04.荒療治にもほどがある
ロミルダと今後の打ち合わせを終えた俺は、すぐにこの厄介な事態を作った元凶である陛下の執務室に戻った。
「陛下! なんてことをしてくれたんですか?!」
「おお、存分に感謝してくれ」
陛下は鷹揚に長い足を組むと、恩着せがましく感謝の言葉を待っている。
「どうして感謝してもらえると思っているのですか?! 寧ろ謝罪を要求します」
「なんだ、恩知らずめ。私の命令のおかげでお前は弱みを克服する機会を得られたではないか」
「こんな荒療治を頼んだ覚えはありません!」
「しかし、次期公爵家の当主であるお前がいつまでもこのままでいるわけにもいかないだろう?」
「――っ、それは……そうですけど……」
父上は何を思ったのか、俺が爵位を継承する条件に結婚を加えている。だからいずれは妻を娶らなければならない。
そのためには、この女性恐怖症を克服しなければならないのだ。
反論できない俺に、陛下は勝ち誇ったような表情を浮かべてくるものだから腹立たしい。
「ほらみろ。やはりお前が変わる機会を与えた私に感謝しろ」
「くっ……!」
「優秀な部下の為を想って下した決断なのだから、必ずしや遂行してお前の弱点を克服しろ」
もっともらしい理由をスラスラと述べているが、果たして本当に俺の為を想ってくれているのかは神と本人のみぞ知る話。
俺が思うに、いつものように暇つぶしで俺とロミルダを奔走させているような気がしてならない。
(とはいえ、この機会を逃したら俺は女性恐怖症を克服できないままなのかもしれない)
ただでさえ仕事に追われ、令嬢たち追われている毎日。
忙しさにかまかけて、爵位継承の条件を乗り越えるための対策をとれていないが――。
「それでも、ロミルダとイチャイチャするなんてできない……ハードルが高すぎる……!」
「おお、もう名前で呼び合う仲になったのか。良かった良かった」
「話を逸らさないでください!」
俺がロミルダだけは恐れない理由は、彼女とはただの同僚という関係性を維持してきたからだ。
必要最低限に言葉を交わし、触れ合う事なんてない。
それに、ロミルダから俺に近づくことなんて絶対にない。
だから彼女には安心感を感じている。
(それなのに、触れるようになってしまったら……)
彼女との業務に支障が出てしまいそうだ。俺たちは二人で力を合わせて隠密の任務をこなさなければならないのに。
「なに、恐れることはない。いつも令嬢たちをあしらっているように軟派男として演じればいい」
「いつもは触れていませんし、名前を呼び捨てしませんよ! 程よく距離をとっているんです!」
軟派男として演じている時には自分にルールを課せている。
自分からは話しかけない。
体には触れない。
名前を呼び捨てにしない。
この三原則を徹底し、誰の者にもならない軟派者を演じて自分の身を守ってきた。
その演技すらもギリギリの精神でやっているというのに、恋人になんてぜったいになりきれない。
「無理です。俺にはできません……ううっ」
「まったく、情けないな。ロミルダにリードしてもらえ。あいつを上手く利用して、本当は女性が苦手だってバレないようにすればいい。それに、ロミルダがいればいい風除けにもなるだろう」
「利用するだなんて、ロミルダに失礼です」
「だけど、あいつが相手なら嫌ではないだろう? 以前、もし付き合うならロミルダみたいな令嬢がいいと言っていたではないか」
「そうですけど! なにも本人と俺を引き合わせなくてもいいじゃないですか!」
それはほんのひと月ほど前、陛下に令嬢の好みを聞かれた時に答えた話だ。
まさかその話のせいでこのような事態になるとは思ってもみなかった。
「お前をこのままにしておけないから動いてやったんだぞ? お前が実は超が付くほど初心でピュアだと令嬢たちに知られたら、また襲われるからな」
「うっ……悪夢を思い出させないでください」
陛下は何を想像しているのか、にやけた表情のまま紅茶を啜っている。
何やら恐ろしい事を企てているような気がしてならない。
幼い頃からこの叔父上にさんざん弄ばれているからわかる。
あの目は絶対に、何か企んでいる。
(胃が痛い……)
果たしてこの任務が終わるまでに、俺の命が持つのだろうか。