03.絶体絶命のピュアボーイ
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叔父上こと国王陛下のせいで、とんでもないことになってしまった。
俺は今、引き続きロミルダに詰め寄られている。
「いいですか? これから三日間は恋人になるための練習をさせてください」
「れ、練習……?」
「はい。私はラファエルとは違い、恋人を作ったことがないのです。だから恋人らしい言動を取得する必要があります」
――ロミルダ・ブラン。
実は女性恐怖症のある俺が、唯一心穏やかに接する事ができる頼もしい相棒。
そんな彼女が今日、俺の恋人になった。
正確に言うと、任務で恋人になったから仮の恋人なのだが……。
(恋人の練習って……まさかイチャイチャするの?!)
ロミルダに苦手意識はないが、それでも彼女の――女性の体に触れるなんて絶対に無理だ。
巷で俺は恋人をとっかえひっかえしていると噂されているけれど、本当は令嬢たちが周囲に集まる度に内心恐怖で震えている。
昔令嬢たちに襲われそうになった記憶がフラッシュバックして怯えている俺に、恋人なんてできたことがない。
この事実を知っているのは両親と叔父である陛下のみ。
公爵家の跡取りたるもの弱みを見せてはいけないという父上の考えのもと、厳密に隠されている。
(それなのに、叔父上め。事情を知っているくせに恋人として振舞うよう命令するなんて、嫌がらせにもほどがある。俺が何をしたと言うんだ)
この扉の向こうで、あの狡猾なジジイは事の成り行きを思い浮かべてニヤついては優雅に茶を楽しんでいるのだろう。憎らしい。
「ちなみに練習って、何をするのかな?」
「恋人らしい会話に……ハグとキスと……」
「キ! キス?!」
「ええ、恋人と知らしめるにはキスしているところを見せつけるのが手っ取り早いかと」
元暗殺者だった彼女は仕事人間で、どんな任務も完璧に遂行するのがモットーだと言っている。
だから今回の任務も徹底するつもりなのだろう。あんなふざけた内容なのに。
(でも……いいの? 君、俺の事嫌いでしょ?)
堅物なロミルダは俺を嫌っている。
俺が女性恐怖症を隠すために演じている軟派者として女の子たちを侍らせている姿を見かける度に、絶対零度の眼差しを向けてくるほどに。
その冷めた眼差しのおかげで、俺は彼女にだけは安心して話しかけられるのだけど……。
とはいえ今の俺にキスは難易度が高い。緊張で心臓が破裂する自信がある。
まずは手を繋ぐところから始めてほしい。
「ラファエル? 話を聞いていますか?」
「あ、ええと……こっ仔猫ちゃんがあまりにも可愛いから見惚れちゃってた~」
「……ロミルダ」
「え?」
「仔猫ちゃんじゃなくて、ロミルダと呼んでください」
これもまたハードルが高い。女の子を呼び捨てにするなんて……。
しかし、これも陛下が出した滅茶苦茶な任務を遂行させるためだ。しかたがない。
「ロ……ロミルダ……って呼べばいいんだね。積極的だなぁ」
「はい。よくできました」
「……っ!」
一瞬だったから見間違いかもしれないが、ほんの少しだけロミルダは唇を持ち上げて笑っていた。
(えっ……褒められた。えっ……可愛い……)
いつもは絶対に見せない貴重な笑顔の破壊力が凄まじい。
もう一度言おう。笑顔が可愛い。
ギャップ萌えという新しい扉が開いた気がする。
「では、明日はキスの練習をさせてください。私、キスしたことないんで上手くできないと思うんです」
「キ……ッスは、ダメだよ!」
「はい?」
「本当にダメ。キスは本当に好きな人のためにとっておいて!」
「……意外ですね。あなたは見境なく女性とそのような事をしていると思っていました」
「え、ええと……」
自分の保身のために言った言葉だから、感心されると後ろめたい。
「まあ、こんな<鉄仮面>とはキスしたくないでしょうね」
「そ、そういうわけではないよ! ほら、ロミルダのようないい子が俺のような軟派者にファーストキスを奪われるのは申し訳ないから!」
「お気遣いなく。私、どんな任務も完璧に遂行するのがモットーですのでキスぐらいなんとも思いませんので」
「な、なるほどね~。でもさ、初めてならまずは初歩的な事から始めない? 手を繋ぐところからにしよ? ね?」
「……恋愛上級者のラファエルがそう言うのなら、そうします」
本当は恋愛初心者だけど、提案を呑んでくれてありがとう。
安堵したのも束の間で、この一連の会話のせいで、俺はロミルダに恋人らしさを教える先生に任命されてしまうのだった。