気高く咲き誇る百合のように。
私は今日、結婚する――――。
オートクチュールの純白のドレスを身に纏い、麦藁色の髪はシニヨンにまとめられている。
その上から百合の花冠をそっと乗せる。
花嫁は、百合のように美しく、優しく、繊細であれ。
百合の花冠は、夫への忠誠。
夫になる男が、私に誠実でなくとも。
私には恋人がいた。
幼い頃から将来を誓いあった恋人、シャルル。
彼は若くして騎士団に入り、順調に地位を築いていた。
隊長格になったら結婚しよう。
そう言いながら、照れくさそうに少しうねった濃い茶色の髪をかき混ぜていた事が、今でも瞼の裏に蘇る。
この一年、とても忙しくて逢えていなかった。
そんな折、父の事業が失敗し、多額の負債を抱えることになった。
我が家に残された道、それは高利貸しからの支援の申し出を受ける事だった。
『支援するかわりに、娘を嫁に』
とうに五十を過ぎているであろう高利貸しの男の後妻に。
『貴族の娘と縁続きになれば――――』
『気に入りの女は妾に。名前ばかりの妻にする』
そんな薄汚い事情は隠されもせず、男が私のいる場で話していた。
父母は泣いて謝った。
弟たちを、一族を、使用人たちを、選んですまないと。
私はあの男と結婚することを承諾した。
シャルルには別れの手紙を書いた。
届いた返事は、乱れた文字で了承とともに『それでも、私は愛している』と書かれていた。
気高く咲き誇る白い百合のように、心だけは美しい人でいようと決めた。
彼が愛してくれている私でありたいから。
式までもうすぐ。
準備はできてしまった。
今までの思い出を、心の奥底の宝箱に閉じ込める。
薄暗い部屋で上を向き、窓の外に広がる晴れ渡る青空を眺めた。
真っ白な鳩たちが優雅に飛んでいた。
この結婚式のために用意されている、愛の象徴の白い鳩。
――――愛なんて、欠片もないのに。
コンコンと、控えめなノックの音。
あの男ではない。
あの男ならば、こちらの状況など気にもせず、無遠慮に扉を開くから。
「はい」
ゆっくりと開いた扉から現れたのは、幼い頃から知っている人。
少しうねった濃い茶色の髪が欠点だと思っている、愛しい人。
「アリア」
「……シャ、ルル?」
「遅くなってごめんね、助けに来たよ」
「っ!」
彼の後ろには王国騎士団が何人もいた。
更にその後ろの方には、騎士たちに拘束され、口から唾を飛ばしながら叫ぶあの男が見えた。
あの男は、捕まった。
あの男は、犯罪者だった。
我が家が陥った危機に違和感を抱いたシャルルが、方々に手を尽くして突き止めた事実。
すべてあの男が裏で手を回していたらしい。
「もう大丈夫だよ」
――――もう、大丈夫?
「シャルル……」
いつの間にか逞しくなったシャルル。
そんな彼に柔らかく抱きしめられ、私の心は甘く解れた。
「アリア、結婚するのなら、私にしてくれないか?」
新緑の瞳を細め、首を傾げて、おどけたようにそんなことを言う。
「っ……ばか」
「それは、イエスでいいんだよね?」
「しらないっ」
オートクチュールの純白のドレスを身に纏い、夫になるはずだった男とは別の男性に抱きしめられながら、深いキスをした。
偽りの愛を誓うはずだった百合の花冠が、バサリと床に落ちる。
私は本当に愛する人に愛される幸せを手に入れた。
今度こそ、真実の愛を百合の花冠に誓おう。
── fin ──
閲覧ありがとうございます。
連載中の作品も、大量の短編もありますので、ぜひぜひそちらも(土下座)