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第31話 おしまい

『これまでとこれから

 急にいなくなった理由を言おう。見た通り、俺は今、ごみ収集会社の会社員として働いている。といっても働くようになったのは、つい最近だ。それまでは何をやっていたか、ここで君と文字のやり取りをしているときの俺は何者だったのかというと、何にもやってないニートだった。

 初めてここに来てエロ本を捨てたのは本当にたまたまだった。どこに捨てようかと深夜に徘徊していた時、エロ本と言ったら山か川と相場が決まっていたなと思って、探し当てた場所だった。そうそう、君は知らないと思うけどここは夜に空を見上げると月がきれいに見えるんだ。大人になったら確かめてみるといい。

 結構いい場所だな、と思ってまた捨てに来た時には驚いたよ。床に敷かれたビニールシートに職人技の段ボール家具、くつろぐためのゴミ袋クッション。この慣れた手つきはどっからどう見ても「住所不定」の人だもの。

 面白がってエロ本をまた捨てた俺も俺だけど、大切そうに本棚へとしまわれていたのは面白かった。でも、それだけじゃなくてなにか嬉しかったなあ。今まで人に物をあげるっていうのをやったことがなかったから、喜ばれるのっていいなあと思ったよ。

 ノートが来てからは、馬鹿なのか正直なのか変な奴がこの町にいるんだなって思った。自分の欲に忠実で、でも俺ともエロ本の趣味があう同士がいるってことで変な気分になった。たくさん、俺の知ってる素晴らしい作品を教えてあげたいと思った。

 最初はエロ本を教える導き手だった俺が、急に人生相談をされるようになった時は、今まで人に頼られたことがなかったから、珍しく調べ物をしに図書館に行ったりしたよ。走り高跳びの跳び方なんて今まで興味もなかった俺が、調べて実際跳べるようにまでなったんだ。君はもしかしたら教えてもらってばかりだと思ってたかもしれないけれど、俺も色々学ばせてもらってたくさんのことを経験できた。

 そして、俺は自分が恥ずかしくなってきてしまったんだ。自分ができないことを悔しく思い、どんどんとできるようになっていく君に対して、実際の俺はずっと変わらず同じ場所を足踏みしている。俺も現状を突破したいと思うようになった。それから就職のために動き出して、ごみ収集会社に入ることができたんだ。

 まだ入ったばかりで全然動けてないけれど、ごみ収集員の心構えとしてゴミの不法投棄だけはしてはいけないと決めて、もうここにエロ本を捨てることはしないと誓った。君には急に感じたであろうここに来ないと決めた理由はそういうことがあったんだ。

 長い文章ですまない。でも、君がエロ本をわざわざ捨てるってことは、さらに次のステージに進もうとしているんだなと思ったら、いてもたってもいられなくってね。


 お互い頑張ろう、神より』

 

 

 神様からの感謝と激励の言葉だった。僕の方こそ、神様がいなかったらこんなに楽しい生活を送ることはできなかった。本当に感謝しかない。

 

 学校。

「おはよう、篠田さん」

 いつもは篠田さんからの挨拶ばかりだったので、僕の方から元気に声を掛けてみた。篠田さんはちょっとびっくりした顔をしたけどすぐに笑って挨拶を返してくれた。「おはよう」優しい声が朝の空気に溶け込んだ。

「それでさ、篠田さん、ちょっと話があるんだ」

「何」

 相変わらず笑顔を崩さない篠田さんに対して、僕は少し緊張した。今更こんなことを言われても困らないかな。

「あのさ…、もう7月にもなる時期なんだけどさ」

「うん」

「僕、陸上部に入りたいんだけど入ることってできるかな?」

「本当に!?」

 篠田さんの明るい声が僕の緊張を壊した。

「そっかあ。入ってくれるんだ嬉しいよ」


 お母さんにお願いをした。「高跳びが楽しくて、陸上部に入りたいんだけど…」と。お父さんの話は半信半疑だったけれど、僕はお母さんの目をまっすぐ見て、自分の気持ちをしっかりと伝えた。話を聞いたらお母さんは少し考えた後「そうね…その方がきっといいわね」と自分自身に言い聞かせるように言うと承諾してくれた。

 

「それじゃあ、これからはよろしくね」

 篠田さんが手を差し出した。

「え」

 何をすればいいのか分からず困っていると

「握手、握手」

 と篠田さんは僕の目を見つめながら言った。言われるがまま、彼女の柔らかい手を握ると緊張してしまった。

「これからよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 きちんと相手の目を見て返事をした。

 チャイムが鳴って先生が入ってきた。いつも通りの日常が始まった。でも僕にとっては新しい生活が始まる。

 


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