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ラザンノーチスの闘技士  作者: 莞爾
12/13

12(終):ラザンノーチスの技巧士

 激動の『円卓』から一ヶ月が経ち、私の日常は少しずつ落ち着きを取り戻した。

 ここでは少しだけ、私達のその後について紙幅を割こうと思う。


 あの後、ラバニスの代表技巧整備士アンダー・アーロンは戦争犯罪に問われ身柄を拘束された。第七国家ユグドのペネロレッタ一家に対する不正取引きと、正規手続きのないティカの技巧素体化、及び霊素の不正拘束――一連の死者冒涜の罪を問われ、IDEAの資格は即刻剥奪された。


 一方で彼は『トァザの最終兵装展開は不正であり、『円卓』の条約違反である』と指摘した。だが、ラバニス側が先に最終兵装を行使しているため異議申し立てを円卓は拒否。私達のザルバニトー使用は不問となった。実際、トァザが事前申請を通しているし、敗戦にカウントダウンもコンマで間に合っているのでこちらの潔白は当然だ。


 トァザは「戦争屋としての余罪も全て遡及してほしい」と不満顔だったけれど、これだけの罪を上乗せされてしまえばもう二度と会うことはないでしょう。例え生きていたとしても、ラバニス国民が許さない。


 ティカ・ペネロレッタは霊素を完全に喪失。わずかに残された技巧は煤けたガラクタとなり、何も残らなかった。その魂が安らかに眠ることを祈るばかりだ。


 敗戦となった第八国家ラバニスは……国土も民も何一つ奪われなかった。円卓で争点となっていた発展途上の島国の所有権をラザンノーチス領土であると宣言し、呆気なく平和な日々へ戻った。

 ……いや、奪われたものが一つある。ラザンノーチスの権限によってユグドの国土は返還された。アーロンと関わりがあるとされる国のトップ数名は責任を問われ、連日ニュースを騒がせている。


 戦勝を飾るラザンノーチスは、まだしばらくお祭り騒ぎだろう。私とトァザが街に出ると交通機関が麻痺してしまうので外出を控えるようにとまで通達された。


 私としても、しばらく外に出る気はなかった。日傘も持たずに技巧整備士席に居たせいで、おでこが日焼けしてしまったのだ。

 赤くなった額でパパラッチされるなんてごめんだね。


 ……ちなみに、散らかり放題の我が家を探せば日傘はあった。自分で買った覚えがないのでトァザが用意してくれたものだろう。日焼け止めも洗面台の下にクーラント原液タンクと共に保管されていたが、何年ものかわからないので使わなくて正解だ。


 トァザの四肢はザルバニトーから普段のものに戻した。

 あの問題児は日常生活には危険すぎるし、大きな図体では嵩張かさばって不便だからだ。


 ――そして、今日。


 第六国家ラザンノーチス国王ガストー=ソル・ホーエンハイムの宮殿にて、この私セフィリア・アストレアは戦勝の誉れに預り、招集された。

 そこには現最高技巧整備士団の団長ブラッドレイ・ジャンヌ=ダルクも同席している。


 あの日開戦告知に名を連ねた二人から、功績を認められたのだ。

 久しぶりの父との再開だった。


 ――緊張するなぁ……。


 滅多に着ないドレスにめいっぱい腰を絞られ、猫背を伸ばされた私は少しだけ息が苦しい。


 会場では、それはもう盛大なパーティーが開かれていた。私達の活躍に国が総出でお祝いしてくれているのだ。きっと宮殿の外でも街の皆が浮かれているだろう。私は市井の街並みを想像した。顔見知りの街の人達の笑顔が思い浮かぶと、私もつられて顔がほころぶ。……今度こそ、晴れた日に買い物に出掛けたいものだ。洗濯物と部屋の掃除はトァザに押し付けてしまおう。


「……久しぶりだな」


 その声は――と振り返る。

 ブラッドレイ・ジャンヌ=ダルク。

 私の才能を否定した父親。


「元気そうで、何よりだ。セフィリア」


「えぇ。お父様」


 笑顔を取り繕ってにこやかに答えた。

 薄っぺらい笑顔を自覚して、なんだかアーロンみたいだな、なんて思ったりする。


「結局お前を技巧から切り離すことはできなかった。少し残念だよ」


 父の冷たい物言いに私は皮肉を返す。


「『蛙の子は蛙』ですわね。それとも、『鳶が鷹を生む』の方がよろしいかしら」


「蛙が似合いだろう。お前は大海を知らないからな……」


 私は皮肉を返されて笑顔が強張る。

 父は構わず続ける。


「『十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人』だ。屋敷にいた頃と比べ、腕が落ちたな」


 言葉から滲む圧力。

 相変わらず私の才能をあまり歓迎していない事をひしひしと感じるが、私はもうあの頃とは違う。


「そうかもしれませんね」私は両手を胸元に合わせて瞳を伏せ、同意してみせた。「きっと、諦めることも大切でしょうね……」


「……お前には――」


「ですが」畳み掛けようとした父を制す。「私が鳶だとしても、いえ、井の中の蛙だったとしても、トァザがいます。彼は立派な鷹よ」


 父は私を憐れむような顔をした。

 昔からそうだった。私が才能を褒めて欲しいとき、なぜか父はこんな表情をする。


「……本当は、お前が鷹を生み出すだろうとわかっていた」


「え――」


 父は私の肩に手を置き、真剣な顔で言う。

 初めて見る表情だった。


「いつか私の思いを理解する時が来る。屍を解剖し、技巧を生み出す神童など認める親がいると思うか?」


 私はその手を取り、握り返す。


「認めさせてみせますわお父様。私が跳ねっ返りなのはご存じでしょう?」


「セフィリア……」


「ご機嫌よう。ママとメディナによろしく」


 そう言って父に微笑むと、振り返らずにその場を立ち去る。

 その先に私を待つトァザを見つけ、その手を握る。


 父の真意は理解した。

 この世界はまだ混迷の中にある。激化していくであろう『円卓』の渦中リングに娘を巻き込みたくないのだろう。だから父は私の才能を歓迎しないのだ。


 けれど、これは私の人生だ。


「……いいのか? 親父さんなんだろう?」


 トァザは不安そうに言った。折角の再開なのに剣呑な口喧嘩を交わして別れたのだから、不安に思う気持ちもわかる。でも心配はいらない。


「いいの。……それよりさ、トァザ」私は気分を切り替えていたずらっぽく笑う。「踊り(Shall)( we)しょ( dance)?」


 そう言って手を引いてみせると、トァザはもう足をもつれさせた。


「踊りは苦手だ」


「ふふ、知ってる」


 いじめるのは程々に、改めて手を繋ぐ。


 ――この先の未来も、トァザと共に切り拓く。


 私は最高技巧整備士団IDEAのメンバー。

 セフィリア・アストレア。

 第六国家ラザンノーチスを代表する闘技士トァザの専属技巧整備士だ。



                ――完――

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