第二十一話 緑、電機屋さんへおでんわする
「・・・・・・――――課長の指示じゃ、しょうがねぇだろうが! ・・・・・・ったく。めんどくせぇな!」
「で、でもですねぇ福島主査。サブ担当のわたし一人で、主担当抜きっていうのは・・・・・・」
「ウイーッ! じゃあ、緑チャーン。オイラと一緒に東中に行こうぜぇ!」
「ばかやろうか、おめぇは! 課長がこいつ一人でやらせろって言ったんだ。指示守りやがれ!」
「ひいぃ! 了解っす了解っす! じゃっ、緑チャン! 母校なんだべぇ? がんばれやぁ!」
「そんなぁー・・・・・・。福島主査。こういう場合って、手順はどうすればいいんですか?」
「同じようなタイプの案件が、去年までのファイルにきっとあんだろ。それ参考にしろ」
「で、でも、けっこう時間が無いみたいなんです。・・・・・・どうしよう」
「どうしようもこうしようもあるか! よく考えろ。何ヶ月ここで俺らの仕事見てんだ!」
「よく考えたけど、よくわからなくてー・・・・・・」
緑は明らかに不安そうなオーラを漂わせ、福島や足立に相談をしている。その間、紫前はてきぱきと自席で事務を進めている。
「おい、紫前! ・・・・・・一旦、手ぇ止めろ!」
「え? はい、福島主査。何でしょうか?」
「何でしょうかじゃねぇ。おまえは同期のヘマ対策、少しは考えてやろうとしねぇのか?」
「そんなぁ。わたしまだ、ヘマしてませんってば。・・・・・・対応策がわからないだけで」
紫前はすくっと立ち上がり、緑や福島の近くへ寄る。
「課長が、すべて温田さんに任せなさいと仰っておりましたので。指示通りにしようかと・・・・・・」
「・・・・・・だとよ! 以上! あとは頑張れ、新人! 俺と足立はいま、ちょっと忙しいんだ」
「そーんなぁー。・・・・・・はぁ。・・・・・・わかりました。すぐになんとかしますー」
緑は溜め息をつき、自席に戻って天井を仰ぐ。しばらく目を瞑り、ぎゅっと奥歯を噛みしめた。
「・・・・・・だめだ! うだうだしてても始まらない! やろうっと! ・・・・・・まず業者に連絡だ!」
ファイル内の業者名簿を開き、東中を担当する業者を必死に探す緑。
「(柏沼東中・・・・・・東中・・・・・・。あった! 『有限会社 東畑電機工業』の東畑さんかぁ・・・・・・)」
東中の担当業者の携帯番号を見つけた緑は、すぐに受話器を手に取り、素早く番号を押した。
PRRRRR・・・・・・ PRRRRRR・・・・・・ ・・・・・・ガチャ!
「〔・・・・・・あい。(フイーンフイーン)東畑だけど?(ガガッガガッガガッ)〕」
「あっ! と、東畑電機工業さんでよろしいでしょうか?」
「〔(ギュイーンギュイーン)そうだけど、どちらさんだい?(ガガッッガッ)〕」
「わたし、柏沼市学校教育課の温田と申します。あのー、今回お電話し・・・・・・」
「〔学校ぉ?(ヒュウゥン・・・・・・)あぁ、東中け? 北中けぇ?〕」
「へ? あ、あっ! 東中です!」
「〔分電盤けぇ〕」
「そ、そうです! なんか、今日いきなり不具合になったようでしてー・・・・・・」
「〔わかった。機械も古いかんなぁあそこは。んで、いつにすんだい? 現場見て直してみんべ〕」
「あ! ありがとうございます! できれば、今からー・・・・・・」
「〔あぁっ? 今からぁ? なんだやそらぁ!〕」
「(うあっ! び、びっくりしたぁ! またこのパターン? お、怒ってる・・・・・・の?)」
緑は唐辛子を大量に口に含んだかのような顔をして、たまらず受話器を耳から遠ざけた。
「〔あのよぉー・・・・・・。役所はいっつもこうだな! てめぇの都合ばっかだんべよ!〕」
「あ、あの。はい・・・・・・。えっと・・・・・・」
「〔去年の担当者と、ちがうんけぇ? あんたは〕」
「あ、はい! 去年の者は今年、いなくてですね。わたしは温田と申し・・・・・・」
「〔年中、ころっころ、ころっころ、担当者が変わんだなやぁ役所は!〕」
「は、はいー・・・・・・」
「〔去年のねーちゃんも、こっちの都合無視でとにかく手前勝手だったんだぞ!〕」
「そ、そうなんですか。それは失礼しました・・・・・・」
「〔去年のやつぁ、俺んちの一人息子が亡くなった日まで、無茶な電話してきやがってよ!〕」
「・・・・・・そ、そうだったんですか」
「〔そうだよ! 悲しむ暇も与えてくんねぇのけ、役所は! まぁったくよぉ!〕」
「そ、それは・・・・・・」
「〔んでよぉ、去年からずっと催促してる件は、どうなったんだや! え?〕」
「へ? 去年? えっとー・・・・・・」
「〔何度も言ってあんべよぉ! 何だや? 聞いてねぇんけ、ねーちゃんは!〕」
「も、申し訳ありません! ちょーっと、話の引き継ぎが・・・・・・」
「〔なぁにやってんだや! こっちの頼みはぶん投げて、てめぇらのことばっかりぃっ!〕」
「も、申し訳ございません!」
「〔いいや! 電話じゃめんどくせぇから、東中で現場見っとき、あんたに直接言うわ!〕」
「えっ! あ、あのー。・・・・・・はい。・・・・・・それで、東中にはー・・・・・・いつー・・・・・・」
「〔しゃぁーねぇから、夕方、寄ってやっから! いま別の現場やってて急がしいんだよ!〕」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
東畑はぶつりと電話を切った。受話器を置いた緑は、机にばたりと突っ伏した。
「(なんとか、なりそうかなー・・・・・・。それにしても、わたし知らないよ、去年のことなんてー)」
その様子を、真向かいで紫前がじっと真顔で見つめていた。




