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みどりは太陽に向かってのびてゆく  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第8章 しぜんの恵み、しぜんの驚異
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第五十七話  紫前家の人間

「そんなぁ・・・・・・無理だよぉ! ・・・・・・わたし、土日はもう用事あるのにーっ!」

「ほ、本当にごめんなさい温田さん!」

「・・・・・・。はぁー・・・・・・。せっかく休んだのに・・・・・・。また気が重くなっちゃった・・・・・・」


 緑は、ちゃぶ台の上にあるCD-Rやメモを見て、がっくりと項垂れている。


「・・・・・・わたしのよく知らない業務のやつも混ざってるじゃんー・・・・・・」

「な、なんとか、それについてはわたくしが、少しはサポートメモをつけたから・・・・・・」

「・・・・・・足立主任がやってた調査物なんて、よくわかんないよぉ・・・・・・」

「ご、ごめんなさい。・・・・・・わたくしも、その、何というか・・・・・・」

「・・・・・・いいよもう。・・・・・・紫前さんだって、おそらくは、断り切れなかったんでしょ?」

「・・・・・・え、ええ・・・・・・」


 紫前も、緑と同じように項垂れてしまった。


「・・・・・・。・・・・・・お、温田さん、あのね・・・・・・」

「・・・・・・やってやる! 提出してやる・・・・・・。命令なら一つ残らず!」

「え・・・・・・っ!」

「紫前さん! ごめん! わたし、今から部屋に籠もって、これやるから!」

「お、温田さん・・・・・・っ」


 緑は顔を上げ、眉間に皺を寄せて気合いの籠もった目に切り替えた。


「・・・・・・。・・・・・・わたし、自分で選んだ仕事だもん! これもきっと、役所での勉強だもんね!」

「お、温田さん・・・・・・。・・・・・・あのさ・・・・・・」

「んっ?」

「ど、どうして温田さんは、この仕事にそこまで前向きになれるのっ?」

「へ?」


 紫前は顔を上げると、今にも泣き出しそうな、はたまた困惑したような、何とも言いがたい表情で緑に問いかけた。


「・・・・・・わたくしは好きで市役所に入ったわけじゃないの。・・・・・・温田さんは、どうして・・・・・・」

「し、紫前さん・・・・・・? ど、どしたの?」

「ほぼ毎日、上司にあれほどきつく指導されて、嫌にならないの? 大丈夫なの?」

「え? い、いやぁ・・・・・・もちろんわたしだって、キツく言われちゃうのは嫌だけど・・・・・・」

「・・・・・・羨ましいな。・・・・・・温田さんの、色々な面が、わたくしは羨ましいわ・・・・・・」

「そ、そう言われると、何て言うか・・・・・・。うーん・・・・・・」

「わたくし、ずっと温田さんを見てたの。友達も多そうだし、明るいし、よく笑うし・・・・・・」

「い、いきなりそう言われると、わたし、どうしたらいいかー・・・・・・。あ、あはは・・・・・・」


 緑は迷った笑顔を見せ、照れて頭を掻いている。


「たまに事務は雑だけど、仕事早いし、前向きだし、何も考えてなさそうだし・・・・・・」

「・・・・・・ん? えーとぉ・・・・・・」

「庶民的だし、話しやすいし、わたくしには劣るけど美人だし、机の上乱雑だし・・・・・・」

「(・・・・・・紫前さん・・・・・・。誉めながらも時々わたしをディスってるんだけど・・・・・・)」

「・・・・・・とにかく、温田さんは、わたくしに無い部分が多く、羨ましい!」

「・・・・・・いくつかは、羨ましがられても困るんだけどー・・・・・・」

「何でも良いのよ。とにかく、なぜ温田さんが、そこまで無理して頑張れるのか不思議!」

「うーん。なんだろう。・・・・・・わたしもよくはわかんないけど、認めてもらいたいんだよねー」

「認めて・・・・・・?」

「世の中知らない、新米だもん。少しでも社会人として、認めてもらいたくってさ」

「・・・・・・温田さんは、みなさん認めてらっしゃると思うわ? わたくしも・・・・・・」

「いやいやいや! ないないない! ・・・・・・わたしなんて、正直、課にいない方が・・・・・・」

「そんなことない!」

「い! ・・・・・・し、紫前さん? ほんと、どしたの、今日は?」

「温田さん! わたくしね、実は、あんなに笑って雑談できる友達は、あなたが初めてなのよ」

「友達・・・・・・かぁ。・・・・・・って、ちょっと! 紫前さん?」


 紫前は、ほろりほろりと、瞳から涙を落とし始めた。


「『レベルの低い者とは関わるな』『常にエリートであれ』『紫前家だぞ』って育てられて・・・・・・」

「ちょ、ちょっと・・・・・・」

「中学も、高校も、大学も、友達という友達なんて、まともにいなかったし、作れなかった」

「・・・・・・そ、そうだったんだー・・・・・・」

「市役所だって、紫前家のために、行政を知っておくための足掛けで入ったようなもの」

「へ? 足掛け・・・・・・って?」

「祖父も両親も、わたくしをゆくゆくは行政職から国政に出し、将来の大臣にする気なの」

「ええええ! ・・・・・・わたし、何だか話が飲み込めないんだけど・・・・・・」

「わたくしは望んでないんだけど。でも仕方ないのよ。紫前家は、そういう家だから・・・・・・」

「待ってよ紫前さん! そんなのおかしいって! 嫌なら嫌って、言わなきゃ・・・・・・」

「無理よ。・・・・・・ここだけの話ね、役所だって、祖父がむりやり押し込んだようなものだし」

「・・・・・・はー・・・・・・」

「ただ、祖父は課長が身内だからって押し込んだけど、課長は紫前家をそこまで思ってないから」

「え? そうなの? 親戚なのに?」

「・・・・・・課長は紫前家の人間に『亜流』と言われてきたらしく、逆に、恨んでると思う・・・・・・」

「お、お家騒動だ・・・・・・。韓国ドラマみたいになってきた・・・・・・」


 緑は、涙ながらに話す紫前を見つめてるうちに、表情から気合いが抜けていった。


「・・・・・・正直、わたくし、課長からのプレッシャーが、辛いの」

「え! あ、あーっ! わ、わかるわかる! わかるよ紫前さん!」

「『紫前家の人間ならできて当然』と言われ続けて、疲れてしまったわ・・・・・・」

「うん! そうだね。・・・・・・疲れるよね、本当にさ・・・・・・」

「わたくし、エリートという前評判で入ったから、周囲もそう見てるし・・・・・・」

「うーん。・・・・・・なぜかわたしも、優秀って言われてたらしいんだよね・・・・・・」

「温田さんは優秀だってば」

「そんなことないよぉ」

「謙遜しないでよ。・・・・・・ふぅ。・・・・・・葛餅、もう一片、いいかしら?」

「あ、うん。どうぞー」

「・・・・・・おいしい。ほんとに、おいしい」


 紫前は指で涙を拭い、葛餅を笑顔で食べている。


「と、とにかく、わたし、やってみるよ・・・・・・。できる限り、月曜のお昼までには出すから!」

「本当に、ごめんね? 温田さん、体調の方は・・・・・・」

「うん! もう、身体はほとんど大丈夫かな。・・・・・・心は疲れてるけど・・・・・・」

「わたくしのせいで、ごめんなさいね。・・・・・・無理だけは、しないでね」

「紫前さんもね! お互いさ、同期同士で、助け合っていこうよ!」

「同期同士・・・・・・」

「わたしだって、紫前さんの仕事ぶりを見て、『勉強になるなぁ』っていくつも思ったんだよ?」

「そ、そんな。わたくしは融通が利かないから、一つのことしかできないし・・・・・・」

「それだって、紫前さんの持ち味じゃないかなぁ? ねっ?」

「温田さんー・・・・・・」

「さて、取りかからなきゃ。・・・・・・提出してやる! 命令なら一つ残らず!」

「・・・・・・ねぇ、それ、さっきから楽しそうに言うけど、何なのかしら?」

「あはは。さっき部屋で読んでた漫画の主人公がね、そういう気合い入った台詞を言っててさ!」

「は、はぁ?」


 紫前は、半笑いのように、ぽかんとしている。


「アクション物でね! 小人の妖精に『捕獲してやる! この世から一匹残らず!』って・・・・・・」


 嬉々として漫画の内容をハイテンションで話す緑。紫前は、緑がマシンガンのように話す漫画の内容を聞いた後、「本屋で探してみるわ」と言って、朗らかに笑っていた。


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