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第5話 放課後の過ごし方

 キーンコーンカーンコーン。授業終了の鐘が鳴る音で目を覚ました。

 一日に二回も同じ人が夢の中に出てくることってあるのだろうか?初めての経験に運命的なものを感じてしまった。

「起立」

 日直の声で意識がはっきりとしてきて、僕も立ち上がろうとした時に気付いた。僕のおちんちんがもう立ってる……。

 みんなに気付かれないように中腰気味に立ち上がると深々と礼をして、そそくさと席に座った。

「おい、針井。一緒にトイレに行こうぜ」

 田中が僕の下半身の事なんか知らずに元気に声を掛けてきた。

「あ~、いや、大丈夫」

「俺が大丈夫じゃないんだよ。一緒に行こうぜ!」

 僕の方が大丈夫じゃない。

「一人で行けよ。別に行きたくないんだって」

「寂しいじゃん。友達だろ」

 なおも食い下がる田中。

「友達が一人でトイレに行けるように見守ってやるのも友達の仕事だ」

 腕組みをして少し偉そうに返した。ちんちん立ってるのに。

「なんだよ。じゃあ見守ってくれるんなら一緒に行こうぜ!」

 田中が僕の腕をガッと掴んで、立ち上げようとした。

「待て待て待て!見守るっていうのはそういうことじゃなくてな……」

 そんなやりとりをしていると隣の篠田さんがまたクスクスと笑っていた。

「よくそんなにトイレの話でずっと盛り上がれるね」

「いや、田中がしつこいだけだよ。こっちは断ってるだけだから。ね?」

「篠田も針井に言ってやってよ。一緒にトイレ行っトイレって」

 ドヤ顔で田中が渾身のダジャレを決め込んだ。そんなしょうもないダジャレを言うなよと言おうとしたら、篠田さんが机をバンバン叩いて思いっきり笑い転げていた。

「もう――何言うの、おっかしー」

 嘘だろ篠田さん、こんな小学生みたいなギャグが好きなのか。田中を見ると自分のギャグが思った以上に受けたことにまんざらでもない様子だった。

「ふふふ、こんなに俺のギャグで笑うとは見る目があるな」

「お前、いくら何でも急に偉そうだぞ。つうかトイレはどうしたんだよ。休み時間もうほとんどないぞ」

「あっ、しまった。畜生もういいよ一人で行くから」 

「みんな一人で行ってるんだよ」

 やっと行ってくれたか。

「針井君と田中君は名コンビですねー」

 笑いがおさまった様子の篠田さんが再度話しかけてくれた。

「いやいや、そんなのじゃないから本当に。困ったやつだよ」

「ボケとツッコミがしっかりしてて絶対名コンビだよー」

 篠田さんとそんな至福の時間を過ごしていると篠田さんの後ろに浅黒い肌の女子が立っていた。隣のクラスの女子だったと思うけど名前なんだろ。

「篠ちゃん、これ」

 そういうと授業で使うノートより一回り小さいノートを篠田さんに手渡した。

「あっ、ゆっきーありがとー」

「別にありがとーじゃないでしょ」

「えへへ、そうだけどなんとなく」

 二人をぼけっと眺めていたら、ゆっきーと言われている女子と目が合った。

「あっ、ゆっきー、この人はね、針井君って言っておもしろいんだよ」

 篠田さんが僕のことを紹介してくれたが色々と雑じゃないか。

「どうも」

 ぺこりと頭を下げた。

「坂井です」

 向こうも自分の名前を言うと頭を下げた。苗字が坂井ってことは下の名前がゆっきーなんだろうな。

「そのノート何なの」

 坂井さんが渡したノートについて質問すると篠田さんが坂井さんと目を合わせた。

「それは言えないなー。女子の秘密が気になるって針井君のエッチ」

「えええ!?いやいや、そんな気になるってわけじゃないよ。全然!本当に!」

 エッチ扱いされたことを全力で否定した。それはもう本当に。

「ふふふ。ねっ、本当に面白いでしょ針井君」

 篠田さんが笑ってる割には坂井さんの目は冷たい気がするんだけど、気のせいだろうか。

「これはねー、交換日記なんだよ。だから他の人には見せられないんだ」

「ああ、交換日記。びっくりしたなあ。全然見たりしないよ。安心してください、エッチじゃないから」

 全く、篠田さんの冗談には驚かされた。しかしそうか交換日記か。


 放課後、みんなが帰りのホームルームの挨拶を終えたあと、ほとんどの人が部活に行く中、帰宅部の僕もしっかりと部活をしようと、帰り支度を始めた。さて、まっすぐ帰ろうかそれとも秘密基地に行って少しくつろごうか。いや、制服姿であそこに行くのは目立つし制服が汚れるし、一度帰るしかないか。そう考えていると後ろから声がした。

「針井、帰ろうぜー」

 授業が終わったことで開放感で満たされたのか満面の笑みをしている田中が立っていた。

「今日、うちに遊びに来ない?マリカー買ったんだ」

「おっ、行く行く。素晴らしい買い物をしたな」

 部活に入らなかったことを少し後悔している僕とは違って、田中は演劇部に入っていたのだが『音楽性の違い』という訳の分からん理由で早速幽霊部員になっていた。

「なー、なんか面白いことない」

 周りの田んぼを見つめながら田中が退屈そうに聞いた。

「ザックリした質問だな。マリカー面白いんじゃないの」

「マリカーは超面白いんだけど、それとこれは別じゃん?なんか、こう強敵との出会いとか全国制覇とかそういうのがないのかなあと」

「極端な例を出すんじゃないよ。んー、面白いことねえ」

 一瞬、僕の作り上げた、あの聖地のことが頭に浮かんだ。いや、しかしいくら田中がいいやつとは言えあれを見てどう思うだろうか。もしかしたら僕のことを変態と見なして次の日にはポルノコレクター針井と学校内で名付けられてしまうかもしれない。背中に悪寒が走った。ダメだ、いくらあそこが素晴らしく楽しい場所であっても教えることはできない。あそこは僕と森の神だけの秘密だ。すまない田中。

「ううん、思いつかないなあ」少しオーバーな演技をしてこの話題を打ち切った。「じゃあとりあえず家に帰って着替えてくるから、また後でな」

「おう。じゃあ、また後でー」


 家の扉を開けると「おかえり」とお母さんの声がした。

「ただいま。そっか、今日お母さん仕事休みだったんだ」

 お母さんは月に数回土曜日に仕事に行く代わりに平日に休みを取っていた。家にお母さんがいるというだけで空気が少しピリッとする。靴を揃えて置いた後、制服を脱いでハンガーにかけると水色と白のチェックのシャツに着替えた。

「それじゃあ、ちょっと田中の家に行ってくる」

 それが普通の出来事のようにお母さんに声を掛けた。

「宿題大丈夫なの」

 やっぱり、そうくるか。お母さんが暗に遊びに行くことを否定しようとしていた。小学生のころから勉強に関してうるさかったけれど、中学生になってそれがさらに厳しくなっていた。

「田中の家で宿題もやるから大丈夫だよ」

 そのまま遊びに行けないのは分かっていたからお母さんにそれらしい説得をした。以前、こっそり遊びに行ったらお母さんが物凄い不機嫌になったことがあった。怒鳴られたりはしなかったけど、目を合わせずにコツコツと指でテーブルをひたすら叩いたり、足音など一つ一つの動きの音が大きく、ただただ機嫌の悪さを体全体から発していて食事が喉を通らなかった。きちんと話をしとかないと夜の僕が大変だ。学校のカバンを自転車のカゴに入れると家から飛び出した。


畑が広がりポツポツと民家が点在している、この市内でも特に田舎なんじゃないかと思われる地域に田中の家はある。ここから自転車で少し進めば僕の聖地にたどり着く。おっと、いかんいかん今日の予定は聖地巡礼ではなく、マリカーであった。

インターホンを鳴らすと待っていたと言わんばかりに田中が出て来た。田中の家はゲームや漫画が多く、小学生の頃から暇があっては遊びに来ていた。田中の部屋には本棚にぎっしりと漫画が巻数毎にきれいに並べられていて、テレビ台の下にはゲーム機が何台もセットされている。両親がそういうものに寛容で、頼めばだいたい買ってくれるし、親自身もゲームや漫画を買うらしい。娯楽に飢えている僕からするととても羨ましい。僕の部屋の本棚にあるのは世界文学全集と百科事典に図鑑。最大の娯楽がレゴブロックだ。世界文学全集が悪いわけではないんだけど、ゲームや漫画と比べてしまうとやはりつらい。

「へいへいへい、抜いちゃうよ」

 田中が圧倒的な速さで俺を周回遅れにしていった。

 マリカーを始めて一時間、おかしい。何かがピンと来ない。確かに田中の操作するデカブツ亀がムカつくぐらい早くて勝てないのだが、それは他のゲームをやってもいつものことで、それでもアホのようにやりこんでいたはずなのに、今日は何かが物足りない。

 田中の操作するキャラが僕を引き離していく光景と同時に自分の気持ちもマリカーからどんどん離れてしまっていた。やはり、そうなのか。僕は自分のチカラで聖地を作り上げることで大人への階段を三段飛ばしで駆け上り、田中たちのいる子供の世界とは次元の違う大人世界に行ってしまったのか。子供だった自分とお別れしてしまったことに気付き少し寂しさを覚えた。

「じゃあ、そろそろ帰るわ」

「あれ、少し早くない。確か門限六時でしょ」

「ん、んー今日は家の手伝いしてってお母さんに言われてるから、早く帰らないといけないんだ」

もちろん嘘だ。少し早めに切り上げてダッシュで聖地に向かえば多分、10分は素晴らしい本を見れるはず。僕のことを待っているあの子たちと少しでも話してあげなくては。

「そっか、じゃあまた明日」

「うん、じゃあまた」

 変に思われないように少し足早に田中家を出てから、自転車にまたがると、僕は聖地へと向かった、立ちこぎで。「ほうるううあああああああああああ」いけない、気合入れすぎて変な声が出た。

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