第百四十八話 ベトナム料理で、新年会?
「はぁ? 切手五十円分で、そんな絡まれ方されたの?」
右京は箸と椀を持ったまま、呆れている。
「そうなんです。まったくもって、意味不明ですよ」
「せっかくの新年ムードも、一瞬で元通りの学教に戻った感じでしたわ」
「お、温田さん、た、大変そうでした」
昼休み、緑は紫前、中谷、右京の三人と一緒に、ニョクマムにランチを食べに来ている。
「相変わらず、黒沼課長はわけわかんないなー。緑がせっかく復帰したのに・・・・・・」
「何なんですかね。まぁ、いいです。わたしは、切手の横領なんかしてませんから」
「そ、そ、そうですよ! お、温田さんは、無実です!」
「中谷さん。わたくしや温田さんがいない間、誰かあの机に切手を入れたりしてなかった?」
「い、いや、わかりません。もう、い、いろんな人があの机に物を置いたりしてて・・・・・・」
「紫前さんー。わたしの机、リハビリ勤務が始まるまで、ひどい物置状態だったんだよー」
「知ってる。けっこうな状態だったわ。わたくしの席は、中谷さんがいたからいいけど・・・・・・」
「お、温田さんの机と、ふ、福島さんの机は、いつの間にかあんな感じに・・・・・・」
「ま、今は片付いてるからいいんだけどさ。・・・・・・あ。そう言えば、紫前さんありがとうね!」
「え?」
「ポインセチアとか、こっそりとさりげなく置いてくれたよね?」
「ああ。ちょっとしたサプライズでしたの。気付いてもらえてよかったわ」
紫前はにこっと笑って、春巻きをぱくりと一口食べた。
「アタシが生涯学習課でてんてこ舞いだった頃、学教はそんな感じだったとはねー・・・・・・」
右京は牛骨スープをすすり、三人の話をじっくり聞いている。
「でも緑、注意しなよ? 黒沼課長はどんな嫌がらせをしてくるか、まだ気は抜けないから」
「心得てます。わたしはわたしらしく、真っ当にお仕事するだけです。理不尽には負けません」
「すごいわ、温田さん。なんだか、パワーアップして戻ってきた感じがする!」
「ほ、ほんとですね。温田さんが、す、すごく頼もしくて、たくましくて、羨ましいです」
「そんなことないってば。休んでる間、いろいろと視野も広がって、余裕が出ただけかもー」
「それがきっといいんだよ! 黒沼課長の毒牙にやられず、逆に、浄化しちゃえ!」
「はい! 今年のわたしは、ひと味もふた味も違いますから!」
緑は勢いよく、何個も春巻きを頬張り、ごくりと飲み込んだ。
「ハイハイー。これ、食べてミテ。お店からの、サービスだよー。おいしいヨー」
サンが、カウンターの奥から大皿に乗った料理を運んできた。オムレツのような生地に、炒めたモヤシやエビ、きのこ、豚肉などが挟まれた、彩り豊かな料理だ。
「すご! な、なんだこれ! 美味しそうだ! マジで、サービス・・・・・・でいいのかな?」
「ほんとですね! あのー、これ、サービスって言ってましたけど・・・・・・」
右京と緑は、思わず二人同時にサンの顔を見る。
「いいのいいの。新しいメニューの、テスト。バインセオって、料理ヨー」
「がはは! 温田ァ! サン店長オススメのバインセオ、うめぇぞ! 食え! 温田ァ!」
「くるぁ! こんなうめぇ料理、他にはねぇ! おらぁ! 食っちまえ、四人で!」
厨房で皿を洗っている鬼島と虎畠も、緑たちに笑顔でバインセオを奨めている。二人の口調や迫力に、中谷はぶるぶると震えている。
「店長さんのサービスじゃあ、せっかくだからご厚意に甘えて、いただきましょうか?」
「そ、そうだね。じゃあ、せっかくだし」
「そうだな。新年早々、ガッツリランチになっちゃったなー」
「わ、わ、私、食べきれるかなぁ・・・・・・」
四人はバインセオを同時にかぷりと食べた。すると数秒も経たぬうちに、八つの目が輝き「美味しい!」という声が四方向サラウンドのように店内に響いた。
「ヨカッタ! 市役所のミナサン、お正月から大変ね。負けずに、これで、元気だしてヨー」
「ありがとうございます! うん! 本当に元気が涌いてきた! あー、美味しい!」
緑はサンに向かって、にこっと笑顔を見せた。そしてまた一つ、バインセオを頬張る。
「そうだ、温田ァ! 気をつけろや! やべぇぞ! 気をつけといたほうがいいぜ!」
「・・・・・・へ? な、何ですか、鬼島さん?」
「アイチューバーだ! 迷惑アイチューバーが、また、懲りずにウロウロしてやがんぜ!」
「この店も、迷惑動画を流されてやばかったんだぞ、くるぁ!」
「アイチューバー・・・・・・。あ! 紫前さん。もしかして、それってさ・・・・・・」
「ええ。きっと、またあの『じん兵』って男かもしれませんわね」
「おぉ、そうだ! 温田ァ! あいつは気をつけろ! やべぇぞ! 迷惑野郎のくそ野郎だ!」
「わ、わかりました。・・・・・・あー。新年早々、気合い入れなきゃなんないことばっかりだねー」
「ほんとね。でも、みんな一人じゃないから。難しいことは力を合わせて解決しましょう」
紫前は、バインセオを一口食べる。右京と中谷も、同じように、ぱくりと食べる。
「(黒沼課長に、アイチューバーのじん兵・・・・・・。はぁ。壁ばっかり立ちはだかるんだから!)」
緑は、さらに食欲を増加させたかのように、目の前の料理を一気に平らげた。右京は「アタシの料理まで食うなよ!」と苦笑い。紫前と中谷は「まるで新年会みたい」と笑っている。店の隅にあるテレビには、見覚えのある役所の前で「議員の不祥事ニュース」が中継されて映っているようだ。
ニョクマムの料理でスタミナをつけた緑たちは、満面の笑みで職場へと戻っていったのだった。




