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みどりは太陽に向かってのびてゆく  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第10章 秋風、秋梅雨、アキアカネ
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第八十三話  あなたのために飲みたい

   ごきゅ  ごきゅ  ごきゅ  ごきゅ・・・・・・ どん!


「あー・・・・・・。これのために毎日頑張ってるようなもんだわー。飲めるって、幸せだね!」


 緑はちゃぶ台に、勢いよく大ジョッキを置いた。中身はビールではない。今日は濃い目のハイボール。いつもとは違う気分らしい。

 頬をやや赤らめて、緑はブラウスの第二ボタンをはずし、襟元をかなり緩めた。


「やだねぇ、お姉ちゃん。言動がもう、若い女子とは思えなーい。中年サラリーマンみたいだし」

「いひひひ! いーじゃん、うみ! これぞ、みどりセンパイの飲み姿だもん!」

「それで、どうなんですか? 最近の、緑さんの職場は?」


 飛鳥と千加は、今日も温田家に飲みに来ていた。今、時計の針は夜十時を過ぎたあたり。

キヌは昼間の配達が疲れたらしく、九時過ぎには既に部屋へ行き、寝てしまったらしい。


「なんかね、まぁ・・・・・・うん。忙しいね! その一言に尽きるわ! 今日は三倍くらい疲れたー」

「そうなんですか。確かに今日も、帰りは九時過ぎでしたもんね。お疲れ様です」

「ありがとね、千加。今日から新しい人が来てたり、配置換えでドタバタがあったりでさー」

「うちはよくわかんないですけど、みどりセンパイなら何だってだーいじょうぶですよっ!」

「そうだといいんだけどねー。わたしも、けっこう毎日ギリギリでやってるんだよー?」

「そうは見えないですけどねーっ。みどりセンパイ、めっちゃ根性ありますもん」


 飛鳥は、皿に盛られた中華クラゲをぱくりと食べ、缶ビールをごくんと飲む。


「根性だけじゃ、わたしの職場は多分乗り切れないかもなぁ・・・・・・」


 緑は、ニラ醤油がかけられた冷や奴をぱくりと食べ、それをハイボールで一気に流し込む。


「そうなんですか? 私たち、学生だからか、どうも職場のイメージが涌かなくて・・・・・・」


 千加は、小皿の冷やしトマトを一片、ぱくりと食べる。そして、缶ビールを一口飲んだ。


「今日から来てるアルバイトの子がさ、みんなと同じ年齢でさー」


 緑はジョッキをくるりくるりと振りながら、海、飛鳥、千加の顔を見渡した。


「え、そうなの? お姉ちゃん。その人って大学生?」

「ううん。短大出て、フリーターだったんだって。でも、素直だし真面目だし、良い子だよ」

「ふーん。そうなんだぁ。フリーターかぁ。いま就職の採用率、デビオの影響でやばいもんなー」

「役所でもアルバイトって雇ってるんですね? 市役所にアルバイトの人がいるって、意外です」


 海と千加はトマトを食べ、緑の顔を見ながらしみじみと話す。


「わたしも知らなかったんだけど、けっこう、臨時採用の職員っているみたいでさ」

「そうなんですか! うちも役所でバイトしてみたいなー。時給ってやっぱ、高いですか?」

「知らないよぉー。わたし、人事とかそういうこと、わかんないもんー」

「えー。でも絶対、ホワイト企業っぽそうー。役所のバイトって、楽そうですか?」

「楽なわけないじゃん! 基本的にわたしみたいな正職員と、やることは一緒だよー」

「えぇ? そうなんですか! えー。じゃあ、やめとこうっと」

「緑さんたち正職員と同じ仕事内容でも、お給料って、やはり安いですよね?」

「だからー、わたしは知らないってば! だけど、まぁ、多分そうだと思うよ?」


 飛鳥と千加は、ビールを飲みながら「しばらく学生でいたいね」と笑っている。その隣で海は、トマトをつまみながら、じっと緑の顔を見つめている。


「ん?」

「・・・・・・お姉ちゃんさぁ、何か、無理してない?」

「へ? ・・・・・・な、なんで?」

「顔が、疲れてる」

「そ、そりゃあ残業して帰ってくれば、疲れるでしょうよ」

「いや、あたしが言いたいのは、そうじゃなくって。何か、無理に頑張ろうとしてる?」

「む、無理になんてこと・・・・・・」

「いーや、無理してる! だって、あたしが作ったニラ豆腐、全然食べてないもん」

「え? ・・・・・・ちょ、ちょっとずつ食べてるのっ!」

「お姉ちゃん? もしかして、なんか・・・・・・食欲無いんじゃないの?」


 心配そうに姉の顔を見つめる海を見て、飛鳥と千加もぴたりと笑うのを止め、口を閉じた。


「や、やめてよ海! せっかくの飲みの場が、しらけっちゃうでしょ! あ、あははは!」


 緑は、一気にハイボールを飲み干し、「日本酒に切り替える」と言って冷蔵庫から純米吟醸の四合瓶を持ってきた。


「み、みどりセンパイ・・・・・・なんか、無理してるようなら、うちら、真剣に話聞きますよ?」

「緑さん。もし、何かあるなら、言ってください? 私たちでよければ、聞きますから」

「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・あ、ありがと! でも、ほんと、何も無いから! だーいじょうぶ!」


 緑はグラスに日本酒を注ぎ入れ、冷や奴をぱくりと食べてからきゅうっとそれで流し込む。


「(お姉ちゃん、絶対無理してるな。・・・・・・何か色々、あるんだろうな・・・・・・)」


 海は、二人と笑って飲み交わす緑を見て、小さな溜め息をついた。


「ほらーっ! 海が変なこと言うから、二人だって変に心配しちゃったじゃんー」

「・・・・・・はいはい。ごめんねってば。・・・・・・じゃ、あたしも・・・・・・」


 海はふっと笑みを零して立ち上がり、台所からもう一つ、グラスを持ってきた。


「え? なに? 海も日本酒にするの? 珍しいなぁ」

「・・・・・・金曜だし、あたしも今夜はとことん付き合ってあげる。お姉ちゃん、お酒ちょうだい」


 緑はしばらく目を丸くしていたが、にっこり笑って、妹のグラスに酒を溢れるほど注いだ。


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