14.相棒に相談です
陛下の執務室を出ると、魔法具を通してラファエルから連絡がきた。
王城内にいる貴族派のとある貴族を尾行してほしいと頼まれた私は、彼から聞いた特徴をもとに対象を探し出して跡をつけた。
その人物は王城で働く使用人のうちの一人と繋がっている可能性があるそうで。
二人が密会して金品を受け渡している現場を見つけると、ラファエルに連絡して居場所を伝えた。
それからはラファエルが率いる近衛隊が出動して、二人を拘束して地下牢へと連れて行った。
「すぐに動いてくれてありがとう。あの二人は王妃宮の金品を横領していたんだけど、現場をおさえるのに苦労していたんだよ」
「王妃宮の金品を横領だなんて、大胆なことをしていたのですね」
それから私たちは、恋人の演技をするために二人で庭園を散歩することにした。
二人で並んで歩いているだけで、四方八方から視線を感じる。
「ラファエルは家族と仲がいいですか?」
「んー……まあ、いい方なのかな?」
「曖昧ですね」
「そうだね。本当の所、よくわからないんだ」
ラファエルが言うには、彼には継母と腹違いの弟たちがいるらしい。
本人たちとはそれなりに上手くいっているが、産みの母親の家門と継母の家門は犬猿の仲らしく、幼い頃は両者の板挟みに苦しんだそうだ。
「それにね、周囲からは弟たちというスペアがあるから、俺にもしものことがあってもバルヒェット公爵家は安泰だという者がいたんだよ。それを聞いて、子ども心に寂しさを感じたことはあったかな。……まあ、今はそれが貴族というものだと理解したから、もう寂しくないけど」
「そう……ですか」
家族を持つラファエルには、家族を持つ者なりの苦労があることを知った。
(ラファエルも、自分の居場所を失う不安を経験していたのね)
私はまた、自分にはないものを持っているラファエルに抱いていた偏見を自覚した。
彼は与えられて今の地位にいるのではなく、彼なりに苦しみを乗り越えてきたのだ。
過去の自分を叱咤していると、不意にラファエルが足を止めた。
私も続いて足を止め、振り返って彼を見る。
「ロミルダ、何かあった?」
「いいえ。特に何もありません」
「そうかな? いつもは任務の話しかしないロミルダが俺の家族の話を聞きたがったということは――家族のことで悩み事があるのかと思うんだけど、俺の見当違いかな?」
「――っ!」
陛下と話していたあの場にはいなかったラファエルに言い当てられてしまい、内心動揺した。
「その話、聞かせてほしいな」
「個人的な話なので、ラファエルの時間をいただくわけにはいきません」
「俺が気になっていると言えば、教えてくれる?」
「……はい」
いつもなら絶対に任務以外の話をしようとも思わないのに、なぜか今日の私は、彼に聞いてほしいと思ってしまった。
その欲求に負けてしまった私は、陛下と話したことをラファエルに伝えた。
「人から与えられた想いを受けとめられる練習……か。それなら、これからはどんどん俺を頼ってよ。それが練習になるはずだよ」
「で、でも――」
「俺たちはバディで――恋人なんだから、そういう関係でしょ?」
「……!」
「だからロミルダには、もっと頼ってもらいたいな」
ラファエルの協力はありがたいけれど――私は私一人で完璧に任務を遂行する力をつけなければならないのに、彼の手を取っていいのだろうか。
(完璧でないと、いけないのに……)
かつて暗殺者だったころの仲間たちの姿が脳裏を過る。
完璧でなければ――居場所を、失ってしまうのだ。
「……」
「ねえ、ロミルダ」
悩む私に、ラファエルは優しい声で名前を呼んでくれた。
顔を上げると、彼はどことなく落ち着きのない顔をしていて。
「悩んでいるのなら、気分転換も兼ねて恋人役の練習をするかい?」
「ええ、それもいいですね。何をしますか?」
「抱きしめる……とか」
「ラファエルにはかなり負荷がかかる練習ですが、大丈夫なのですか?」
「相手がロミルダなら平気だから、心配しないで!」
「わかりました。それでは、遠慮なく」
「あわわっ! 早い!」
私はラファエルの叫び声を聞きながら、彼に抱きついてみた。
王宮の中で見かけた恋人たちがしていたように、ラファエルの腰に腕を回し、彼の胸元に頬をくっつける。
(当たり前だけれど、騎士らしい引き締まった体ね。しっかり筋肉がついているわ)
ラファエルの体は、その秀麗な顔からは想像もできないほど逞しくて無駄な肉がなく、頬を押し返す弾力に内心感激した。
(それに、想像しているよりもずっと私より体が大きいのね)
至近距離になると私の頭一つ分は優に背が高く、目の前にはラファエルの胸元が見える。
顔を見ようとして見上げると、宝石のように美しい澄んだ青色の瞳と視線が交わり――思わず息を呑んだ。
ラファエルが私に向ける眼差しは、これまでに一度も向けられたことのないもので。
優しく、だけど何かを熱く切望して訴えかけてきているようにも見える。
なぜか、その瞳に胸の奥が軋んだ。
「まずは心の準備をさせてほしかったな」
「すみません。気が逸ってしまいました」
「いいよ。俺から提案したことだから謝らないで」
そう言い、ラファエルはぎこちない動きで私を抱きしめ返す。
「ロミルダ、安心して。何があっても、俺がロミルダのそばにいるから」
「……っ!」
ラファエルの言葉が私の心の中に大きな波紋を描いた。
安心するけれど、泣きたくなるような切なさも感じて、自分の感情を上手く把握できない。
(それに、なんだか顔が熱いのだけど……風邪を引いたのかしら?)
しかし、脈を測ったところでいつも通りだ。
体調不良ではないらしい。
ラファエルは私の頭をぽんぽんと撫でると、ゆっくりと体を離した。
「練習終わり。それじゃあ、仕事に戻ろうか」
「え、ええ」
私は混乱したまま、ラファエルの背を見送る。
途中、ラファエルが振り返って手を振ってくれると、さらに頬の熱が上がった。
「……本当に、どうしてしまったのかしら?」
頬の熱がなかなか引かなかったせいで、陛下に出したお茶の食器を下げに行くまでに時間がかかってしまった。




