第二十話 お昼のおはなしタイム
ピィーン♪ ポォーン♪ パァーン♪ ポォーン♪
「さーて。じゃあ、昼休み中にオレは課長と、県庁での会議に行っちゃうからね」
「わかりました。俺もメシ食ってきますんで、もう外に出ます」
「ウィース! オイラも、税務課の同期と、メシ行ってくるぜぇ!」
福島と足立は、金沢に返事をすると自席を離れて昼食を摂りにいった。
「では課長、行きましょうか。生涯学習課長と文化財課長は先に出たみたいです」
「あらそう。わかった。じゃあ、紫前さんと温田さぁん? 昼当番、頼むわねぇ」
「わかりました。いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「紫前さんと、課の安全を守りますのでお任せくださーい!」
「温田君。温田君。温田君。キミは、おとなしくしててくれな? な?」
「ええ? 金沢補佐、それってどういう・・・・・・」
「いいから、いいから! ま、午後は何も無いだろうし、よろしくな。夕方には戻るから」
「はぁい。わかりました! お気をつけて!」
金沢は、県主催の教育フォーラム大会に係わる打ち合わせ会議のため、黒沼とともに出かけていった。
「今日は中にいるようかぁー。紫前さんとわたしだけだねー」
「そうね。隣の係も、みな、どこかに食べに行ってるみたいね」
「デビオ対策ばっちりなんだろうね。・・・・・・紫前さんは、それ、どこかで買ってきたの?」
緑は紫前が机に置いているテイクアウト弁当を見て、にこっと笑う。
「ええ。まぁ」
「美味しそうだね! 実はさぁ、わたし、今日は妹が作ってくれたお弁当持ってきたんだー」
そう言って、緑は持参した弁当を机に置き、蓋を開けた。
その中には、枝豆入りのまぜご飯、厚焼き卵、餡かけ揚げ出し豆腐、海藻サラダが彩り豊かに詰められている。
「すごいじゃない! 妹さん、料理上手なんだね」
「すごいよねー。姉のわたしでも、海にはかなわないって自覚してるから」
「海?」
「あ、妹の名前。わたし、新緑の五月生まれだから緑って名前でさ。妹は七月生まれで、海なの」
「そうだったの。温田さんの名前の由来、意外なタイミングで知っちゃったわ」
「そうだね! 紫前さんは?」
「亜美香って名前の由来?」
「そう。亜美香・・・・・・って、なーんか、いいよねぇ!」
「そうかしら? わたくしは、画数が多くて嫌だったの。もっとシンプルな名前がよかったわ」
「ええー? じゃあ、うーん・・・・・・一とか?」
「ちょっとぉ、温田さん! 笑わせないでよー。嫌よー、さすがにそれはぁー」
「あはは! さすがに、ダメか!」
「だめでしょぉー。シンプルすぎ!」
緑は弁当を食べながら紫前と談笑している。庁内は節電のために昼休み中は電灯を消しているため薄暗いが、二人の会話はとても明るい。亜美香という名は、「美しさと清純さ」が由来とのこと。
「そういえばさ、聞いたことなかったんだけど、紫前さんって、何かやってたりしたー?」
「え? 何かって?」
「部活とか、習い事とかさー」
「わたくしは、部活動については、中・高・大どれも所属してませんでしたよ」
「あ、そうなんだー。けっこう、勉強に集中してたりしたの?」
「そうね。中学は海月女学院中だったし、高校は宇河女子高、大学も御湯ノ水女子大ですし」
紫前は、手でさらりと髪をかき上げ、ふっと笑う。
「うぇ! 県内最高峰のお嬢様私立中でしょ、海月女学院中って? そこ出身なんだぁ!」
「まぁ、そうね」
「んで、県立で一番頭良い宇河女子に、超有名難関国立大の御湯ノ水ぅ? すっごいなぁ!」
「それほどでもないわよ。勉強すれば誰でも入れるでしょう?」
「い、いやいや・・・・・・。どーかなそれは。わたしじゃ宇河女子や御湯ノ水は絶対ムリ!」
「そんなぁ。謙遜しすぎよ温田さんはー」
「ほーんとだってば。紫前さんがすごいんだよー。あ、それでそれで、質問の続きー」
「続き? 習い事?」
「そうそう。部活は帰宅部でも、何か習ったりしてたの?」
「ずっとフルートとヴァイオリンをやってるの。あと、ピアノもね。日本舞踊も少々習ったわね」
「へえぇー。なーんか、せぇぶりてぃな感じだねっ! 紫前さんのイメージに合ってる!」
「そうかしら? てか、温田さん、舌が回ってないわよ。セレブリティ、でしょ?」
「そ、そうそう! わたし、英語が苦手でねー。あはは!」
「じゃあ、温田さんは?」
「へ? わたし?」
「そう。インタビュー返し。どこ出身で、何部だった?」
「わたしは・・・・・・地元の柏沼東中に柏沼高校、大学は埼玉の文科教育大の教育学部出身だねー」
「そうなのね。わたくしは同じ柏沼市でも、南部の方在住だから、東中じゃわからなかったわ」
「中学や高校が一緒とかじゃないと、同い年の市民同士でも、なかなかわかんないよねー」
「柏沼高校って確か、偏差値は県内で六番目くらいの進学校だったかしら?」
「あー。まぁ、そーなのかな? 確かそうだったかもー」
「ごめんなさいねぇ。他校のことに疎くて」
「いやいやいや。だって紫前さん、県内トップの進学校出身だし、それは仕方ないよー」
緑はインコの図柄が入ったマグカップで、お茶を一口すすった。
「それで、温田さんは何部だったの? 習い事とかもやったりしたのかしら?」
「習い事はわたし、小学六年生まで空手習ってたんだー。中学は、バレーボール部だったよ」
「へぇ! 温田さん、意外と体育会系なのね! ・・・・・・空手は六年生でやめちゃったの?」
「やめたというか、道場が無くなっちゃってね。師範が高齢で、継ぐ人もいなかったんだー」
「そうなんだ。わたくし、空手は全然知識ないけど、確か流派とか黒帯とかがあるんでしょう?」
紫前はエレガントな西洋風のカップで、紅茶を一口すする。
「そうだね。初段から黒帯なんだよー。わたし、高校でやっと初段とったんだけどさ」
「小学生の時は?」
「茶帯で終わっちゃったんだー」
「・・・・・・ん? 高校でまた、空手習ったの?」
「あ、そうそう。部活に空手道部があってー、そこで取ったの。一応、主将だったんだよー」
「へぇー。すごいね温田さん! 空手部! 日本舞踊みたいに、流派っていろいろあるの?」
「あるよー。わたしは、糸恩流っていう流派だったんだ。早風館道場っていう・・・・・・」
RRRRRR! RRRRRR!
「わっ! びっくりした!」
「お昼休みに電話って、驚くよね。わたくし出ようか?」
「いや、わたし出るよ。紫前さんは食べててー。・・・・・・はい! 柏沼市学校教育課、温田です!」
突如鳴った電話。緑は受話器を取り、明るく元気よく電話に出た。
「・・・・・・はい。・・・・・・はい。・・・・・・えっ! ・・・・・・動きませんか? ええー。どうしよう!」
「?」
「・・・・・・はい。そうですね。・・・・・・はい。何とか対応を検討してみますので、少々お時間下さい」
受話器を置いた緑は、両手を机においてがくりと頭を下げた。結った髪がゆらりと動き、襟足の髪がさらりと前へ垂れ下がった。
「どうしたの? 厄介な案件?」
「うーん。・・・・・・東中の分電盤が一部故障で、学校用の冷蔵庫と冷凍庫が動かないんだって!」
「ええ! それは大変ですわね。・・・・・・どうする? 金沢補佐に電話してみる?」
「そ、そうだね。上司には一応、伝えた方が良いよね。でも、運転中かなぁ?」
「ああ、そうね。まだ県庁には着いてないわねきっと。あ、でも、課長は大丈夫じゃない?」
「・・・・・・あー。そっか。・・・・・・課長は運転じゃないもんねー。福島主査たち、もうす・・・・・・」
「じゃあ、わたくし、すぐ電話してみますわね」
「え! もうすぐ福島主査とか足立主任も戻るから、相談してみてそれからでも・・・・・・」
PRRRRRR・・・・・・ PRRRRRR・・・・・・
紫前は「大丈夫よ」と緑に手合図を送りながら、黒沼の携帯へ電話をかけ始めた。
「〔はい。黒沼です〕」
「あ、課長。移動中すみません。いま、よろしいでしょうか?」
「〔どうしたのぉ? お昼休みじゃないのかしら?〕」
「そうなんですが、東中から電話があったようでして、分電盤の一部が・・・・・・――――」
黒沼と話す紫前は、緑から聞いた状況を洩れなく伝えた。
緑は棚のファイルを何冊か開き、やや焦りながら学校機器修繕関係の業者一覧表を探している。
「〔・・・・・・そうなんだぁ。東中、か。・・・・・・紫前さぁん。あなたが学校から電話を受けたの?〕」
「いえ。受けたのは温田さんです」
「〔どうして、紫前さんがかけてきたの? 温田さんは、何してるのかしら?〕」
「・・・・・・。・・・・・・さぁ。わたくしにはちょっと。・・・・・・捜し物をしていますね、多分」
「〔なぁにそれ? 学校の設備管理は確か、福島くんが主担当で温田さんがサブ担当よねぇ?〕」
「そうですね。はい」
「〔・・・・・・温田さんに全部任せなさい。福島くんは手伝う必要はないからって伝えておいて〕」
「えっ? しかし・・・・・・」
「〔温田さんの勉強よ。きちんと、受けたからには責任もって最後まで対応させてね?〕」
「・・・・・・はい。わかりました」
「〔よろしく、紫前さぁん。じゃ、私にはこのあとしばらく電話かけないで。出られないからね〕」
「承知いたしました。・・・・・・お気をつけて」
声のトーンを下げ、紫前は受話器をそっと置き、電話を切った。
「ごめんね紫前さん! ありがとう! ・・・・・・で、課長は何て?」
「温田さんの勉強だから、あとは全部最後まで温田さんに任せる、って。福島主査も頼るな、と」
「ええええええ! さ、最後まで、わたし一人でやるのぉ! ・・・・・・だ、だいじかなぁ・・・・・・」
緑は呆然として自席に座り、手に持っていたファイルの業者名簿を、適当に捲っている。
机の端には、食べかけの弁当箱がぽつんと置かれていた。




