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励まし

ご無沙汰しております。以前リクエストをいただいた番外編をお届けです!

 王妃殿下の午後のティータイムの準備をしていた時のこと。


「ぎゃ~っ!」


 ラファエルの叫び声が、王城で響き渡った。


 声のする方向へ駆けつけると、床の上にへたり込んだラファエルを見つけた。

 ラファエルの前には床に深く刺さったナイフが数本。あの刺さり具合から見て、天井から投げられたようだ。


(もしかして……)


 廊下の窓を確認すると、予想通り大きく開いている。犯人はそこから逃げたようだ。


「ラファエル、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから」


 そう自己申告しては、弱々しく笑みを浮かべる。どこからどう見ても、大丈夫ではなさそうだ。


 青い瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、いわば半泣き状態の顔。それなのに、どうして強がっているのやら。


「このナイフ……微かですがお兄様の魔力を感じます。また、お兄様の仕業なのですね」

「あはは、今回はさすがに命の危機を感じたよ」

「ラファエル、そろそろ怒っていいのですよ?」


 お兄様はレンシア王国の国王陛下の隠密になって以来、時おりラファエルにこのような襲撃をしかけている。

 

 攻撃魔法をかけたり剣を向けたりと、相手がラファエルではなかったら間違いなく死んでいるような内容ばかりだ。


 お兄様に抗議してみたものの黙秘権を行使して逃げられてしまい、国王陛下に訴えてみたものの「面白いことになっているではないか」というだけでお兄様を止めてくれない。


「怒るだなんて……むしろお義兄さんと交流できる機会だから嬉しいよ」

「ラファエルは優しすぎます……。お父様の態度だって、ラファエルの家柄だったら諫める事だってできるのに……」


 お父様はラファエルと顔を合わす度に睨みつけたり、ぐちぐちと嫌味を言うのだ。

 

 ラファエルはバルヒェット公爵家の嫡男で次期当主。この国では王族の次に力がある家門だ。

 それなのに心優しいラファエルは権力を振りかざすことなく、二人と向き合っている。


「お義父さんの気持ちも、お義兄さんの気持ちもわかるよ。だから、俺がロミルダの夫に相応しいと彼らに認めてもらえるよう頑張るよ。そういうのは、権力でわからせるものではないからね」

「ラファエル……」

 

 どんなに忙しくても、私や私の家族と真剣に向き合ってくれる。

 そんな彼が、たまらなく愛おしい。


「それにしても、今日は派手に転んでしまいましたね。いつものラファエルなら完璧に避けきるのに」

「実は、少し疲れていたから油断してしまったんだ。昨夜急に夜勤が入ったんだよ。王妃殿下とお世継ぎを狙った不穏な動きがあったからね」

「なるほど、疲弊していたところを襲撃されたんですね」

 

 後でお兄様には苦言を言いに行こう。いくら何でも、疲弊している相手に奇襲だなんて卑怯にもほどがある。

 

 それにしても、ラファエルは疲れていても相手への気遣いを忘れないなんて本当にいい人だと思う。私なら、気が立ってしまい、相手が折れるまで復讐するだろう。

 疲れていても周囲に気を配れるからこそ、ラファエルにはゆっくり休んでほしい。


(……あ、王妃殿下から聞いた()()を試してみなければ)

 

 大切な人に元気がない時は、励ましてあげなさい。そう言い、王妃殿下はとある励まし方を教えてくれた。

 

「ラファエル、少しじっとしてください」

「うん?」

 

 きょとんと首を傾げるラファエルに、そっと顔を近づける。


「ロ、ロミルダ?」

「動いてはいけませんよ。狙いを定めているところですので」

「狙いって……何をしようとしているの?!」


 ラファエルの声が震えている。怯えているようだけど、私の頼みを聞いてくれているようで、じっとしている。


「大丈夫です。すぐに済ませます」

「あ、あの、済ませるって、何を?!」


 ラファエルの端正な顔立ちが目と鼻の先にある。宝石のように美しい青色の瞳には、しっかりと私の姿が映っている。

 いつだったか国王陛下の視察に同行した先で見た、海の色にも似ている。

 

 華やかさのある見目だが、彼の頬から顎にかけての輪郭は引き締まっており、騎士らしい。

 私は見惚れながらもラファエルに顔を近づけ――彼の頬に唇を触れさせた。過酷な環境で剣を振っている騎士とは思えないほど、きめ細かく滑らかな肌だった。

 

 ひゅっと、ラファエルが息を呑む音が聞こえた。同時に、彼の体が跳ねる。

 しかしそれっきり、全く動かなくなってしまった。

 

「ラファエル?」

「……」


 名前を呼んでも返事がない。それどころか、呼吸の気配がしない。

 顔を離してみると、ラファエルは硬直していた。


「大変……医務室に連れて行かないと……!」

「ま、待って! それは止めて!」


 ようやく、彫像のように固まっていたラファエルが動き出した。

 

「ロミルダからキスしてくれるのが嬉しくて、感激のあまり固まってしまって……」

「喜んでもらえたようで良かったです。ラファエルに元気がない時はこうするといいと、王妃殿下が言っていたので」

「な、なるほど……王妃殿下にお礼を申し上げなければ」


 ラファエルは長く形の整った指で私がキスした辺りを撫でると、頬を薔薇色に染める。その姿はさながら、恥じらう乙女のよう。

 どんな仕草をしていようと、ラファエルがすると全て様になるから不思議だ。


「ロミルダ、ありがとう。俺を励まそうとしてくれたんだね」


 ラファエルは頬から手を離すと、その手を私の頬に触れさせる。まるで壊れ物に触れるように、触れるか触れないかの強さで。

 見上げると、青い瞳がやや熱っぽく潤んでいる。なぜか、その目を見た途端、心臓が大きく跳ね始めた。

 

「俺も、いつも頑張っているロミルダを励ましたい」


 ラファエルは触れていない方の頬に、薄く形の良い唇を触れさせた。温かく柔らかく、やや湿った感覚。

 まるでそこから熱を移されたかのように、頬が熱くなる。


「こ、これは元気になるというより……気恥ずかしくなりますね」

「ちょっとね。だけど、嬉しくて元気になれたよ」


 屈託のない笑みを浮かべるラファエルが眩しくて、思わず目を逸らしてしまう。ぼふんと彼の胸元に顔を埋めて隠すと、彼は慌ててながらもなぜか抱きしめてくれた。


 この一連のやりとりは、やはり国王陛下に伝わってしまい――私とラファエルは、しばらく揶揄われたのだった。

番外編は全3話の予定ですので、更新をお待ちいただけますと嬉しいです!

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