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28.青薔薇の首飾り

   ***


 ロミルダの片想いを見守っておこうと決心しけれど、どうしても自分の気持ちを隠し切れなかった。

 悩んだ末に、彼女に贈り物をして自分を満足させることにした。


 とはいえ、一人で宝飾品店に行くのは気が引けた。

 

 女性店員の方がロミルダに似合う品を選んでくれそうだが、もしもその店員に惚れられてしまうと、過去の恐怖体験が再現されてしまう可能性がある。

 だから同僚たちを呼んで、いざという時に備えた。

 

(ロミルダに引かれないか不安だったけど、意外と喜んでくれて良かった)


 贈り物は気に入ってもらえた。

 おまけに俺の瞳の色が好きだと言ってもらえたから大収穫だ。

 その言葉を聞いた直後は、「好き」に過剰反応したせいで盛大に動揺してしまったのだけど。


(それに、付与した魔法も引かれるどころか気に入ってくれたようだし、本当に良かった)

 

 呼べば俺がいつでも駆けつけてくる魔法が付与された宝飾品なんて、下手をすれば、どこに行っても追いかけると宣言しているようなものだ。

 引かれたらどうしようかと思っていたけれど、ロミルダは便利だと言ってくれたから安心した。


 ロミルダの首元にあの首飾りが揺れているのを見かける度に、彼女が今朝かけてくれた言葉を思い出しては、頬が緩んでしまう。


 その様子を陛下に見られていたようで、ベルファス王国の使節団をもてなす歓迎パーティーで二人きりになると、陛下はいきなりロミルダの話を振ってきた。

 

「ロミルダのあの首飾りだが、お前が贈ったのか?」

「そうですけど……よく気がつきましたね」

「造作もないことだ。ロミルダは宝飾品を滅多に身に着けないからな」

「確かに、普段は全く宝飾品の類を身に着けていませんね」

「あれは服装に関心がないからな。服は最低限しか買わず、宝飾品なんて一つも買っていない。おまけに給金のほとんどは財務大臣の息子――義兄が持つ領地の孤児院に寄付している」

「孤児院に寄付……初耳です」

「もともと孤児だったから、自分と同じような道を歩む子どもを増やさないよう、支援しているのだろうな」

「そのことを大々的に言えば、ロミルダは不愛想な<鉄仮面>なんて言われなかったでしょうに……」

「自分の良さをアピールできないのがロミルダの弱点だ。だからラファエルが、あれの足りない部分を補ってやってくれ」

「……はい」


 陛下に頼まれなくても、これからロミルダを支え続けるつもりだ。

 だからこれ以上、陛下はロミルダに気をかけないでほしい。


 彼女が完全に陛下を諦められるよう、距離を置いてくれたらいいのに。


 自分勝手な願いに内心苦笑して、頭の中から追い払った。

 

「ところで、先ほどから妃殿下のお姿が見えませんが、大丈夫でしょうか?」

「恐らく会場を出て休憩をしているのだろう。王妃は社交的に見えて、実はパーティーが苦手だからな。今頃、庭園で花を愛でて羽を伸ばしているに違いない」


 陛下は手に持っているワイングラスを退屈そうにくるりと回すと、一気に中身を飲み干した。


「早くパーティーを終わらせて私も一緒に庭園を散策したいものだ」

「我慢してください。あと二時間の辛抱です」

「やれやれ、ベルファスの外交官が熱い視線を送ってきているな。あれは一度話しかけたら最後、魔法石の税率を下げる契約をするまで逃がしてくれなさそうだ。無視しよう」

「外交問題に発展するのでお手柔らかにお願いします。最近、どこぞのやんごとなきお方に振り回されている外務大臣が、毛髪が減ってきたと嘆いていますので」

「貫禄が出てきたと言って持ち上げてやればいい」

 

 陛下は楽しそうに笑い、外務大臣を一目見ようと、彼を探し始めた。

 

 外務大臣には心から同情する。

 いったい誰のせいで外務大臣がハゲに悩まされるようになったのか、陛下にはご自身の胸に手を当てて考えてもらいたい。


 仕えている主君の性格の悪さに呆れていると、ベルファス王国の外交官らしき男性が青ざめた顔で横を通り過ぎた。

 

 視線で追うと、ベルファス王国の宮廷魔法兵団の団長を名乗っていた人物に耳打ちしている。

 宮廷魔法兵団の団長の眉間に微かに皺が寄った。

 

「――陛下、ベルファス王国の使節団の間で何かが起こったようです。探りますか?」

「ふむ。他の騎士たちに指示して、使節団の動向を探らせろ」

「かしこまりました」


 俺は事前に決めていた合図を近くの騎士に送り、指示を出す。

 これで他の騎士たちにも命令が行きわたり、各自が担当するベルファス王国側の人間に尾行して調べてくれる手筈だ。

 

(ロミルダたちが巻き込まれていませんように)


 その願いも虚しく、自分の足元に魔法が発動する気配を察知した。


 視線を落とすと、光が現れ、転移魔法の魔法陣を描いている。

 

「陛下! ロミルダが首飾りの魔法を使って俺を呼んでいます。緊急事態が起きたようです」

「なんだと! 私のことは構わずに今すぐ向かえ! 他の騎士たちも連れて行け!」

「そのようなことをすれば、陛下の護衛が――」

「今、ロミルダは命を狙われている。お前たちが王都の街で感じた強い殺気の持ち主は――ロミルダの兄で、これまでずっとロミルダの命を狙っている男だ」


 その人物こそが唯一ロミルダを脅かす存在なのだと、陛下は付け加えた。


 ロミルダの恐怖に慄いた横顔が蘇り、合点がいく。


(あの時ロミルダが震えていたのは、そういうことだったのか)


 どうして自分にそのことを話してくれなかったのかと責めたくなる一方で、早く彼女を見つけ出さなければならないと気が逸る。

 

「わかりました。今、交代の指示を出しましたのですぐに代わりの護衛が来ます。それまでに襲われないでくださいね?」

「余計なお世話だ。しばらく前線に立っていないが、お前に心配されるほどヤワではない」


 俺は陛下に頷いて見せると、近くにいた部下たちを集めて、転移魔法の魔法陣に魔力を流し込んだ。


 さあっと光に包まれると、転移魔法独特の浮遊感を感じる。

 そうして浮遊感が止むと、俺は王宮の庭園に立っていた。


 しかし転移魔法の魔法陣の前にいるのはロミルダではなく、妃殿下だけで。

 祈るように青薔薇の首飾りを掲げていた妃殿下の姿に、胸騒ぎを覚えた。

 

「妃殿下! ロミルダはどこですか?!」

「ああ、ラファエル! ロミルダを助けて! このままだと殺されてしまうわ!」


 妃殿下は悲痛な表情で、俺に青薔薇の首飾りを手渡してくれた。

 

「ロミルダが、お兄様と呼んだ男性について行ってしまったの。あの子、死ぬつもりだわ。だって、あなた宛てに言伝を頼まれたの」


 涙を零しながら、妃殿下は言葉を続ける。


「約束を守れなくて申し訳ないと、伝えてほしいと言われたわ」

「――っ!」


 使節団が帰ったら、レストランへ行って話をしようと言っていたことだろう。


 その約束を叶えられないと悟ったということは、ロミルダは殺されるつもりでついて行ったのだろうか。


(絶対に、そうはさせない)


 ロミルダとはこれからも一緒にいて思い出を作っていきたいし、もっと笑顔を引き出したい。

 それに俺は、ロミルダの片想いが終わるまで見守ると決めているんだ。


 ロミルダが幸せになるのを邪魔するのなら、相手が実の兄だろうが容赦しない。

 どのような手をつかってでも、絶対にロミルダを連れ戻す。

 

「妃殿下、ロミルダはどの方角に行きましたか?」

「庭園の奥よ。暗いせいで、その先はどの方向へいったのか、わからないの……」

「ありがとうございます。必ずやロミルダを連れて戻りますので、王宮の中でお待ちください」


 俺は部下たちに妃殿下を託し、庭園の奥へと向かった。

 

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