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みどりは太陽に向かってのびてゆく  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第4章 緑と亜美香
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第二十話  お昼のおはなしタイム

   ピィーン♪ ポォーン♪ パァーン♪ ポォーン♪


「さーて。じゃあ、昼休み中にオレは課長と、県庁での会議に行っちゃうからね」

「わかりました。俺もメシ食ってきますんで、もう外に出ます」

「ウィース! オイラも、税務課の同期と、メシ行ってくるぜぇ!」


 福島と足立は、金沢に返事をすると自席を離れて昼食を摂りにいった。


「では課長、行きましょうか。生涯学習課長と文化財課長は先に出たみたいです」

「あらそう。わかった。じゃあ、紫前さんと温田さぁん? 昼当番、頼むわねぇ」

「わかりました。いってらっしゃいませ。お気をつけて」

「紫前さんと、課の安全を守りますのでお任せくださーい!」

「温田君。温田君。温田君。キミは、おとなしくしててくれな? な?」

「ええ? 金沢補佐、それってどういう・・・・・・」

「いいから、いいから! ま、午後は何も無いだろうし、よろしくな。夕方には戻るから」

「はぁい。わかりました! お気をつけて!」


 金沢は、県主催の教育フォーラム大会に係わる打ち合わせ会議のため、黒沼とともに出かけていった。


「今日は中にいるようかぁー。紫前さんとわたしだけだねー」

「そうね。隣の係も、みな、どこかに食べに行ってるみたいね」

「デビオ対策ばっちりなんだろうね。・・・・・・紫前さんは、それ、どこかで買ってきたの?」


 緑は紫前が机に置いているテイクアウト弁当を見て、にこっと笑う。


「ええ。まぁ」

「美味しそうだね! 実はさぁ、わたし、今日は妹が作ってくれたお弁当持ってきたんだー」


 そう言って、緑は持参した弁当を机に置き、蓋を開けた。

 その中には、枝豆入りのまぜご飯、厚焼き卵、餡かけ揚げ出し豆腐、海藻サラダが彩り豊かに詰められている。


「すごいじゃない! 妹さん、料理上手なんだね」

「すごいよねー。姉のわたしでも、海にはかなわないって自覚してるから」

「海?」

「あ、妹の名前。わたし、新緑の五月生まれだから緑って名前でさ。妹は七月生まれで、海なの」

「そうだったの。温田さんの名前の由来、意外なタイミングで知っちゃったわ」

「そうだね! 紫前さんは?」

「亜美香って名前の由来?」

「そう。亜美香・・・・・・って、なーんか、いいよねぇ!」

「そうかしら? わたくしは、画数が多くて嫌だったの。もっとシンプルな名前がよかったわ」

「ええー? じゃあ、うーん・・・・・・(いち)とか?」

「ちょっとぉ、温田さん! 笑わせないでよー。嫌よー、さすがにそれはぁー」

「あはは! さすがに、ダメか!」

「だめでしょぉー。シンプルすぎ!」


 緑は弁当を食べながら紫前と談笑している。庁内は節電のために昼休み中は電灯を消しているため薄暗いが、二人の会話はとても明るい。亜美香という名は、「美しさと清純さ」が由来とのこと。


「そういえばさ、聞いたことなかったんだけど、紫前さんって、何かやってたりしたー?」

「え? 何かって?」

「部活とか、習い事とかさー」

「わたくしは、部活動については、中・高・大どれも所属してませんでしたよ」

「あ、そうなんだー。けっこう、勉強に集中してたりしたの?」

「そうね。中学は海月女(かいげつじょ)学院(がくいん)中だったし、高校は()(かわ)女子(じょし)(こう)、大学も御湯(おゆ)(みず)女子(じょし)(だい)ですし」


 紫前は、手でさらりと髪をかき上げ、ふっと笑う。


「うぇ! 県内最高峰のお嬢様私立中でしょ、海月女学院中って? そこ出身なんだぁ!」

「まぁ、そうね」

「んで、県立で一番頭良い宇河女子に、超有名難関国立大の御湯ノ水ぅ? すっごいなぁ!」

「それほどでもないわよ。勉強すれば誰でも入れるでしょう?」

「い、いやいや・・・・・・。どーかなそれは。わたしじゃ宇河女子や御湯ノ水は絶対ムリ!」

「そんなぁ。謙遜しすぎよ温田さんはー」

「ほーんとだってば。紫前さんがすごいんだよー。あ、それでそれで、質問の続きー」

「続き? 習い事?」

「そうそう。部活は帰宅部でも、何か習ったりしてたの?」

「ずっとフルートとヴァイオリンをやってるの。あと、ピアノもね。日本舞踊も少々習ったわね」

「へえぇー。なーんか、せぇぶりてぃな感じだねっ! 紫前さんのイメージに合ってる!」

「そうかしら? てか、温田さん、舌が回ってないわよ。セレブリティ、でしょ?」

「そ、そうそう! わたし、英語が苦手でねー。あはは!」

「じゃあ、温田さんは?」

「へ? わたし?」

「そう。インタビュー返し。どこ出身で、何部だった?」

「わたしは・・・・・・地元の柏沼東中に柏沼高校、大学は埼玉の文科教育大の教育学部出身だねー」

「そうなのね。わたくしは同じ柏沼市でも、南部の方在住だから、東中じゃわからなかったわ」

「中学や高校が一緒とかじゃないと、同い年の市民同士でも、なかなかわかんないよねー」

「柏沼高校って確か、偏差値は県内で六番目くらいの進学校だったかしら?」

「あー。まぁ、そーなのかな? 確かそうだったかもー」

「ごめんなさいねぇ。他校のことに疎くて」

「いやいやいや。だって紫前さん、県内トップの進学校出身だし、それは仕方ないよー」


 緑はインコの図柄が入ったマグカップで、お茶を一口すすった。


「それで、温田さんは何部だったの? 習い事とかもやったりしたのかしら?」

「習い事はわたし、小学六年生まで空手習ってたんだー。中学は、バレーボール部だったよ」

「へぇ! 温田さん、意外と体育会系なのね! ・・・・・・空手は六年生でやめちゃったの?」

「やめたというか、道場が無くなっちゃってね。師範が高齢で、継ぐ人もいなかったんだー」

「そうなんだ。わたくし、空手は全然知識ないけど、確か流派とか黒帯とかがあるんでしょう?」


 紫前はエレガントな西洋風のカップで、紅茶を一口すする。


「そうだね。初段から黒帯なんだよー。わたし、高校でやっと初段とったんだけどさ」

「小学生の時は?」

「茶帯で終わっちゃったんだー」

「・・・・・・ん? 高校でまた、空手習ったの?」

「あ、そうそう。部活に空手道部があってー、そこで取ったの。一応、主将だったんだよー」

「へぇー。すごいね温田さん! 空手部! 日本舞踊みたいに、流派っていろいろあるの?」

「あるよー。わたしは、()恩流(おんりゅう)っていう流派だったんだ。早風館(そうふうかん)道場(どうじょう)っていう・・・・・・」


   RRRRRR!  RRRRRR!


「わっ! びっくりした!」

「お昼休みに電話って、驚くよね。わたくし出ようか?」

「いや、わたし出るよ。紫前さんは食べててー。・・・・・・はい! 柏沼市学校教育課、温田です!」


 突如鳴った電話。緑は受話器を取り、明るく元気よく電話に出た。


「・・・・・・はい。・・・・・・はい。・・・・・・えっ! ・・・・・・動きませんか? ええー。どうしよう!」

「?」

「・・・・・・はい。そうですね。・・・・・・はい。何とか対応を検討してみますので、少々お時間下さい」


 受話器を置いた緑は、両手を机においてがくりと頭を下げた。結った髪がゆらりと動き、襟足の髪がさらりと前へ垂れ下がった。


「どうしたの? 厄介な案件?」

「うーん。・・・・・・東中の分電盤が一部故障で、学校用の冷蔵庫と冷凍庫が動かないんだって!」

「ええ! それは大変ですわね。・・・・・・どうする? 金沢補佐に電話してみる?」

「そ、そうだね。上司には一応、伝えた方が良いよね。でも、運転中かなぁ?」

「ああ、そうね。まだ県庁には着いてないわねきっと。あ、でも、課長は大丈夫じゃない?」

「・・・・・・あー。そっか。・・・・・・課長は運転じゃないもんねー。福島主査たち、もうす・・・・・・」

「じゃあ、わたくし、すぐ電話してみますわね」

「え! もうすぐ福島主査とか足立主任も戻るから、相談してみてそれからでも・・・・・・」


   PRRRRRR・・・・・・  PRRRRRR・・・・・・


 紫前は「大丈夫よ」と緑に手合図を送りながら、黒沼の携帯へ電話をかけ始めた。


「〔はい。黒沼です〕」

「あ、課長。移動中すみません。いま、よろしいでしょうか?」

「〔どうしたのぉ? お昼休みじゃないのかしら?〕」

「そうなんですが、東中から電話があったようでして、分電盤の一部が・・・・・・――――」


 黒沼と話す紫前は、緑から聞いた状況を洩れなく伝えた。

 緑は棚のファイルを何冊か開き、やや焦りながら学校機器修繕関係の業者一覧表を探している。


「〔・・・・・・そうなんだぁ。東中、か。・・・・・・紫前さぁん。あなたが学校から電話を受けたの?〕」

「いえ。受けたのは温田さんです」

「〔どうして、紫前さんがかけてきたの? 温田さんは、何してるのかしら?〕」

「・・・・・・。・・・・・・さぁ。わたくしにはちょっと。・・・・・・捜し物をしていますね、多分」

「〔なぁにそれ? 学校の設備管理は確か、福島くんが主担当で温田さんがサブ担当よねぇ?〕」

「そうですね。はい」

「〔・・・・・・温田さんに全部任せなさい。福島くんは手伝う必要はないからって伝えておいて〕」

「えっ? しかし・・・・・・」

「〔温田さんの勉強よ。きちんと、受けたからには責任もって最後まで対応させてね?〕」

「・・・・・・はい。わかりました」

「〔よろしく、紫前さぁん。じゃ、私にはこのあとしばらく電話かけないで。出られないからね〕」

「承知いたしました。・・・・・・お気をつけて」


 声のトーンを下げ、紫前は受話器をそっと置き、電話を切った。


「ごめんね紫前さん! ありがとう! ・・・・・・で、課長は何て?」

「温田さんの勉強だから、あとは全部最後まで温田さんに任せる、って。福島主査も頼るな、と」

「ええええええ! さ、最後まで、わたし一人でやるのぉ! ・・・・・・だ、だいじかなぁ・・・・・・」


 緑は呆然として自席に座り、手に持っていたファイルの業者名簿を、適当に捲っている。

 机の端には、食べかけの弁当箱がぽつんと置かれていた。


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