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22.ロミルダ・ブラン

間に合ったのでお昼更新です!

     ***


 私は、物心がついた頃に両親に捨てられた。


 両親の顔は覚えていない。

 どうして捨てられたのかはわからないし、自分の家族について知ろうと思ったこともない。


 ただ一人、お兄様だけは、一緒に捨てられたから顔を覚えている程度。

 お兄様は艶やかな漆黒の髪を持ち、混じりけのない銀色の瞳を持つ、冷たい印象の顔立ちで。

 記憶の中のお兄様はいつも、私を見る度に拒絶のこもった眼差しを向けてきた。


 お兄様に嫌われているのだと、幼いながらにも理解していた。

 それなのに、いつの日かお兄様と笑顔で話せるようになるかもしれないと、微かな希望を抱いていた。


 私とお兄様は路地裏にいたところ、ベルファス王国の王室直属の機密部隊の人間に拾われた。

 暗殺者の育成施設連れて来られた私たちは離れて生活するようになり、ほぼ他人のように過ごしてきた。

 

 まだ幼かった私は、自分を嫌っているお兄様でさえ、離れるのは寂しかった。

 だから私はお兄様の噂が聞こえてくるのを、日々の楽しみにしていた。

 

 お兄様は成績優秀で、彼の功績は度々耳に入ってきた。

 

 私も適応能力があったのか、武術も剣術もそこそこの成績だったが、お兄様はなにかにつけて私を不完全だと言って叱責してきた。


(叱責どころか、私の命を狙っていたわね)


 それは、私が模擬試験で年上の対戦相手に当たり、手こずった時のことだった。

 なんとか相手を倒せたけれど、その後、試験会場の外で待ち構えていたお兄様に呼び止められて、今回の試験は動きが悪かったと責められた。

 

「何事も完璧にこなせ。失敗した時にはすぐにお前を殺しに行く」


 お兄様ははっきりと、そう言った。

 容赦なく言い渡された死刑宣告に、幼かった私は泣いてしまった。

 

「どう……して?」

「完璧ではない人間は、誰からも必要とされないからだ」

「……っ!」

 

 これがもし、教官や先輩から言われた言葉なら、何とも思っていなかっただろう。

 

 外でもなく血を分けた兄から言われたことに傷ついた私は、その日以来、お兄様を避けるようになった。

 

     ***


「――イルザ、ゆっくりと息を吸って、吐いてごらん」


 ラファエルが耳元で囁く声に気づき、現実に引き戻された。


 視線を動かして声がした方向を見ると、深い青色の瞳が気遣わしく私を見つめている。


「動けるかい? 早くここを去った方がいい。一瞬だけど、強烈な殺気を感じたんだ。ここで戦闘になると、多くの人を巻き込んでしまう」


 どうやらラファエルもお兄様の殺気に気づいたらしい。

 

「参ったな。もしかして、あの殺気の持ち主が妃殿下を殺すために雇われた暗殺者なのかな?」


 恐らく、彼がここにいる目的の一つには私の暗殺も含まれているだろう。


 彼は失敗した時には私を殺すと言っていた。

 今の私は組織の人間から命じられた任務に失敗し、それどころかこの国の陛下に飼いならされているのだから。


(でも……それならなぜ、今更来たのかしら?)


 陛下に掴まってから十年近く、私はお兄様に命を狙われずに過ごしてきた。


 私が陛下にお兄様のことを話していたから、陛下がずっと私を守ってくれていたのかもしれない。

 

 名前をロミルダに、身分を財務大臣の娘に変えただけでは、お兄様の目を欺けないはずだから。


「イルゼはここにいて。俺が追ってみるから、俺に何かあったら陛下に知らせて」

「ダメ。絶対に追いかけないで!」


 私は咄嗟にラファエルの服を掴んで引き留めた。

 

 ラファエルとお兄様を対峙させてはいけない。

 お兄様はきっと、すぐにラファエルを殺してしまうから。


「イルザ……らしくないけど、何かあった?」

「なんでもないよ。ただ、今はどうしても危ないから行かないでほしいの」

「やっぱり、らしくないよ」


 きっぱりとそう言うと、ラファエルは体を屈めて私の目を覗き込む。


「いつもの君なら絶対に、自分のみが危なくても俺のみが危なくても、対処しようとするはずだ。それなのに、今の君はひどく怯えている。あの殺気の持ち主と、何かあったのかい?」

「う、ううん。何も」


 本当はお兄様が近くにいることが怖くて仕方がないけれど、ラファエルにはその弱い部分を知られたくない。

 私が何かに怯えていることがわかると、彼も私のことを完璧ではないと思って、嫌われてしまいそうな気がするから。


(周囲が私に求めるのは、任務を完璧に遂行する<鉄仮面>の侍女のロミルダよ。だから、弱い姿を見せたらいけないわ)

 

 自分にそう言い聞かせ、震える手を握りしめる。

 

「イルザ、もし話したいことがあったら、いつでも教えてね?」

「……わかったわ。ひとまず、仕事を始めましょう?」

 

 爪が手に食い込むくらい強く握りしめていると痛みに意識が集中し、次第に落ち着きを取り戻してくる。


 それからはお兄様の殺気を感じることはなく、私とラファエルは順調に、妃殿下を狙う暗殺者を処理していった。

 

 対象となる人物はたくさんいたけれど、私たちは夜明け前に片付けられて、私たちは朝日を拝みながら王宮に戻る。

 

「はぁ。ようやく終わった。朝日が目に沁みるね」

 

 ラファエルは王宮に辿り着くと、大きな欠伸をして目に涙の膜を張った。


 私たちはこれから過眠をとり、昼頃には陛下と妃殿下の外出に付き添い、彼らの護衛をすることになっている。

 

(今夜にでも、陛下にお兄様のことを話しておかないといけないわね)

 

 私はもう一度手を握りしめて、臆病風を吹かせる自分を諫めた。

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