09.相棒が本気を出し始めました
舞踏会の後から、ラファエルが急に恋人役を張り切るようになった。
菓子や髪飾りの贈り物をしてくれるようになったり、よく話しかけてくる。
おまけに今日は食事に誘われていて、店はもうラファエルが予約してくれているらしい。
(以前よりも格段に恋人らしく振舞うようになったわね。急にどうしたのかしら?)
最初は頭を打って人格が変わってしまったのかと思った。
もしくは、私に弱みを知られてしまったから、負い目を感じて無理をしているのかもしれない。
(仕事熱心なのはいい事だけど、無理は良くないわね。心は無意識のうちに体に影響を与えているから、そのうちガタがくるわ)
かつて私が暗殺者だった頃、精神を病んで潰れてしまった仲間たちを見てきたからわかる。
心と体は別物だから、心では大丈夫だと思っていても体が動かなくなってしまうもの。
一度壊れた心と体はそう簡単に治らない。
だから壊れる前に対処しておくことが肝心だ。
(さて、どうしよう?)
ラファエルには申し訳ないけれど、今の状態なら恋人役を存分にアピールできるから、現状維持のままがいい。
となれば、他人の目に見えないところで対策をしよう。
たとえば、触れる時は魔法でフィルターを作って直接触れないようにした方がいいだろう。
(あとは――心理的に安心してもらう事かしら?)
ラファエルは女性に想いを寄せられる事を恐れているから、私はそうならないと伝えておくと、安心して恋人役を演じられるかもしれない。
今日の外食の時に伝えようかしらと考えながら陛下のお茶の準備をしていると、不意に陛下が話しかけてきた。
「ロミルダ、先ほどから溜息ばかりついているな。恋人の事を考えているのか?」
「ええ、そうです。どこかの誰かさんが無茶な命令をするので大変なんです」
「そうか。嬉しい悩みのようで安心したよ」
どこが嬉しい悩みなのかと問い詰めたいところだが、それをしてしまうと陛下の思う壺。
だからさりげなくスルーしてやり過ごすことにした。
「悩んでいるところ悪いが、来週にはベルファス王国から使節団が来るから警戒してほしい」
「ベルファス王国から……来週とは急な訪問ですね。嫌な予感がしますので、なるべく陛下の側を離れないようにします」
私の故郷ベルファス王国の王室直属の機密部隊は、孤児だった私を拾い、暗殺者として育てた機関だ。
彼らは常にこのレンシア王国の国王を狙っており、私が陛下に捕まった後も幾人もの刺客を送り込んできた。
それほどこの陛下を恐れているのだろう。
「私の事は気にするな。ロミルダは王妃を守れ。私の護衛はラファエルに任せる」
「しかし……相手の狙いは十中八九、陛下です」
「ここだけの話だが、王妃が懐妊している。だからもしもの事があってはならない」
「……承知しました」
確かに王妃殿下と御子の命も大切だけれど――この悪戯好きの命の恩人になにかあったらと思うと気が気でならない。
初めて私を人間扱いしてくれたこの人には、返しきれない恩があるから。
「そう気落ちするな。今回の配置は、ロミルダなら相手に気取られずに大切な命を守ってくれると信頼しているからだ。任せたぞ」
「わかっています。相手に隙を与えないよう気をつけてくださいませ」
「うむ。それでは、今日はもう下がれ」
「……はい?」
「恋人との食事があるのだろう? 存分に楽しんでこい」
「なぜその事を……」
「私はこの国の事なら全て把握しているからな」
そう言い、陛下はニヤリと黒い笑顔を浮かべた。
主から退勤の命令を受けた私は、控室へ行って着替える。
約束の時間までまだあるから、王宮図書館でも立ち寄ろうかと思っていると、一人の侍女が声をかけてきた。
「ロミルダさん、ラファエル様が外で待っているわ」
「え?」
驚きながらも控室を出ると、騎士服を着たラファエルが侍女たちに囲まれている。
(ああ、助けなきゃ)
声をかけようとしたその時、ラファエルと目が合った。
(あれ? なんだか嬉しそう?)
宝石のようと謳われる青い瞳が、いつも以上に輝いているように見えた。
「ハニー、迎えに来たよ」
「……ハ、ハニー?」
「はは、困惑しちゃって可愛いなぁ。ロミルダの事だよ」
呆気に取られて立ち尽くす私に、ラファエルが近寄る。
そのまま手を取られ、あっという間に王宮を出た。