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ラザンノーチスの闘技士  作者: 莞爾
11/13

11:第三戦

「うおおおぉぉぉ――!」


 円卓に咆哮が響き渡る。トァザの声だ。


 ラザンノーチスからは安堵の歓声が上がり、ラバニスからは嘆息とブーイングが巻き起こる。


 トァザはセコンド席から飛び出し、リングに躍り出た。

 モニターのカウントは00:00.63で止まっている。間に合った!


 銀髪を掻き分け、天を衝く角が生え揃う。これは意図した技巧ではなく、補助脳同士の統制を取るためのセンサーにトァザの霊素が循環したものだ。


 体躯は肉体美を脱ぎ捨て、技巧によって歪められている。

 腕は長く引き伸ばされ、前腕に至っては通常の人体比率の1.5倍はあるだろうか。節くれ立つ五指に至るまで、その異形の比率は続いている。その姿はまるで翼のようだった。


 一方で、大柄な上半身を支える脚もまたザルバニトーに置き換えられている。いっそうたくましくなった両足は獅子のようで、ただ仁王立ちをしているだけでも威風堂々たる出で立ちだった。


 四肢は炭のように黒々としているが、排熱によって芯から赤く仄明るい。ザルバニトーの骨格フレームから伝わる灼熱が、外部筋繊維の隙間から荒く息をするように火を噴き、しゅうしゅうと音を立てている。触れるもの全てを切り裂くかのように皮膚は帯電し、いかづちが鋭く駆け巡っていた。


 ザルバニトーは破壊衝動の権化だ。秩序なく暴れて狂う暴君を、トァザはこの制御してみせた。


 ――ザルバニトーが、起動している……!


 私は確かに見届けて、緊張の糸が解けた。

 椅子に倒れこむ背を、補助整備士が支える。そのままトァザを見つめた。


 円卓にいた誰もが圧倒された。

 切り替わったモニターに映るアーロンの姿は、貼り付けていた笑みが剥がれていた。


「トァザ……っ」


 本当に、負けてしまうんじゃないかと怖かった。

 もう、涙が止まらなかった。


「すまない。心配をかけた」


 トァザの声が円卓に響く。


「補助脳が増えたせいで、自分の意識を統一するのに時間がかかった……だが、セフィの祈りが聞こえたんだ。みんなの祈りも……」


「いいの、いいのよ……ありがとう」


 防壁に遮音されているので声が届いているはずがなかったのだが、トァザは応える。


「きっと俺の霊素が円卓に拡散したんだろう……お前の声も、確かに聞いたぞ――」


 言葉はティカに向けられる。


「――『殺してくれ』と、そう言ったな」


 トァザはザルバニトーを構える。


「ティカ。死してなお肉体に魂を閉じ込められ、アーロンに尊厳を犯されている。そうなんだな……?」


 猟犬の上に鎮座しているティカには最早トァザが見えていないようだった。

 石像のように白く濁った瞳に、涙の跡が一筋光る。


「俺は、救わなければならない……世界も、お前も!」


 トァザの覚悟が円卓に響き、それに応えるように円卓はアナウンスを開始した。


 『現時刻より、第六国家ラザンノーチス対、第八国家ラバニスの第三戦を開戦致します』





 トァザの霊素は、彼の頭蓋に収められた技巧による人工脳と第七頸椎の補助脳、そしてザルバニトーの四肢にそれぞれ一つずつ。計六つに分散されている。


――この問題児ザルバニトーの現状の課題は、霊素の意識統一の難しさだった。そもそもこの兵装は、人の姿を維持しながら身体能力を底上げするために、様々な生物から抽出した情動アルゴリズムを取り込んでいる。その結果、身体駆動系の飛躍的な改善を狙ったのだ。


 肉体ハードウェアはそのままに、精神ソフトウェアを強化する。

 このコンセプトで私が作ろうとしたのは――人の形をした怪物だった。


 当時の私は、闘技士を人の姿に収めることに美しさを見出していた。しかし、その負担を無理矢理トァザに押し付けた結果、彼には乖離症状が現れた。ザルバニトーに格納していた補助脳がトァザの意識を侵食してしまったのだ。


 テクニカルタイムアウトの三時間で行ったのは、解釈の反転。

 ザルバニトー側の補助脳にトァザの情動アルゴリズムを複製し、反対に技巧のフォルムを動物的な骨格構造へと組み直した。精神ソフトウェアはそのままに、肉体ハードウェアを変化させたのだ。


 私のくだらない美意識を捨て、人の形を逸脱することでトァザとザルバニトーが調和した。


 何より――トァザに宿る強い意志。

 補助脳がいくつあろうとも目的はただ一つ。


 アーロンの野望を打ち砕き、ティカを救い出す。

 その揺るぎない闘志がザルバニトーと共鳴している……!


「聞こえてるよな。セフィ……俺はここに誓う」


 トァザの声はスピーカーを経由して私に届く。


「俺は、決して負けない……! 無敗のトァザだ!!」


 観客席は熱狂と混乱の渦にあった。

 トァザが勝つのならきっとティカはその命を召し取られるだろう。あるいはティカが第三戦を凌いだのなら、トァザは次の戦闘に霊素の補給は行えない。必ず敗戦する。

 円卓に集う全ての人間の未来が、この一戦で決まるのだ。

 誰もが恥も外聞もなく自国の代表に声援を送り、リングは嵐のごとく沸き立っている。


 ――17時。


 視線の先、トァザは立っていた。

 ザルバニトーは絶えず排熱し、鉄火てっかした技巧が燐光を放つ。


 一方のティカも、テクニカルタイムアウトの間に最大限の技巧拡張が施されたのだろう。

 彼女の姿は生前の面影を失い、臨界している砲口は溶鉱炉のように光を溢す。


 無敗の闘技士トァザ。最終兵装ザルバニトー。

 悲劇の闘技士ティカ。最終兵装スキュレー。


 観客席が見守る中、両者は超接近戦ひ踏み込んだ。

 力と力の衝突。矛とかいなの鍔迫り合い。

 噴出する霊素が質量を持った刃となり、激しい火花が飛び散る。


 衝撃波は防壁を叩き、一瞬だけ許容値を超えた破壊力に罅が生じた。

 しかし、観客は目を逸らすことなく、リングを見つめ続けている。

 ここは戦場……死線なのだ。慄いた者から命を落とす。そう思わせる裂帛れっぱくがリングに響く。


 嵐の中で叩きつける暴風雨のように、防壁はリング内の爆発を受け止め、戦況を観客席へ伝える。闘技士の放つ一撃一撃は見守る国民の臓腑を揺らし、あらゆる兵器を凌駕する威力で放たれている。


 弾けるように間合いが開いた瞬間、ティカは猟犬の本能に任せて素早く突進する。

 トァザはそれを受け流したか、通り過ぎざまに火花を散らして閃光が瞬いた。

 群れをなす猟犬の陣形が崩れた。一頭が鼻面を溶解されて口から煙を吐いている。


 トァザは雷鳴を轟かせながら、両掌を前に向けて構える。指先にはこそげ取って蕩けた犬の首が握られていた。


「強い……!」私は思わず呟く。


 スペックを落としたはずのザルバニトーが、真価を発揮できている。


 リング上ではティカが指先を向け、熱線を放射する。

 だが、トァザは涼しい顔でそれを弾いた。

 ザルバニトーの装甲はその程度の熱では決して溶けない。


 私は勝ちを確信した。

 ――この時点でザルバニトーは未だ最終兵装を展開していない。


 ティカは両手で構え、指先を一点に集中させて熱線を束ねた。威力は増大し、リング内の空気がプラズマ化し始める。それでもトァザはザルバニトーの外装で弾いてみせる。一歩、二歩とティカに向かって距離を詰めだした。


「……無駄だ、アンダー・アーロン」


 ティカは大きく息を吸い込むように背を仰け反り、大口を開けた。

 頬の人工皮膚が裂ける。息を吐くように熱線を吐いた。防壁に拡散して戦況が見えなくなる。モニター越しにトァザを追いかける。


 トァザは吐き出された熱線の下を潜って回避していた。

 ティカの視界から姿を消すと一気に懐まで潜り込み、掌底の構えで猟犬の首を掴んだ。

 技巧に宿る灼熱で装甲を溶かし、スキュレーの内部フレームを雷による一撃で破断する。


 三頭いる猟犬のうち二頭が首を落とされ、ティカはがくんと体勢を崩した。

 たたらを踏んだティカに対してトァザは飛び蹴りを浴びせ防壁に叩きつける!


 防壁は衝撃で大きくたわみ、今にも割れそうな悲鳴を上げた。円卓全体に残響が尾を引いて、それに負けない程の歓声がラザンノーチスの観客席から上がる。混ざり合った音の波は巨大な獣の咆哮のようだった。


 ラバニスの侵略を拒むトァザの意思は、ザルバニトーに補助脳に増幅されて確固たる闘志となる。


「セフィ……最終兵装を起動する」


 トァザならティカを救える――私は神に祈り捧げるように指を折り重ねて見守った。


「ザルバニトー……展開……!」


 宣言に呼応するように、技巧の四肢が一層強く燐光を放ち、積層構造の外装が多重展開される。

 隙間から噴き出す排熱に光の粒子が混じっている。それはトァザの補助脳に格納している霊素であり、質量を持った二振りの大剣へと変化した。


「なんだと……っ!?」


 アーロンは顔を歪めた。

 その嘆きはティカを通じて、円卓に響く。


「それは……最終兵装か……!」


「だとしたらなんだ」トァザが応える。


「あり得ない……!? あの娘は、ジャンヌ=ダルク家を出て行った出来損ないの技巧整備士だろ……?」


 アーロンは髪を掻きむしり、仮面が落ちる。


「なぜ……なぜ最終兵装を内蔵している………!?」


 私はほくそ笑む。

 大誤算だなアンダー・アーロンめ。


 その通り。私はジャンヌ=ダルク家を出ていった。

 父から才能を否定され、名家の名を捨ててラザンノーチスに流れ着いた。


 齢13歳でトァザを作り上げ、15の頃にはザルバニトーを完成させた。祖父マルドゥークの生まれ変わりを自負し、その才能は父を震え上がらせた。


 天才すぎたのだ。私は。


「「慄いたか………? アンダー・アーロン」」


 私とトァザは指を差し、第二戦で浴びせられた言葉をそっくり返す。


「ラザンノーチスが最終兵装を展開するなど、ありえない! こんな戦争は無効だ……!!」


「先に使ったのは貴様だろう。今さら糾弾できないさ。……ここで終わりだ! アーロン!!」


 トァザは大剣を天へ掲げる。

 猟犬はもがくようにリングを這うが、もはや逃げ場はなかった。スキュレー鎮座するティカはこの時を待っていたかのように、掲げられた大剣を見上げていた。


「どうか安らかに……ティカ・ペネロレッタ」


 振り下ろされた剣閃は大きく弧を描いてティカを両断する。激しい燐光がリング全体に爆ぜ、灼熱のザルバニトーが刃に触れたものを全て灰に還していく……。


 私にも少女の声が聴こえた気がした。


 ――あ、りが……とう………。





 『第三戦。第八国家ラバニスの闘技士、ティカ消滅』


 ラバニスの戦闘続行不能は誰の目にも明らかだった。

 リングに立つのはただ一人、トァザだけだ。


 『現時刻をもって『円卓』を終了します』


 こうして長い長い一日が終わり、円卓は終戦を告げる。


 私は口を尖らせ細く長い息を吐くと、複雑な心境で虚空を見つめた。……最後の声は、ティカの声だろうか。きっとそうだろう。

 彼女の『ありがとう』に相応しい整備士なのだろうか、私は。


 日はすっかり傾いて、あれだけ肌を焼いていた陽射しもいつの間にか熱を失っていた。ラバニス側の観客席は酷く落胆した者達が椅子から立てないでいるのがみえる。……安心しなよ、ラザンノーチスはあんたの国より人道的だ。

 私は心のなかで吐き捨てた。


 かくいう私も椅子から起き上がれそうにない。背凭せもたれに丸めた背中が隙間なく引っ付いて、お尻には根が生えている。


「お疲れ様でした」補助整備士は満身創痍で壁に背を預けてへたり込んでいた。しかしその表情は明るい。「流石でした」


「こちらこそありがとう……貴方達がいなければ、『無敗神話』は達成できなかったわ」


 技巧整備士席では互いを称賛し合う拍手が響き、闘技士の帰還に一層沸いた。


 トァザは拍手で出迎えられることに目を丸くして、照れたようにはにかんだ。


「……お疲れ様。セフィ。みんな……」


「何、言ってんの……私の台詞よ」


 差し出されたトァザの手。私は指先で温度を確かめて、充分にザルバニトーが冷めていることを確認してからしっかりと握りなおす。手を引かれて立ち上がると、よろけたふりをしてトァザを抱きしめた。


「お疲れ様。格好良かったよ。トァザ」

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