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ラザンノーチスの闘技士  作者: 莞爾
5/13

05:アンダー・アーロン


「ラザンノーチスの技巧整備士がうら若い乙女とは、いやはや驚きました」


 そう言って握手を求めたのは、アンダー・アーロンだった。ラバニスに認定された最高技巧整備士……どうにも怪しい。


 仮面から覗く口元は口角が吊り上がり、笑い皺が深く刻まれていて柔和に見せているが、拭いきれない陰惨な印象がある。先程のトァザの態度を見ているから私が色眼鏡で見ているというのもあるかもしれないが、まるで張り付いた笑みで戯けてみせる道化師のような……どうにも剣呑な痩せぎすの中年だった。


「いえいえ、うら若くなんてありませんよ。私はセフィリア――」


「『セフィリア・ジャンヌ=ダルク』。ですよね? ご謙遜を仰らないでください。貴女のことはとてもよく知っています。最年少IDEAメンバー入りは大きな衝撃でした。整備士で貴女を知らない奴はもぐりです。貴女は将来を約束された家を自らの意志で出て、第六国家ラザンノーチスの代表技巧整備士の座を勝ち取っている。お会いできて光栄です」


「え、ええ。ありがとう」


 私は握手に応じて言葉に詰まる。

 ――『うら若い乙女』とか言っておいて、……こいつ、私をどこまで知っててこの戦争を吹っ掛けたの……?


「おっと、これは失敬。私から名乗るべきでしたね。私は第八国家ラバニス代表の技巧整備士アンダー・アーロン。

 そしてこちらが闘技士ティカ」


 紹介された少女は近くで見ればより幼く見える。なによりも、私は彼女を一度整備士だと勘違いした。これが何を意味するか――姿形が人の形から逸脱していないのだ。


 一体どこを技巧化しているのか、一目ではわからない。もちろん注意深く観察すれば見抜けないものじゃない。二の腕まで覆う長い手袋や、体を隠す豪奢なドレスも、人の目を欺くための工夫なのだろう。外見は確かに一級品。だが、腑に落ちない違和感が彼女にはあった。


「……さて、後ろに従えている彼がまさにラザンノーチスの単機最大戦力。トァザですね」アーロンは話題をトァザに向ける。


「えぇ、私のパートナーです」


 私がアーロンの対面から一歩横にずれた後、やってしまったと思った。一歩前に踏み込んで横に立つトァザの表情が敵意を隠そうともしていない。まさに一触即発の怒りに燃えていた。私からはトァザの表情は見えていなかったが、アーロンはトァザの怒りの表情が見えていたはずだ。挑発のために誘い出したのか。


「貴様――」


「『無敗のトァザ』。最高技巧整備士団IDEAの代表ブラッドレイ・ジャンヌ=ダルクの娘が作り上げた最高傑作」


 期待していますよ。とアンダー・アーロンはにこやかに告げる。


「その名で呼ぶな……彼女の姓はアストレアだ……」


「トァザ」私は名を呼んで制止する。


 闘技士が人間に手を出すのは重大なルール違反だ。


「……随分と私のことにお詳しいのですね」


 私は笑みが強張っているのを自覚する。


 この男は私の過去を掘り下げて嫌味を言うのが好きらしい。


 ――そうだ。私はジャンヌ=ダルク家の娘。

 過去に大霊戦争を終結させた叔父、マルドゥーク・ジャンヌ=ダルクの無二の力に憧れ、その血を継ぐ家柄を誇り、技巧に固執していた。

 しかし、父からは才能を否定され、母からは愛されなかった。

 自ら捨てた椅子だ。……その椅子は。

 トァザと出会わなければ、家出をすることもなく、整備士になる夢も諦めていたかもしれない。


 安い挑発にもならないはずなのに、仮面越しの笑みが神経を逆なでする。思わず助けを求めたくなったが、それより先にトァザが動いた。

 私を庇うようにアーロンの前に立つ。


「……俺を忘れたわけではないだろう?」


 トァザはアーロンに言う。声は怒気を含んでいる。


「ちゃんと、覚えていますよ。5年前の終戦記念式典――」


 ――当時、少年兵とは名ばかりの、使い捨ての駒として扱われていたトァザは、テロ組織に所属していた。

 マルドゥーク・ジャンヌ=ダルクによる戦争終結から65年を祝う平和記念式典で、彼は自爆テロを決行した。そこで私とトァザは出会ったのだ。


 全身に尋常じゃない脂汗をかいて、きっと必死に暗記した台詞なのだろう口上を、繰り返し叫ぶ少年。


 『この世は不公平だ。

  霊素も、畑も、

  武器さえも奪われた俺たちにできるのは、

  泣きじゃくることだけか?


  円卓よ我々の声を聞け。

  鼓膜に突き立てる叫び声を。

  円卓よ我々の涙を見ろ。

  瞳に焼き付く正義の涙を』


 ぼろぼろの服を脱ぎ捨てる少年の腹には、よく手入れされたピカピカの爆弾が巻かれていた。

 それを見て逃げ惑う人々。

 呆然として立ち上がれない私……。

 彼と私は、目に涙をためて見つめ合った。そして……少年の肉体は私の目の前で爆ぜる――


 ――嫌なことを、思い出させる。


 現実に引き戻すように、トァザの決意が聞こえた。


「アンダー・アーロン……俺はお前を許さない……!」


 この宣言は闘技場の観客席にも届き、人々は色めき立つ。ざわめきは広がり、アンダー・アーロンは杖を腕に引っ掛けて拍手してみせた。


「素晴らしい決意ですね。闘技士としてあるべき姿……わたくしは大変感動しました」


 アーロンは笑みを崩さない。まるでトァザの怒りが台本であるかのように、トァザの決意がショーの演出であるかのようにアーロンは称賛の拍手を送る。


「国を背負って立つお二人の美しい絆……これぞまさしく愛」


「ふざけるな」トァザは見当違いの称賛に苛立つ。


「いいえ、愛ですよ。恥ずかしがらないでください。……闘技士は屍から作られるとはいえ、元は一人の人間」


 アーロンはトァザを素通りして、私に向けて言葉を続ける。


「ねえ、そうでしょう? セフィリア・ジャンヌ=ダルク。貴女は彼のように顔の整った青年の死体に霊素を注ぎ、補助脳を埋め込んで自分好みに改造した。それがしたいから、技巧整備士になったんでしょう?」


「やめろ! セフィリアはそんなことしない!」トァザはまたもアーロンの前に立つが、アーロンは構わず首を横から出して私に迫る。


「貴女は女性で、闘技士は男。当然自らの作品を溺愛しているのでしょう?」


 トァザはアーロンの肩を掴むが、これ以上力を込めるとリング外での暴力行為になるかもしれない。トァザは私に視線を送る。場を収めるためにも私が応えなければ……。


「失礼な方ですね……。私は確かにトァザのことを最高傑作だと評価しています。ですが、私と彼は国の為に信頼関係を結んだパートナーです。技巧整備士になったのも、他意はありません」私は毅然と言い放った。


「へえ、なるほど死体に恋愛感情はないと」アーロンの仮面の奥の瞳が細く嗤う。


「まさか、そう仰るあなたは屍体性愛ネクロフィリアの気があると?」


 私は何か言い返してやりたくて、つい口を衝いて出てしまった。

 悪手だった。


「はい」アーロンははっきりと応える。「『パートナー』ですよ。……朝も夜も」


 あまりにも堂々と明かすものだから、私とトァザは面食らってしまう。

 アーロンは肩を掴むトァザの腕を払うと自身の作り出した闘技士、ティカを手招きした。


 ――うそ……そんな……。


 彼女は無表情に指示に従い、アーロンのそばに歩み寄る。

 まだ幼いティカの肩に手を回し、くしゃくしゃとオレンジ色の髪を撫でた。その手付きは娘を愛でる親の姿と受け取るにはいやらしさがあり、見ていて不快だった。アーロンは従順なティカにキスをして、見せ付けるように脂下やにさがる。中年の男と生きていれば未成年の可能性がある少女……その関係性を想像したくない。

 仮面の奥のじっとりとした視線が私を見つめていた。その意味に気付いて背中が粟立つ。


 拳を握り、反射的に目を逸らす。

 その時、私は気付いた。技巧整備士であり、一人の女だからこそ、ティカの身体には闘技士に必要のない改造が施されていると――戦慄した。


「まるで生きているみたいでしょう? 屍を素体に作られる闘技士としては、臓器の防腐処理なんてせずにさっさと技巧に置き換えるものですが……わたくしの美意識とでも言いましょうか、例え闘技士でも、人の姿形を維持している方が美しいと思うのですよ――」


 アーロンは自らの言葉に賛同するように頷きながら続ける。


「――世の愚かな整備士は、闘技士を人の形に維持しようとする気概すらありません。まったく……美意識というのが欠如している。美しくない。

 その点、貴女よく分かっていらっしゃる。貴女のトァザは美しい。……ですから私は……てっきり同好の士なのだと思いましたよ」


「……違う……」


「おや? ……どうかしました?」アーロンはティカの首に手を回して頬を撫でながらにこやかに訊ねる。


「私は……貴方とは違う」


 同じ美意識……? 同好の士?

 ――一緒にしないで。


 あんたみたいな最低最悪な奴、初めて見たわ。


「率直に申し上げます。軽蔑します。」


「……ふふふ。良い顔になりましたね……私ゾクゾクしてまいりました」


「そうですか。……では、そろそろ開戦ですし、失礼します。行こうトァザ」


「……ああ」


 腹に据えかねる。

 全く以って最悪だ。

 国とか整備士とか、そんな肩書きなんて関係なく、あいつは倒さなければならない。私の全細胞がそう告げている。

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