第三十九話 今夜は戦争だ!
バタバタバタバタバタ ばばばばばばばばばばばばっ!
「百束! 民自の大貫、六つ! 百束! 社共の佐藤、一つ! 百束! 邦和の・・・・・・」
ばさりばさり! どさりどさり!
「こっちもう第一氏名済んでるよ! 枚数係、よろしく! 溜まってるからなーっ!」
「疑問票あるーっ? おい、怪しいのは混ぜないでくれ! 疑問票係へ回せぇ!」
どさどさ! ばさばさ! どさささ! ばさささ!
「だから、これは疑問票からオッケー出てるやつだよ! 混ぜんな!」
「でもこりゃ、何も言われてねぇぞ! いいよもう一回聞いてくっから!」
バタバタバタバタ ばさささささ! どさささささ!
「違う! それは民自でいいんだよ! マニュアル見てみろ! 有効票だ!」
「こっちはこれでいいんか? 枚数係にもう、回しちまうぞ!」
「待ってくれってんだ! こっちもチェック早めてっからさぁ! 待て! まだ待て!」
どさどさ! ばさばさ! ばばばばばばばっ!
ざざざざざっ! ばたばたばた! どさりどさどさどさ!
開票作業は、まさに戦場。
分業によるそれぞれの係は一切のミスを許されず、スピーディーかつ的確な処理で投票用紙を扱わなければならない。
作業中は、開票立会人や警察官の目がぎらりと光り、職員が不正をしていないか、情報を外部に漏らす者がいないかなど、不審な動きがないよう全て監視されている。
バタバタバタバタバタ ずばばばばばばばばばばばばっ!
「緑! 第一氏名から来たやつ、どんどん計数機にセットして! 溜まってっちゃうからっ!」
「はっ、はいぃ!」
とんとんっ! ぱさぱさ! ずばばばばばばばばばばばばっ!
緑はまとめられた投票用紙を、専用の計数機にセットし、百枚の束を作ってゆく。一度計数機を通した束を、確認のためにもう一度通す。きちんと百枚になっていれば、クリップ止めして第二氏名係へどんどん流してゆくのだ。
「緑チャーン! 民自の大貫! 社共の佐藤! 連合の宇賀神! どんどんいくぜぇ!」
「にゃんにゃん♪ 新人みどりちゃんー? ほらほら! 邦和の国吉に、公福の・・・・・・」
足立や鳥嶋、さらに他の第一氏名係はどんどん緑たちに束を流してくる。そのスピードたるや、凄まじいものがある。
右京の横には、二百枚程度の束。緑の横には、一千枚近い束が既に積まれている。
ずばばばばば・・・・・・っ! ががっ!
「え! ど、どうしよう! 右京先輩! 右京先輩!」
「なんだ! どうした緑!」
「計数機が、その、止まっちゃって! ・・・・・・あわわわ!」
「な、なにぃ!」
六十枚程度を数えたところで、突如、緑が使っていた計数機が不具合で止まってしまった。緑がリセットボタンを押しても、優しく声をかけても、なでても、動き出さない。
「おい! 早くしろ枚数係! 第二氏名から先、止まってんぞ!」
「新人! そこに溜まってんだろ! どんどんこっちへ早く流せよ!」
隣のラインの係から、厳しい声が次々と緑の方へ飛んでくる。
「貸して、緑!」
「へっ?」
「それ! その横に溜まってるやつ! 手分けして、残った計数機でやっちゃうから!」
右京は、緑の横に山のように溜まっていたものを、同じ係の者へ分配。
「す、すみません右京先輩! わたしもー・・・・・・」
「礼とかはあとっ! じゃあみんな、これ数えちゃおう! やるよ!」
ととんっ! ぱさ! ずばばばばばばばばばばばばっ!
とんととんっ! ぱさり! ずばばばばばばばばばばばばっ!
「百束! 連合の宇賀神、五つ! 百束! 民自の大貫、三つ! ほら、次!」
「は、はいっ! おねがいします!」
右京は鬼気迫る表情で、投票用紙を数え、手早くクリップ止めして隣の係へ流してゆく。他の枚数係も、必死に数え、隣の係へ次々と束を流してゆく。
「あ・・・・・・。緑! クリップがない! 本部からもらってきてっ!」
「は、はいーっ!」
緑は正面の本部席に、クリップを取りに走った。
「も、持ってきました!」
「サンキュ!」
ととんっ! ぱさ! ずばばばばばばばばばばばばっ!
とんっ! ぱさ! ずばばばばばばばばばばばばっ!
「百束! 信和の石塚、一つ! 六十五束、端数! 連合の宇賀神、終了!」
何とか、山場を乗り切った第一枚数係。その隣では、緑や右京たちがまとめた束を、第二氏名係が再チェックを入れている。
「(わあぁ・・・・・・。ほ、ほんとにピリピリムードだ! それだけ、重要な場なんだなぁ・・・・・・)」
作業の終わった職員は、自席で静かに待機している。
開始から既に三時間半が経過。いつの間にか日付は変わっていた。
「・・・・・・こくり。・・・・・・こくり。・・・・・・はっ! い、いけない! 寝そうだった、わたし!」
「(おつかれ、緑。寝るなよぉ? ・・・・・・まぁ初めてじゃ、何が何だかわかんなかったよな?)」
「(す、すみません! ・・・・・・なんか、本当に、戦争のような感覚でしたー・・・・・・。疲れたぁー)」
緑は、イスに座ってうとうとと夢の世界へ行きかけていたようだ。
向かって座る右京は、あの鬼気迫る表情から、もとの顔に戻っていた。さすがに少し、疲れが見える感じになっているようだが。
「(えっと・・・・・・。まだ、終わりそうにないんですかね?)」
「(いま、集計係が最終の『按分』をやってるんだわ。だから、まだ時間かかるなー)」
「(あんぶん、ですか?)」
「(まぁ、簡単に言えば、同じ名字の人や名前の人の票を、均等に振り分ける作業だよ)」
「(そ、そうか。名字だけとか名前だけとかでも、有効票ですもんね)」
「(そういうこと。按分票は、めっちゃ慎重にやるみたいだからね。ま、当然だよねー)」
「(議員さんにとっては、一票でも死活問題ですもんね。・・・・・・ごくり・・・・・・)」
それから二十分ほどして、完全に集計が完了した。結果表を開票立会人全員がチェックし、まとめられた投票用紙原本は箱詰めされ、係が厳重にテープを何枚も箱に巻いて、専用の紙で包む。そして最後に、「封印」をし、選挙管理委員会専用の鍵付き倉庫へ後に保管される。
選挙管理委員の合図により、菊井がマイクを持って、アナウンスを始めた。
「・・・・・・――――開票終了しました。開票録と結果を読み上げます・・・・・・――――」
「(開票録・・・・・・かぁ。いろいろあるんだなぁ)」
「(今回、当選枠は十五名だかんな。立候補者は十八名だから、三人落選ってことだね)」
「(うわー。き、厳しい世界ですね、市議会議員ってのも・・・・・・)」
緑は何度か目をこすりながら、菊井が読み上げる内容を聞いている。
「・・・・・・――――有効投票数、五千四百二十八票。無効投票数、四百一票・・・・・・――――」
「(無効って、けっこうあるんですね?)」
「(何も書かない人もいるし、わけわかんないこと書いて入れる人もいるからねー)」
「(あ! いましたね! 疑問票係のところにあった『ギョーザ』っていうの、わたし見ました)」
「(そうそう。ウケ狙いなのか、何なのかわかんないけどさ。アタシら、笑えないからなー)」
「(開票作業中は笑っちゃダメだって書いてありましたもんね)」
どんどんと、開票録が読み上げられ、全行程終了に近づいてゆく。
「・・・・・・――――無効の内訳。白票、三百五十票。候補者以外の記載、三十五票・・・・・・――――」
そして、最後に菊井は「これで全ての開票作業を終了し、開票所を閉鎖いたします」と述べた。
その後は、開票立会人や記者が退席し、職員が全員で会場の後片付けに入る。
先ほどまでの戦争のような喧噪も消え、祭りの後の静けさのような、緩い時間が流れる。
「その開票台は、八番倉庫にしまって! そのプリンターと電話機はー・・・・・・」
菊井や選挙管理委員会の職員が、あちこちに指示を出している。それの通りに動く職員たちによって、あっという間に開票所は片付けられてゆく。
「じゃあ、緑! それラストだから! 終わったら解散するってさ!」
「はぁい! 右京先輩、了解です!・・・・・・ふぅー。えーと、長テーブルは階段下倉庫にっと・・・・・・」
緑は会議用テーブルを一人で運び、廊下を歩いていた。
「おぅす! お疲れの顔してんなぁ、新人さん!」
その時、七三分けの髪型をした中堅男性職員が、緑に笑顔で声をかけてきた。
「え! あ、お疲れ様です! えっと、確か管財のー・・・・・・」
「はっはー。いつも長谷川とのやりとりだから、名前まだ覚えてねーかぁ?」
「ごっ、ごめんなさい! わたし・・・・・・」
「総務課管財担当の、上澤優太だ。職級は主査。もう覚えたろ?」
「はい! すみませんでした。上澤主査!」
「真面目だなぁ、新人さんは。おっと、失礼。温田さんだったね?」
「はいっ! 学校教育課主事補の温田緑です!」
「俺は学教の福島や会計の鳥嶋と同期でね。二人から、君の噂はよく聞いてるよ。はっはー」
「(え・・・・・・。わたしの・・・・・・噂? ・・・・・・もしかして・・・・・・)」
緑は、上澤から目を逸らし、考え込んでいる。
「福島の奴が、『ばかやろう新人が、どーしようもねー』って、笑ってんだわ。はっはー」
「(や、やっぱり・・・・・・。わたし、やっぱりみんなから、言われてるんだ・・・・・・)」
「福島が言ってたぞ。『めげずに頑張ってやがるから、すげぇ』ってさ? はっははー」
「・・・・・・え?」
「鳥嶋も、言い回しは意味不明だけど、『みどりちゃんは、にゃらぴっぴー』だとよー」
「そ、そうですか・・・・・・。あ、あはは!」
「福島や鳥嶋だけじゃなく、総務課でも『温田君は元気でいい』って評価高いぜ?」
「へ? え? ・・・・・・で、でも、わたしって・・・・・・。皆さんからそんな評価じゃ・・・・・・」
「はっはーっ! まぁ謙遜すんな! これからも、元気でやれな! 期待してんぜ! じゃ!」
上澤はそう緑に告げて、緑の肩をばしんと叩き、笑いながら戻っていった。
緑は、何度か目をぱちくりさせ、テーブルを持ったままその場で呆然としている。
「わ、わたし、今、誉められた? ・・・・・・え? 誉められ・・・・・・たーっ?」
瞳に輝きを取り戻した緑は、弾む足取りで倉庫へテーブルを戻しに行ったのだった。




