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ラザンノーチスの闘技士  作者: 莞爾
3/13

03:トァザ


 円卓はその名の通り大きな円を描く建造物だが、そこに話し合いのテーブルはない。

 語り合う言葉はもはや尽き果て、力でもって雌雄を決する闘技場だ。


 円卓内部の外縁は観客席が囲うように並び、外側ほど段が高くなって中心を見下ろす形になる。最も遠い席では望遠鏡を持参しない限り満足に観戦もできない距離がある。そのため、円卓の四方には大きなモニターが設置されており、カメラで中継した映像が映される。


 中央にはリングのみ。

 二つの国の運命を決めるにはあまりにも華のない、押し固めた土の舞台があるだけ。

 両サイドはセコンドの席と通用口が設けられている。今、私が座っているのはこのセコンドの席だ。カメラによって私の顔はモニターに映され、たくさんの視線が注がれている。


 極力意識しないように努め、目を閉じて呼吸を整える。


 一時間後にはこの円卓は戦場となる。

 国の行く末を決める大きすぎる責任が、私たちの背中にのしかかっている。


 はっきり明言しておくが、トァザが壊される可能性もある。相手の闘技士を再起不能なまでに破壊する未来もある。どちらの運命を辿るにしろ、観客席からは怒号や悲鳴が飛び交うことになるだろう。

 今はまだ理性的な彼らでも、明日の自分の命運がこの決闘に懸かっている。

 観戦チケットを勝ち取った者たちだけではない。会場外で固唾を呑む人々、ラザンノーチスから中継を見守る者たち……私の背にのしかかるのは、国民およそ31万4000人の未来だ。


 まさにこのテーブルに全賭《All bets》けというわけ。


 今も会場には、期待と不安に満ちた様々な声が混じり合い、雑音となって響き続けている――その声が一斉に沸いた。まるで爆発したみたいだった。


 モニターは依然として私を映しているのがわかった。

 私と、私の後ろに現れた彼を。


「セフィ」


 静かな駆動音とともに近付く足音と気配。背中にかけられる声は深く重く、でも少し泣き出しそうな、雨を運ぶ鉄床雲を思わせた。


 振り向かずモニター越しに彼を見る。

 私の名前を気安く呼べる、ただ一人の存在。


「調子はどう? トァザ」


「いつも通りだ。最終メンテナンスの途中で居なくなるから探した」


 上背のある青年。名をトァザという。

 銀色の髪と赤い瞳。南の血統が色濃く出た褐色の肌。筋肉質な体躯がよく似合っている。


 彼は開戦に備えて上裸だった。

 私が作り出した闘技士だ。


「ふふ、……円卓の整備士は優秀だから問題ないでしょ。この土壇場まで私がメンテやってるとレギュレーション違反を疑われるし」


「そうは言ってもだ」トァザは食い下がる。「彼らがもし敵国に買収されていたらどうする。専属整備士なんだからそばで見ていなくては……」


「でたー、お小言」


 私は露骨に嫌な顔をしてみせた。相変わらず真面目だな、トァザは。


「円卓の整備士が金で動くわけない。……そこは信頼してるから大丈夫」


 不満げな顔をして腕を組み、トァザは気持ちを切り替えて舞台を見つめる。

 その横顔に私は見惚れる。


 トァザは、一言で表すなら猛々しい馬ようだ。鎧のように磨き抜かれた筋肉――『鍛え抜かれた』と言わないのは、その筋繊維の大半が私の技巧によって作られたものだからだ――は美しく、戦神と形容するに相応しい。


 彼の筋繊維一つ一つに人工筋繊維がコーティングされ、生来の人体に調和する。人工皮膚と同素材であるため、排熱も兼ねて一部繊維が露出している。筋肉量は人の六倍に達するが、まるで神が初めから想定していたかのように配置され、人の姿を保っている。――もっとも、筋繊維を収めるフレームも戦闘に耐えるため、全て技巧に置き換えられているのだけれど。


 制作者である私が言うのもなんだが、彼は芸術品だ。並の整備士では闘技士を人らしく仕上げることすらままならない。多くの整備士は維持する気概すら持っていない。美意識というものが、世の整備士には足りないのだ。


 まったく……闘技士は国の象徴だというのに。

 美しい国には、美しい闘技士が必要なのに。


 トァザの肉体はどんな一瞬を切り取ったって美術館に飾られる彫刻よりも美しい。何せ私が作り上げた最高傑作マスターピースなのだから。


 私を見つめる緋眼ひがん双眸そうぼうは、彼本来のもの。

 素材を活かした、一点物だ。


「ジロジロ見ない」


「いいじゃん、私の作品なんだから。……我ながら惚れ惚れする」


「……まったく、セフィは……」

 トァザは少し膨れて、私そっくりにため息をした。

「一度戻ろう。額が日焼けしてる」





「ラバニスの闘技士はどんな奴だろうな」


 控え室にて。

 部屋に備え付けられたモニターを二人で眺めながらトァザは呟く。

 モニターには未だラバニス側の姿は見えない。


「さぁね。昼間もセコンド席には来なかったわね」


「敵情視察は失敗か」


「……ま、どんな相手だろうと私のトァザが負けるわけないけどね」


 ――本心だった。

 ――けれど、もしかするとトァザには強がりに見えたかもしれない。


 ラザンノーチスは大陸地図上にある国土面積六番目の国だ。

 第一国家アリストランド、第二国家セーレム、第三国家アマステラ、第四国家マグナシム、第五国家シグラード、そしてラザンノーチス。後ろには第七国家ユグド、第八国家ラバニス、……この八つの国家が『円卓』協議によって定められた八大国家である。

 その他の小さな島国は八大国家のいずれかと協定を結ぶ発展途上国であり、『円卓』では国家単位として認められてはいない。


 円卓が作られる前、世界は混沌の渦中にあった。

 この星の採掘資源である霊素が枯渇の危機に瀕すると、世界は戦争へ突入した。

 これが初の世界大戦、世にいう『大霊戦争』。


 その戦争は30年に及び、この星はリンゴを齧るような速さで削られ続けた。大陸が抉られ、地図は穴だらけでは済まなくなり、もはや三百程の島の集まりとなった。


 ラザンノーチスは戦前主要都市とは離れた田舎だったこともあり、戦後も広大な土地に豊かな自然が残った。疎開していた子供や、避難民によって健やかな発展を続けてきた。現存する古い街並みと、新しい時代を感じさせる経済成長の都市景観が共存する美しい国だ。


 今回戦争を吹っ掛けてきたラバニスは第八国家。元々友好的な関係を築けていたのだが、何を焦っているのかここ数年ラザンノーチスに強行的な態度を取り始めた。今年に入ってからはラザンノーチスの保有している島国の周りをうろつき出し、あまつさえ所有権を主張し始めたのだ。もちろんラザンノーチス側は一貫してその主張を受け入れず、ラバニスの最後通牒も当然跳ね除けた。


「……とはいえなぁ……」


 一年前、ラバニスは第七国家ユグドにも戦争を起こし勝利している。二国間は戦前から睨み合う敵国同士であるからこの戦争には納得がいく。そして円卓での戦争の結果、ユグドの国土はラバニスに占領され、管理していた発展途上国もラバニスが全て勝ち取っている。


「……味を占めたにしても、浅はかだよ」


 少なくとも数年前までのラバニスは利口な国という印象があった。

 ――この戦争の裏には、きっと何かある。


 眉間に皺を寄せている私に、トァザは問いかける。


「どうした?」


「んや、きな臭いなってさ」


 確かにラザンノーチスは戦後から円卓での戦争経験は無し。甘くみられるのも否定できない。

 だがしかし、私とトァザの存在はそれなりに抑止力の効果を持っているはずだった。船旅の果てにこの国に根を下ろし国の代表に選ばれるまで、いろいろな国で決して少なくない腕試しをしてきた。その戦績は――無敗。最高技巧整備士の試験もトァザと共に一発クリアした。


 つまりラザンノーチスはトァザの無敗記録と私の最高技巧整備士資格の最年少記録の威光によって他国を牽制している。そこに臆さず侵略を行うという決断をラバニスは下した。……それほどの揺るぎない自信を持てるほど、ラバニスの闘技士と技巧整備士は優秀なのか?

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