティカを睨む。頭突きが掠ったときの傷が頬に一つあるのみで、少女にダメージは見られない。

 トァザは掌を大きく開くと拳を握り直し、技巧のギアを一段上げた。兵装を展開するつもりらしい。


 ティカは乱れた髪をそのままに、無表情に見つめ返している。


 再びトァザから仕掛ける。威圧的な大股で距離を詰め、前腕の筋繊維の隙間から技巧が露出した。拳と共に杭を打ち込む打突兵装パイルバンカーだ。


 これまでトァザが築き上げた無敗神話は、この兵装によって成し得たものだ。両腕部に格納された霊素を杭型に生成し、射出――対象に打ち込まれた後に爆発する。彼の格闘スキルと合わせて、効果的に弱点を破壊する技巧。狙うのはもちろん少女の脚――


 一方でティカも兵装を解放する。

 柔らかな少女の脹脛ふくらはぎから素肌のテクスチャが剥がれ、薄皮の下に折り畳まれていた技巧が展開された。細い足が左右に分かれ、縦に開かれたスリット部から霊素が刃状に形成された。


 形容するならば、それは剣の靴。

 三日月のように鋭く冴えたスティルツだ。


 トァザは相手の殺意に足を止め、冷静に距離を取った。つるぎとなった両足でくるくると踊るティカ。纏う雰囲気はがらりと変わり、視線さえどこか遠くを見つめている。隙だらけのようにも見えるが不用意に間合いに入るのは愚行か……トァザはまたも攻勢を相手に譲る。


 ティカの兵装には浮遊能力が備わっているらしく、きっさきはほとんど点で接地しているのに歩行に支障はないようだ。

 両者は一度間合いを広げ、攻撃が収まる。

 トァザが攻めあぐねるのは、剣のリーチ分背丈が上に伸びたティカの変化を観察するため。そして微睡むような少女の表情が読めないという理由もあった。


 乱れた髪に、裂けたドレスの裾……熱に浮かされたように敵意の失せた少女の顔……その顔がふとトァザを見下ろして視線が交差する。


「なんだ……? ラバニス側の様子が変だ……」


 ティカは不意に構える。と言っても戦闘の構えではない。

 優雅に、指先まで美しく……舞台舞踊の曲が始まる前の構えだ。


「なに……してる……」


 トァザは困惑し、思わず拳を開いてしまう。だが――


「危ない……!」


 氷上を滑るように一歩、二歩とリング上を移動する。ティカの足捌きはそのまま剣捌きとなり、トァザを襲う。

 身のこなしは予測不能の舞踊……閃く剣戟けんげきを間一髪でやり過ごす。くそ、油断した!


 ティカは踊り子のように回転しながら蹴り技を繰り返す。懐に潜り込もうにも剣のリーチは長い。回転運動を加速させたかと思えば、不意に速度を緩め、細かいステップでトァザに迫る。一見して足捌きに規則性があることは分かるが、踊りの知識がないため対応できない。

 トァザは翻弄され、串刺しにしようと突き立てられる剣を躱すのに精一杯だ。見ているだけでハラハラする。しかし意識を足元ばかりに囚われてはいけない。


「トァザ!」


 私は思わず叫ぶ。ティカの両腕が貫手の構えになったからだ。


 防壁越しに私の声が届いたのか、それとも殺気に気付いたか、トァザは貫手に反応し、横に跳んで回避する。

 反撃のために中距離から杭を射出するが、文字どおり足蹴にされてしまう。攻略の糸口が掴めぬまま、ティカは踊るように距離を詰め、再び剣の舞でトァザを襲う。思うままに翻弄されている!


「……今は相手の呼吸に合わせて……っ」


 私は祈るように呟く。反撃のときは必ずくるはずだ。


 ティカはもはやトァザを見ていない。ステージの上で踊るように、回転とステップを繰り返す。舞台の上に蟻がいる位にしか思っていないのだろうか。

 だが、いつまでも翻弄されてはいられない。トァザは回避行動の中で規則的なリズムを掴みかけていた。少なくともティカが何かしらの律動を保っているのは理解している……踊っている以上、攻撃の周期が限られていることもすぐに気付いた。


 トァザは意を決したようにティカの間合いに踏み込んだ。足捌きのステップに合わせて不格好ながら足踏みをして回避すると、拳を振るって脚の破壊を試みる。しかし、ティカは踊りながら膝で受け止め、足を伸ばして切り上げようとする。身を捩って回避。剣は顳顬こめかみを掠めた。

 一歩、二歩とスケートのように剣閃が地面を滑る。その隙間を縫ってトァザはリング中央に移動した。間合いが開くとティカは距離を詰める筈だ――トァザは攻撃の癖を掴んでいた。

 予想通り、ティカは跳躍してトァザの脳天を狙い着地する。トァザは剣の軌道を読んで回避、そのまま右腕を引いて反撃の構えに繋げた。


 ――ここだ……!

 トァザの表情が変わる。


 着地後の牽制に行われる回転斬り……移行時に現れる僅かな隙。

 ティカはバレエのように、腕を伸ばしきらずに指先まで構える……きっと生前、何度も練習し身に染み付いた癖なのだろう。もしかしたら、少女は命を落とさなければ今も舞踊の練習をしていたのかも知れない。


 そんな無表情で夢うつつの闘技士に残る魂の残滓ざんしをトァザは垣間見た。開戦前に見た少女の表情……微かに滲む悲しみが痛いほど理解できた。


「っ……! うおぉぉぉ!!」


 トァザは叫ぶ。

 思わず胸咽ぶ行き場の無い感情を拳に乗せて――


 地面を踏み込み叩き込んだ渾身の一撃。

 固く握り込んた拳骨は剣の腹を強かに叩き、兵装に向けて杭を射出した。霊素と霊素がぶつかり合い、衝撃が剣を砕いた。

 ティカは梯子を外されたようにぐらりと体勢を崩す。


 トァザは次に左手の指を揃えて伸ばし縦一文字に手刀を振る――指先は斥力を発生させ、少女の左脚を太腿から抉るように破断した。損壊したフレームから圧力が逃げ、ショットガンのような勢いで血飛沫が噴き出す。

 両脚を失い、ティカはリングに身を打ち付けて転がる。


 ……トァザは少女の頭を掴んで投げ飛ばした。


 闘技士の少女の躰はぴくりともせず、屍に戻された。

 防壁に背中からぶつかり、無抵抗に四肢を放って地面に転がる。


 決着か……。

 いささかショッキングな光景に観客席は悲喜交交ひきこもごもにざわめいた。


 戦争が形を変え、大勢の命が失われることのなくなった現在……国を代表する闘技士は円卓で死闘を繰り広げる。

 そして、闘技士は屍を素材に作られているため人として数えられない。故に闘技士が壊れたとしても、この戦争の死者は0人。字面だけで見ればこれ以上なく平和的解決がなされたこととなる。


 だが、この光景は……凄惨そのものだ。


 呆気なく、第一戦の決着がついたことを円卓のアナウンスが告げる。


 ラバニス側のセコンド席手前。糸の切れた操り人形のようにたおれているティカ。

 トァザは投げ飛ばしたままの体勢で、怒りに歯を食いしばりながらアーロンを睨んでいた。

 きっと彼の中には葛藤もあっただろう。しかし闘技士を生み出す側――整備士である私には、彼の胸中を推し量るには遠すぎた。


 ティカの両脚は破断した肉から精製血が噴き出して血染みを地面に広げている。ラバニス側の整備士達がアーロンに変わり応急処置を施すために賢明に働くが、少女の顔には生気がない。注ぎ込まれた霊素が枯渇しているか、補助脳にもダメージが及んでいるとみえる。


 観客席が状況を理解するとラザンノーチス席から地鳴りのような歓声が湧く。


「……これで終わりだな」


 円卓から中継されたトァザの声が響く。

 どうやらアーロンに向けて放った言葉らしい。

 モニターにはアーロンの姿が映される。


 彼は仮面の奥で笑っていた。


「これはまだ前菜……お楽しみはこれからですよ」


「お前のフルコースに興味はない。次は主兵装メインディッシュで来い」


 第一戦はトァザがダウンを取り、終わりを告げた。

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