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第6話 交換日記

聖地に着くと、未使用のノートをカバンから取り出した。篠田さんと坂井さんの話を聞いていてピンときたことがあった。

「図々しい奴だと思われないかな」

 我ながらナイスアイデアと思っていたが、いざ行おうとすると不安が湧いてひとり呟いた。

「でも言わなきゃ気付いてもらえないわよ」

「んん?」

 目の前にはリンネ先生がはっきりと切り株の上に座っていた。僕の頭ははっきりと冴えている。自転車を立ちこぎしてきたんだ間違いない。夢なんかじゃない。

「何?気になるの、この服の中が」

 薄手のシャツの襟元をくいと持ち上げた。

「いやいや、そうじゃなくて、いや気になりますけど。あれ?なんで?」

「賢治君が必要とするのならば、私はいつでも出てくるのよ。特にこういう人気のないところではね」

「そういう…もの…なの?」

「そういうものよ」

 あっけらかんと話すリンネ先生を目にして自分の疑問をぶつけようという気をなくしてしまった。

「それよりもなんて書くつもりなの」

「えっと、『森の神様へ、田畑中1年の針井…』」

「ちょちょ、ちょっと待って」

 リンネ先生が人差し指を眉間に当てて困った顔をした。

「なにか変だった?」

「変っていうか危ないわよ。あのね、確かに知らない人に挨拶するとき自分の名前を言うのは大切よ。でもね、相手が悪い人だったら、どうなるか分からないでしょ」

「森の神様が悪い人な筈ないじゃないか」

「う~ん、そうね、確かに私も森の神を悪くは言いたくないけれど…。…それじゃあ、別の人が見るかもしれないっていうのはどう?この秘密基地に万が一別の知らない人が来た時にあなたがここを作ったこともばれてしまうのよ」

 想像すると背筋がゾッとした。

「ね?怖いでしょ。だからここは名前は名乗っちゃダメ。せめて仮の名前とかにしなきゃ」

「たとえば?」

「そうね、鈴木とか佐藤みたいな名前でいいと思うけど…、折角ならオリジナルの名前の方が森の神も識別しやすいんじゃないかしら」

「うーん、それならロビンで」

「あらいいじゃないロビンフッド」

「よしそれなら『森の神様、ロビンと言います。快僕天6月号が無いです。どうか持ってきてください。よろしくお願いします』これでどう?」

「悪くはないけれど、良くもないといったところね」

「というと?」

「神様がどういう意図でここに置いてるのかって分からないじゃない?単純に忘れてるだけかもしれないけど、すっごいお気に入りの作品があってこれだけはずっと持っておこうって思ってるのかもしれないわよ。それなのに無いです、くださいって言われたら嫌な気持ちになるんじゃない?」

 自分の都合ばかりで神様のことを考えるのをすっかり失念していた。リンネ先生が続けた。

「だから、自分の今の気持ちをしっかりぶつけましょう。どうして読みたいのかをちゃんと文字にして神様に伝えるのよ」

「それで神様が来なくなっちゃったら」

「その時は、その時よ。やるべきことをしっかりやってそれでダメだったなら諦めも着くでしょう。中途半端が一番駄目よ」

「そう…だね」

 リンネ先生の作品の続きが読めなかった喪失感、そして続きは6月号に載っているのだと気づいた時のあの高揚感。あれらの感情の起伏を思い起こし、ありったけの思いをノートにぶつけた。

 

『快僕天6月号が読みたい!ナースとエッチな展開になる作品の続きが知りたい!あ~~~、知りたい知りたい知りたい!あの後、お姉さんとどんなエッチなことをしたのか知りた~~~~~~~い!』


「どう…かな?」

 恐る恐るリンネ先生の反応を見ると、眉を八の字にしつつも少し笑った様子だった。

「うん…と、いいんじゃないかな。元気があってよろしい」

「本当に。良かった。これで神様に思いが届くといいなあ」

「それじゃあ、あとはここに置いて」

 リンネ先生は先ほどまで座っていた切り株をポンと叩いた。ノートを置く時になって気付いた。周りが暗くなってきていた。

「まずい、それじゃあもう今日は帰るねリンネ先生!また明日」

 胸のあたりで小さく手を振るリンネ先生を横目に急いで裏山から脱出した。

 

 次の日の朝、ジョギングに行くと言うと必死に走り込んで裏山まで行った。期待に胸を膨らませながら。

「神様、どうか快僕天をなにとぞ僕にください、お願いします」

 つい独り言をつぶやきながら秘密基地に着いた。

 目の前の光景を見て落胆を隠せなかった。昨日の状態から何も変化がない。神様は昨日来てくれなかったのだ。毎日来ているわけではないのは分かっていたのだけれど、どうしても先月号が読みたかったので虚無感に襲われた。

「仕方がない」そう自分に言い聞かせ、快僕天5月号を手に取った。次号予告から6月号の展開を予想しようと切り株に腰掛けたとき、おかしなことに気づいた。昨日自分が書いた文章の下に文字が追加されている。5月号を閉じてノートを見返した。


『すまん。忘れてた。次持ってくるわ』


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