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27.宵闇の中での再会

 陛下への挨拶を終えた私は王妃殿下のもとへ行き、彼女の側に控えた。

 ベルファス王国の使節団がやって来た時には謁見の間で、陛下と王妃殿下が並んで座っているところから一歩引き、使節団の面々を注意深く観察した。

 

(見知った顔はいないけど、変装している可能性があるわね)

 

 彼らのうちの誰かが少しでも不穏な動きをしたら対処できるよう、目を光らせ続けた。


 使節団の今回の目的はレンシア王国の魔法石の関税についての交渉。

 税率を下げる対価として、ベルファス王国に生息している魔獣たちからとった素材をレンシア王国に優先的に輸出しようと提案してきた。


 おそらく、ベルファス王国の鉱山から魔法石を発掘し尽くして、魔法石不足に陥っているのだろう。

 なぜならベルファス王国は領地拡大のために戦争を立て続けに起こして、その度に大量の魔法石を消費してきたから。

 

(他国にも交渉したけど相手にされなかったから、うちに頼み込みに来たというわけね)

 

 陛下は提案を断るだろうが、すぐにはその答えを伝えず、返事は後日書簡で送るとだけ言った。

 

 そうして、緊張した会談が終わった。

 

 幸にも謁見の間では何事も起こらなかったから胸を撫で下ろす。

 

(問題は今夜開かれる歓迎パーティーね。人が増えるから)

 

 気を引き締め直して臨んだ歓迎パーティーでは、なぜかお砂糖ちゃんがつきまとってきて仕事の邪魔をするというハプニングが起こった。


(陛下とラファエルがいないタイミングを見計らってくるものだからたちが悪い……)

 

 初めは料理を持って来いと言い、他の侍女に指示して持ってこさせたら、次は化粧室に案内しろと言いに来る。

 それも別の侍女に指示して案内させたのだけれど、懲りないお砂糖ちゃんがまた私の目の前に現れた。

 

「そこのあなた! 外に急病人がいるから、ついて来て」

「王妃殿下の側仕えをしている私ではなく、他の侍女に当たってください」

「なによ! 少し外に出て様子を見るだけでしょう?!」


 相手にされないのがよほど悔しいのか、子どものように地団太を踏んでいる。


 私は彼女を無視して、通りすがりの侍女にお砂糖ちゃんを託した。

 二人の侍女が両側からお砂糖ちゃんを取り押さえて化粧室に連行してくれた。

 

「お砂糖ちゃんはどうして何度も仕事の邪魔をしてくるのでしょうか?」


 ぽつりと零した疑問に、隣にいる王妃殿下がくすくすと笑った。

 

「<薔薇騎士様>の恋人に対するやっかみよ。その調子で相手にしなければ諦めるはずだわ」

「それでは、もうしばらく様子を見ましょう。いざとなったら警備隊を呼んで強制退場させます」

「そうね。その時は私が一芝居打つから、協力して」

「かしこまりました」


 王妃殿下は悪戯を企てる子どものような顔で片眼を瞑ると、ふうと息を吐いた。


 その横顔に疲労を読み取った私は、休憩を促すことにした。

 

「顔色が良くないですね。少し休みましょう」

「ええ、そうね。人に酔ったみたいだから、庭園に行きましょう。バルコニーはもうどこもいっぱいのようね」


 疲れている王妃殿下を歩かせたくなかったけれど、彼女が言う通り、今はどこのバルコニーにも先客がいる。

 

 ダンスホールから離れるのはいささか不安だけれど、今日は庭園も装飾をしているし魔法灯で明るくしているから大丈夫だろうと判断した私は、王妃殿下を庭園にお連れした。

 

「ふう。やっぱり花がある場所にいる方が落ち着くわ。空気が美味しいから元気になってきた」


 庭園に辿り着いてベンチまでエスコートすると、王妃殿下は体を伸ばして深呼吸した。

 

「顔色が良くなって安心しました。しばらくしたら会場へ戻りましょう。今宵は陛下の側を離れない方がいいです」

「心配性ね。ロミルダがいるから安全よ」

「ありがたいお言葉ですが、万が一のことがありますので」

 

 そう言いながら、私はお仕着せ制服の袖口に隠していた短剣を取り出して王妃殿下の背後に投げる。

 刃が風を斬った音がした後、男性のくぐもった呻き声が聞こえた。


 思った通り、庭園の生垣の陰に何者かが潜んでいたようだ。

 

「そこの不届き者たち、武器を捨てて大人しく出てきなさい」


 呻き声がした方角に呼びかけると、相手の舌打ちが聞こえてくる。


「おい、こんな手練れだとは聞いてないぞ」

「本当にただの侍女なのか?」

「あのキーキーと騒がしいお嬢ちゃんが簡単な仕事だって言うから引き受けたのに、話が違うじゃないか」

「このままばっくれようぜ」

 

 ごそごそと話している声から察すると、敵は四人ほどいるようだ。

 素人なのか、気配を全く消せていないし、音を立てているものだからすぐにわかった。


「早く出てきなさい。さもなくば、王妃殿下に危害を加えようとした罪で警備隊に連行させます」


 犯人たちに警告をしながら、今度はスカートの中に隠していた丸い玉のような魔道具に手を伸ばす。

 これは投げて攻撃するために作られたもので、魔力を込めて投げると、着地した先で魔法を発動させて相手を眠らせる。


(一度眠らせて拘束した後、警備隊に引き渡そう)


 狙いを定めて投げようとしたその時、男性たちがいる方向から叫び声が聞こえてきた。


「うわああっ!」

「くそっ!」

「死んだのか?!」


 断末魔のような声が上がり、怯えた王妃殿下が私にしがみつく。

 震える彼女を庇いながら、私は手に持っていた魔法具を短剣に持ち替えた。


 男たちの声がふっと止み、耳が痛くなるほどの静寂が訪れる。


(第三者が来て、あそこで隠れていた人たちを殺したの……?)


 そうだとしたら、相手は敵なのか、味方なのかわからない。

 

 近づいてくる気配に集中し、もしもに備えて剣の柄を握りしめた。


「そこで立ち止まりなさい。一歩でも動いたら、王妃殿下を狙った暗殺者とみなしますよ」


 警告すると、気配の持ち主は喉でくっと笑った。


「狙いは王妃殿下ではない。その侍女の<鉄仮面>だ」


 低音で落ち着きのある、若い男性の声が応える。

 一度も聞いたことがない声だけれど、その淡々とした話し方には覚えがある。

 

(……お兄様だ)

 

 そう確信した私は、王妃殿下を背に庇ってもう片方の手にも短剣を持つ。


「今更私に会いに来てくれたのですか、お兄様?」

「ああ、お前の新しい主人が巧妙に隠しているせいで、探すのに苦労した」


 感情のこもっていない声が近づき、目の前に一人の青年が現れた。

 

 黒色の髪に、混じりけのない銀色の瞳を持つ、柔和な笑みを浮かべた男性。

 貴族のような服装に、記憶の中では一度も見たことがない笑みを浮かべているけれど、彼が放つ気配でわかる。


 それに、柔和な笑みには似つかわしくない淡々とした口調が、昔と変わらないから。

 

「約束通り、任務に失敗したお前を手にかけるためにここに来た。任務に失敗したどころか王の飼い犬になるとは情けない」

「私が死んだとは思わなかったのですね」

「あいにく、自分の目で確かめないと気が済まない性分でね」


 お兄様の動きには隙がなく、王妃殿下を連れて逃げられそうにない。

 たとえ大声で警備隊を呼んだとしても、彼らが到着するまでにお兄様からの攻撃に私が持ち堪えられるのかわからない。

 

 イチかバチかの状況なら、私が取るべき選択は一つだけだ。

 

 ――私だけが犠牲になるようにすればいい。

 

「それでは、大人しくお兄様について行きますから、王妃殿下には手を出さないでください」

「初めからそのつもりだ。今彼女に手をかけると、レンシア王国の愛妻家の国王がベルファス王国を攻め滅ぼすだろう」

「わかりました」

 

 言質を取った私は、ラファエルがくれた首飾りの、青い薔薇の形の宝石に触れる。

 

(ラファエル、お願い。ここに来て)


 すると、宝石が小さく震えて淡い光を宿した。

 その光は宝石から溢れて床の上に零れ落ちると、魔法陣を描き始める。


(転移の魔法陣だわ。きっと、ラファエルがこれをつかって来てくれるわ)


 そう確信した私は、首飾りを外して王妃殿下の手に握らせた。

 

「王妃殿下、これを持っていてください。そうすればすぐにラファエルが来てくれますから」

「待って、ロミルダ。行ったらダメよ」

「命令に背き、申し訳ございません。ですが、私がここにいると王妃殿下の身に危険が及びますからご容赦ください」

「違うわ。命令ではなく、あなたを心配しているから行ってほしくないのよ」

 

 両目に涙の膜を張って訴えかけてくる王妃殿下の手を、私はゆっくりと外した。


「私の命は、陛下が守りたいものを守るためにあるんです。だからそのような顔をしないでください」

「――っ!」

「ああ、それと、ラファエルが来たら伝えてください。約束を守れなくて申し訳ない、と」


 私は手に持っていた武器をその場に置き、お兄様に歩み寄る。


「では、行きましょう」


 この国でできた大切な人に、心の中で別れを告げた。

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