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みどりは太陽に向かってのびてゆく  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第7章 「日常」という名の「戦場」
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第四十一話  緑 VS 鬼島! ラウンド3! さらに・・・・・・

「・・・・・・――――昨日の選挙関係、お疲れ様ね。じゃ、各担当ラインから連絡お願いね?」


 市議会議員選挙翌日、多くの職員が時差出勤になるかと期待していたが、総務課判断により通常勤務となっていた。開票作業に従事した緑たちは、目の下にクマを作りながらも、遅刻せずに月曜日の朝礼を迎えていた。


「・・・・・・――――はいっ。学校教育担当は、今週、吉崎さんと古川君が学力向上会議で・・・・・・」


 学校教育担当側の課長補佐が、今週の係担当内での予定を課内のメンバーに連絡している。

 緑は足立と紫前の間で、勝手に降りてくる瞼を指で押さえながら、必死に連絡事項を聞いている。


「(や、やっばぁ。・・・・・・ねむいー。これは今日、眠気が最大の敵だー・・・・・・)」


 ピースサインのようにした指で両瞼を押さえている緑を見て、紫前と足立は吹き出すのを堪えている。


「・・・・・・――――以上です。次、教育総務担当、よろしくお願いします」

「はいっ。ええと、今週の教育総務担当は、福島君が水曜日に業者と現場確認。足立君がー・・・・・・」


 金沢が、手帳とパソコンのウェブスケジュール表を見ながら、連絡事項を話す。


「・・・・・・で、温田君が木曜日に()()(まち)へ課長と出張にー・・・・・・」

「へ? え! あ、はいっ?」


 緑は半分意識が飛びかけていた。金沢の連絡事項の中に出た「温田」という言葉に、反射的に返事をしてしまったようだ。


「温田君。温田君。温田君。呼んでないから! いま、オレが話してるだけだから!」

「え? あ、あっ! すみませんー・・・・・・。あはは・・・・・・」


 緑は照れ笑いし、メモ帳で顔を隠す。すると横から、囁き声で紫前が緑へ声をかけてきた。


「(温田さん。大丈夫? だいぶ疲れてないかしら)」

「(ね、眠いんだぁ、さすがに。・・・・・・紫前さんは平気なの? 昨日、そっちは何時解散?)」

「(第三開票所は、日付が変わる前に終わりましたわよ。ぐっすり寝られましたわ)」

「(そ、そうなんだぁー。いいなぁー・・・・・・。わたしの出た第一開票所はさ・・・・・・)」

「ねぇ! そこのお二人ぃ? いま、金沢くんが話してるんだけど、聞いてるのぉ?」


 ひそひそと話していた緑と紫前を、黒沼はぎろりと睨んでいる。金沢はぴたりと話を止め、課内の空気が一瞬、凍り付いた。


「あ! あ、あはは! き、聞いてますよ課長! うん。きちんと聞いてますんで!」

「あらぁ、そーぉ! じゃあ温田さぁん? 金沢くんが連絡したこと、七秒で全部言って?」


 黒沼はにやっと笑い、緑へ強い口調でそう告げた。福島は小声で「あのバカ」と言って、手で顔を覆っている。足立はこめかみから一滴、汗を垂らした。隣の学校教育担当ラインの職員たちも、緊張の面持ちだ。


「は、はい! 福島主査は水曜に業者と現場! 足立主任は今日、生涯学習課と打ち合わせでー」


 緑はまるで聞いていなかったはずだが、黒沼へスラスラと答えている。


「(す、すごいわ。温田さん。聞いてないようで、きちんと聞いていたなんて・・・・・・っ!)」


 横で表情を固めていた紫前も、これには驚きを隠せないと言った感じで感心している。しかし、紫前が感心するも黒沼は瞬きをせず、じっと緑の目を見つめているだけだ。


「・・・・・・紫前さんが金曜に東中で会議。わたしが木曜に課長と美布町へ出張・・・・・・です!」


 金沢が連絡したことを、緑はひとつも漏らさずに言い切った。これには、福島や足立なども感心した顔。金沢も拍手を数回したが、黒沼の方をちらりと見ると、咳払いをしてすぐに手を止めた。


「ふぅん。・・・・・・ま、そういうこと。聞いてるなら、きちんと聞いている態度で聞きなさいよ」

「はい。すみませんでしたー」


 緑は黒沼の方へ、ぺこりと頭を下げた。


「(ふふふ。こんなこともあろうかと、朝イチでメモ帳に全員のスケジュール写したもんねーっ)」


 緑はメモ帳で顔を覆ったまま、静かに笑っている。


「・・・・・・ところで! 昨日の選挙事務で、ある投票所では、ゆゆしきことがあったらしいわ?」


 黒沼は急に声色を強め、視線を緑の方へぎろりと向けた。


「まぁ、本人のプライバシーもあるから、どの投票所の誰かは伏せておきますがー・・・・・・」


 福島は少し首を傾げ、眉をぴくりと動かして緑の方を見ている。


「やる気の無い人のせいで、その投票所の職員全員が懲戒になりかけました!」


   ざわざわ・・・・・・  ざわざわ・・・・・・


 学校教育担当ラインの職員は、お互いに顔を見合わせてざわついている。


「私語がひどいとクレームもあり、投票用紙も紛失騒動があり、自覚がまったくありませんね!」


 黒沼はじっと、緑を睨んだように見つめている。緑は、目を合わせない。


「(わ、わたしだって夜中ずっと反省しましたよ・・・・・・。朝から責めないで下さいってば・・・・・・)」

「・・・・・・――――ってこと! 温田さぁん! ねぇ、今度は聞いてたよねぇ!」

「はぁい! きちんと聞いてました!」


 間髪入れず、緑は黒沼の大きな声に対して大きな声で返事をした。黒沼は「ふぅん」と言って、その後すぐ、朝礼の終了を告げた。各自は席に戻って、いつも通りの事務を始める。


   ・・・・・・どす!  どす!  どす!  どす!


 その時、廊下に大きな足音が響いてきた。


「ん! こっ、この足音はぁ・・・・・・。まずい! 眠いままじゃ、戦えない!」


 緑はぴしっと背筋を伸ばし、両頬を叩いて眠気を一気に吹き飛ばした。響いてくる足音の主を既に察したのだ。


   ・・・・・・どかり!  どかり!  どかり!  どかり!


「・・・・・・え・・・・・・っ? も、もう一つ、足音が!」


 緑が気合いを入れてきりっとした顔をしたのも束の間。強く重々しい足音はもう一つ、並んで一緒に近づいてくるようだ。


「・・・・・・じゃあ、私は課長会議に行ってくるから。金沢くん、あとは頼むわね」

「え? あ。あーっ。そうだそうだ。オレも確か、急な業者との打ち合わせがー・・・・・・」


 黒沼と金沢は別扉から事務室を出ていった。福島と足立は既に、会計課や他課に出払っている。


「そ、そんなぁー。まぁたこのパターン! ・・・・・・し、紫前さんー・・・・・・」

「ファイト、温田さん。あなたならきっと、大丈夫!」


 そう言って、紫前は自分のパソコンに向かって黙々と事務を進めている。


「・・・・・・はぁー・・・・・・。今朝、冷や奴じゃなくお肉でも食べてスタミナつければよかった・・・・・・」


 緑は溜め息をつきながら、渋々カウンターの方へ向かった。二つの足音は、もう、目の前にまで迫っている。


「・・・・・・よぉし! 別に、熊やライオンを相手にするんじゃないんだ! 人間。うん、人間だ!」


 両拳をぎゅっと握って、緑は口を真一文字に閉じ、気合いを入れ直した。


   どす! どす! どす!


「おぉらぁ! 温田ァ! どうなってんだこのやろう、おらぁ!」

「(ひ、ひっさびさに、来たぁ! 鬼島さんだ! 熊じゃなく、鬼だね相手は! よぉし・・・・・・)」


   どかり! どかり! どかり!


「くるぁ! 教育委員会! どうなってんだあの通学路! くるぁッ!」

「(あ、新しい人ぉ! わたし、この人は初だ! しかも、ライオンみたいな髪型だぁ・・・・・・)」


 学校教育課の窓口に現れた、久々の鬼島岩子。赤いジャージの両肩には龍の刺繍が入っており、その迫力とパワーは以前と変わらず。しかも今回は、虎の刺繍が背中に施された青いジャージを着た、鬼島同様の体格をした女性も現れた。二人の表情は、まさに怒り狂った鬼のようである。


「(お、鬼島岩子は仲間を呼んだーっ? ま、まずい! どうする、わたし・・・・・・)」


 鬼島ともう一方の女性は、カウンターを掌でばしばしと叩き、緑を威圧している。


   ばしばし!  ばしばし!  ばしばし!


「(ふぅー。・・・・・・落ち着け、わたし。・・・・・・昨日のティッシュ箱より、マシだ!)」


 緑の目が、大きくくわっと開いた。


「おぅらぁ! 説明しろや温田ァ! 通学路ぉ! 危ねぇ通学路があんだよぉ!」

「てめーが担当者かァ! 温田緑だァ? 青くせぇネーチャン、なめんなよ!」

「ま、まずは落ち着いてお話を聞かせて下さい。ええと、鬼島さんに、お客様は・・・・・・」


 緑は冷静な対応で、青ジャージの女性へ名前を伺った。


「ああァ? んだぁてめー。この(とら)(はた)りな子を知らねぇってのか! くるぁ!」

「す、すみませんねー。わたし、虎畠さんとは初めてなものですからー・・・・・・。あははは・・・・・・」

「なめてんのか、てめー。おぃ! くるぁ!」

「温田ァ! なんとかしろってんだ!」

「あ、あのぅ・・・・・・。通学路がどうとか話に出てましたが・・・・・・?」

「そうだっつってんだろ! 通学路! 給食センター横の、通学路ぉ!」

「くるぁ! なめてんのか、てめー。通学路っつったら通学路!」

「通学路のことはわかりました。それで、その通学路が、なにか・・・・・・」

「ウチの子がよぉ、あの通学路で、変質者を見たんだよ! 何とかしろや!」

「くるぁ! 通学路はてめーらの管轄だろが! 変質者ぶっ飛ばせよ!」

「へ、変質者ぁ! あ、あのー。それはもう、警察のほうがー・・・・・・」

「おい温田ァ! おめぇまさか、あの通学路は把握してんだろうなぁ!」

「通学路・・・・・・ですね。少々お待ち下さい?」


 緑はせかせかと足早に事務室内の書架へ行き、鬼島たちが指摘した通学路の載った「通学路一覧表」をカウンターに持ってきた。


「ここで間違いないんですか? その、変質者が出るって言うのは」

「ここだここ! 給食センターのとこ! 温田ァ! 見に行けよ今日!」

「え! わ、わたしが? 今日・・・・・・ですか?」

「行け! おめぇ、担当者だろ! 市民の安全を守れよ税金泥棒が!」

「くるぁ! 虎畠りな子をなめんなよ! 変質者は夕暮れに出んだよ!」

「ゆ、夕暮れ・・・・・・」

「とっ捕まえてこいや温田ァ! おめぇだから言うんだこのやろう!」

「・・・・・・へ?」

「こういう話は、温田ァ! おめぇしか聞いてくんねぇだろうがよぉ!」

「なめんなよ、くるぁ! てめー、何とかしろ!」


 鬼島と虎畠は、カウンター越しに緑の顔を睨みつけながらも、変質者を何とかしろと執拗に頼んでいる。緑は二人の圧力に屈せず、簡単に返事はしない。


「あ、あのー。さすがにわたしが変質者を捕まえるのは、違うと思いますのでー」

「あんっだと、おらぁ! ここまでこの鬼島が頭下げてんじゃねーか!」

「なめんじゃねぇぞ、くるぁ! この虎畠の頼みも聞けねぇってんかよ!」

「むっ、無理ですよぉ! だいたい、変質者って、どういう人かもわかりませんし!」

「通る女のケツを揉むんだとよ! ぶっ飛ばすしかねぇだろうが!」

「くるぁ! ウチの子、女なんだよ! 襲われたらどうするってんだよ!」

「む、むしろお二人が直接捕まえた方が、早いんじゃないかなぁー・・・・・・。あ、あはは・・・・・・」

「くそったれ! おらぁ! そんなこと怖くてできるわけねーだろが!」

「くるぁ! あぁ? 変質者だぞ! おっかねぇだろうが! くるぁ!」

「わたしはお二人の方が怖いですよぉーっ! ・・・・・・と、とにかく、わたしはー・・・・・・」

「行ってくれるって事だな! おらぁ! 温田ァ! 頼んだぞ温田ァ!」

「え! い、いやいやいやいや・・・・・・」

「くるぁ! てめーに頼んだかんな! 何かあったらてめーのせいだ!」

「え! ちょ、ちょっと! わたし、請け負ってなんか・・・・・・」


 鬼島と虎畠は般若のような顔をしたまま、緑の話を最後まで聞くこともなく帰っていった。

 紫前は、カウンターに突っ伏す緑をちらりと見てから、またパソコンで仕事を進めている。


「・・・・・・なぁんで、こうなるのー。・・・・・・はぁー・・・・・・。知らないよぉ、変質者なんてー」


 ふくれっ面をして、ふらふらと席に戻った緑は、来客対応記録の報告書をすぐにパソコンで作り始めた。鬼島と虎畠が来庁した時間、内容、今後の対応策などを、打ち込んでいる。


「(・・・・・・そうだ。・・・・・・給食センターの横って言ってたっけ。・・・・・・聞いてみるか)」


 緑はパソコンを打つ手を止め、斜め前の電話機に手を伸ばした。


   PRRRRRRRR・・・・・・  PRRRRRRRR・・・・・・  ガチャ


「〔はい。共同給食センター、所長の石島です〕」

「あ! 学校教育課の温田です。石島所長、ちょっと今、市民の方からありましてー・・・・・・」


 電話に出たのは、給食センターの石島(いしじま)(たか)(ひろ)所長だ。柔らかい口調で、緑の報告を優しい相槌を返しながら聞いている。


「〔・・・・・・大まかなことはわかった。地元駐在にも言っておくよ。ありがとうな、温田君!〕」

「い、いいえー。やっぱり危なそうなんで、すぐお知らせした方がいいかと思いまして・・・・・・」

「〔近くの小中学校にも言っておこう。こちらも、注意して見てみるから〕」

「よろしくお願いします。わたしから、課長や金沢補佐には報告しておきますのでー・・・・・・」


 電話を切った後、緑はふうっと大きく息を吐いた。「朝から疲れるー」と言いながらも、報告書をまとめ、クリップボードに挟んで「課内報告」のボックスへそれを真っ直ぐ整えて、置いた。


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