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みどりは太陽に向かってのびてゆく  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第14章 雪明かりと、雫の煌めき
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第百四十四話  笹の葉さらさら、心もさらさら

「・・・・・・ああ、市役所からの書類ですね? うん。届いてましたよ。読ませていただきました」

「な、何て書いてありましたか?」

「ちゃんと、姉のことは客観的な評価で書いてあったんでしょうか?」


 月曜日。緑は、前橋医師の診察室で、経過観察の診断を受けている。今回はまた、海も同行している。一緒に前橋医師の指示等を聴いてくれるとのことだ。


「『上司(課長)の指示を無視し、職場でも他者と関われない。復職は無理と判断する』など・・・・・・」

「そっ、そんな! 先生、わたし、指示を無視したなんて覚えありません。本当です!」

「先生。姉はそんなことをする人じゃありません。おかしいです、その所見!」


 事実と反する所見に対して、必死に緑と海は抗議をしている。前橋医師は、PDFファイル化した所見文書の画面をじっと見つめ、「ふむふむ」と一人で頷いている。


「せっ、先生! わたしは・・・・・・」

「うん。大丈夫ですよ温田さん。心配せずとも、大丈夫」


 前橋医師は、くるりと緑の方へ向き、にこっと笑った。


「書類よりも、患者である温田さんとの話を重視していますから。気にしなくて大丈夫ですよ」


 緑と海は、顔を見合わせた。


「じゃ、じゃあ先生、姉はー・・・・・・?」

「さっき、ご本人からこの三週間の様子を聞いて、完全復職可能まで回復されたと判断します」

「や、やったぁ! これでわたし、お仕事に戻れるんですね!」

「そうですね。もちろん、正式復帰して早々にハードな内容はいけませんがね」

「確かに、そうですよね。・・・・・・お姉ちゃん? いきなり飛ばすのはダメだかんね!」

「わかってるよぉ。ちゃんと、先生の指示を守って、復帰するからさー」

「復帰は、もう年の瀬ですから、年明け後の一月より正式復職可能と書いておきましょうか」

「あ、はい。お願いします。」

「わかりました。じゃあ、職場向けの診断書と、業務量配慮の指示書をまた出しますね」

「あの、先生? 一月から復帰して、元通りの業務にはどれくらい時間を要すれば・・・・・・」

「そうですね。時期も時期ですから、今年度は慣らし運転程度で考えた方がいいでしょう」

「今年度・・・・・・。三月末までかぁ。ま、そっか。確かに、いきなりハードってのは・・・・・・」

「あと、温田さん。同じストレス要因によるダメージには、最大限注意して下さい?」

「ストレス要因・・・・・・」

「温田さんの場合、業務内容よりは人間関係のストレスが要因となっていましたね」

「そ、そうですね。はい・・・・・・」

「リハビリ勤務から、正式復職するわけですから、心の『しなり』は作っておいてください」

「心のしなり・・・・・・ですか?」

「しなり、かぁ・・・・・・」


 緑と海は同じようなポーズで考え込んでいる。


「固い樹木は強風による圧力で折れます。しかし、竹はそう簡単に強風でも折れませんよね?」

「あ、そう言えば。そうですね!」

「確かに。竹って台風とかでさえ、さらさらと風をうまく受け流す感じですね!」

「七夕の歌にあるような、笹の葉さらさらな感じだよねー」

「お姉ちゃんは、真っ向からガチッと真面目に勝負しがちだから、大切なことだよね!」

「そうです。心も同じで、逃げ場無く固めてしまうと、ストレスに非常に弱い状態になります」

「あの、先生? わたしの心を『笹の葉さらさら』な感じにするには、どういう・・・・・・」

「心のしなりは、要はストレスを緩和するためのテクニックです。そうですねぇー・・・・・・」


 前橋医師は笑顔で、緑へのアドバイスを続ける。


「やはり、一つの事柄に囚われないのが大切かもしれませんね」

「一つの事柄・・・・・・。『こうすべき』とか『こうでなくては』みたいな?」

「そうです。『AがダメでもBがあるから気にしない』とか『人生終わるわけじゃない』とか」

「お姉ちゃん。いま先生が言ったこと、すっごく大切だね! 確かに、そうだわ」

「そうだね! ほんと、そうだよ。理不尽な圧力かけられても、殺されるわけじゃないんだし」

「そうです。そういう、良い意味での『大雑把さ』が、ストレス緩和には必要なんですよ」

「わかりました! よーし、わたし、明日から大雑把に生きるぞー」

「お姉ちゃん、そうじゃないんだってば。まぁ、わかってるんだろうけどさ」

「だーいじょぶだって! ・・・・・・先生? あと、苦手な課長と対峙する時のコツなどはー・・・・・・」

「対人ストレスによる場合は、その相手の言動の内容を見極めて選別することも大切ですね」

「言動を選別・・・・・・ですか?」

「自分にとって本当に必要なものか、嫌がらせや不必要なものなのか選別するということです」

「なるほど。・・・・・・確かに、嫌な相手でも、応対する必要があることも多いですもんね」

「あたしも、それはあるなぁ・・・・・・。なるほどー。全部拒否るわけにもいかないもんねー」

「ただ、必要なことだけ応対するのも疲れますから、しなりが必要になってくるわけですね」

「なるほどー。心が『疲れるー』ってなる前に、力を抜いてしまうってイメージですかね?」

「お、勘がいいですね。まぁ、そんなところです。心の力を抜けば、疲労度も減りますから」


 緑と海は前橋医師の指導を、その後も真剣に聴いていた。

 次回は、正式復帰して一ヶ月後の二月六日に最終経過診断をし、問題なければ診察終了になるとのこと。前橋医師は緑に「無理せずお大事に」と笑顔で告げた。

 緑と海は声を揃えて「ありがとうございます」と言って、診察室を出た。


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