07.相棒の様子がおかしい
横暴陛下から舞踏会に参加せよと命令を受けて以来、私とラファエルは仕事と舞踏会に向けた服の準備の合間に恋人らしい演技をする為の授業をして、慌ただしく過ごした。
授業の成果があり、当日にはなんとかラファエルが私の手に触れて一緒にダンスできるところまで前進した。
「おお、二人が並んでいると雰囲気があって目を奪われるな」
陛下は会場に入ってほどなくして、目ざとく私たちを見つけて話しかけてきた。
(任務を遂行せよと、圧をかけに来たようね)
陛下の隣では、王妃殿下が母親のような眼差しで私を見つめて涙ぐんでいる。
王妃殿下は艶やかな金色の髪と新緑を彷彿とさせる美しい緑色の瞳を持つ優美な雰囲気の美女だ。
御年は二十八歳と、国王陛下とは二歳差がある。
王妃殿下は妃選定の厳しい試練を乗り越えて王妃になった素晴らしいお方だ。
(それなのに、こんな腹黒に捕まるなんて可哀想に)
王妃殿下と私は妃選定の時からの付き合いで。
彼女を他の候補者の家門から送り込まれてきた刺客から守る護衛役をしていた事もあり、私が隠密侍女である事を知っている数少ない関係者の内の一人だ。
そしてお二人の間には今年で十歳になるお世継ぎがいるが、今日の舞踏会には参加していない。
やがてダンスの時間の始まりを告げる音楽が流れ始め、陛下がまたもや企み顔になる。
「ロミルダ、お前のダンスの力量を見せてくれ」
「ええ、わかりました。一生忘れられない素晴らしいダンスを見せて差し上げます」
ダンスは大臣の養女となった時に仕込まれているから踊れるが、なんせ<鉄仮面>と踊りたい者なんていないから、練習の成果を披露する機会がなかった。
私とラファエルが二人でダンスホールへ歩み寄ると、周囲がどよめき、あちこちから困惑の声が聞こえてくる。
「さあ、今から私たちの関係を周囲に見せつけますよ。覚悟はできていますか、ラファエル?」
「あ、ああ。ロミルダをリードする事に集中したら大丈夫だ」
と、いささか頼りない返事だっだけれど、ラファエルは宣言通り完璧にリードしてくれた。
(さすがは公爵家の令息。さすがは女誑し。踊り慣れているのがわかるわ。ダンスの先生よりも上手)
感心していると、不意にラファエルが息を呑む気配がした。
「どうしましたか?」
「ロ、ロミルダが笑ったから……」
「私が笑ったら何か問題でも?」
「な、ないです! 珍しいから注視してしまいそうになったんだ!」
無事に踊り終えると、私たちの周りを令嬢たちが囲み、あっという間にラファエルから引き離されてしまった。
ひとまず一曲踊り終えたから休もうと思い、給仕からシャンパンを受け取って飲んでいると、またもや陛下がやって来る。
「ラファエルは相変わらず人気者だな」
「ええ、楽しそうですね」
「本当にそう見えるか?」
陛下はワイングラスを揺らしてニヤリと笑う。
「あれはもうダメだな。そろそろ助けてやろう」
「どう見ても歓談している最中ですよ?」
「目を皿にしてよぉ~く見てみろ」
「はぁ? どう見ても薔薇騎士様がいつものように楽しく女性たちを侍らせているように見えるんですけど?」
「お前でも気づかない事があるのだな。見ておれ――ラファエル、こっちに来い!」
国王陛下がラファエルに声をかけて呼び寄せると、そのまま私たちを別室へ連れて行く。
扉がバタンと閉まった途端に、ラファエルが部屋の隅に座り込み、縮こまってしまった。
(ええっ?! 急にどうしたの?)
先ほどまでキラキラしたオーラを放っていた人物とは思えないほどの豹変ぶりに驚かされるばかりだ。
「う……ううっ……ありがとうございます。令嬢たちに囲まれて息ができなくて、窒息するところでした」
俯くラファエルから、もはや別人なのではと疑いたくなるほど頼りない声が聞こえてくる。
おまけにめそめそと泣いている。
目の前にいるこの男は、本当にあの<薔薇騎士様>なの?
「恋人役のお前には特別に教えてやろう。ラファエルは女性恐怖症なんだ。だけど次期公爵が弱みを持っていてはいけないという事で隠されている。だからラファエルは敢えて軟派者を演じて、女性たちと一定の距離をとるようにしているんだ」
「……はい?」
陛下の話によると、ラファエルは学生時代、毎夜と言っていいほど夜になると女子生徒たちからの襲撃を受けて以来、女性恐怖症になったそうだ。
信じ難い話だけれど……それでも、もしそれが本当の話なら、ここ数日のラファエルの言動と辻褄が合う。
(そんな彼に恋人役を演じろなんて、陛下はやはり鬼畜だわ)
突然、ラファエルが不憫に思えて同情した。
「……ラファエル、とりあえず落ち着いてください。お水を飲みますか?」
「ああ。ありがとう」
水の入ったグラスを差し出すと、ラファエルは水を飲んで息を吐いた。
グラスを返してもらおうと手を差し出したその時、ラファエルの指先に触れてしまう。
「あ、すみません。恐怖体験の後で触れられると怖いですよね」
「……いや。大丈夫だ」
ラファエルはぱちぱちと目を瞬かせる。
長い睫毛に縁どられた青い瞳は私の手を見ていて。
あっという間にその手を取って、指を絡ませてきた。
(なぜ?)
困惑する私に、ラファエルはふにゃりと無邪気な笑みを見せる。
(そ、その笑顔は反則じゃない? 可愛いんだけど?!)
またもや普段の彼とは違う一面に驚かされる。
「ロミルダは安心する」
「はい? さっき女性恐怖症って言いましたよね? 私も女ですよ?」
「う~ん。ロミルダは例外なのかも」
「なぜ?」
「どうしてだろうね?」
疑問を口にしているラファエルだけど、その宝石のような瞳は確信めいていて。
熱っぽい眼差しを向けられて、私はたじろいだのだった。