第十三話 緑 VS 鬼島! ラウンド2!
ぽたり ぽたり・・・・・・
黒く艶やかな緑の襟髪から、汗が数滴、ぽたりと落ちた。
「(やっばいなぁ! どうする、わたし! 鬼島岩子が現れた。緑はどうする!)」
「おめぇが温田って女か! 給食費、さげんの決まったんだよな!」
「(逃げる。・・・・・・いや、逃げられない。・・・・・・道具。・・・・・・何を使うっていうの?)」
「おい温田ァ! 聞いてんのかこのやろう! どうなんだよッ!」
「(防御。・・・・・・いや、やられるな。・・・・・・スーパー緑に変身。・・・・・・何よそれ)」
「去年までの担当者より頼りねぇ感じだな! どうなんだ、給食費!」
「(どうしよう。・・・・・・いや! 藤野先輩に教えてもらったことを、活かすしかないっ!)」
鬼島と目を合わせずに緑は黙って頭を下げていたが、一気にかっと瞳を見開き、顔を上げて目の前の相手と向かい合った。
「お! やっと顔上げやがった! がはは! さげんだよな、給食費!」
「鬼島さん! 申し訳ありませんが、それはできませんっ!」
「あ? あんっだとぉコラァ! てめぇ、話が違うだろぉが!」
鬼島はカウンターをばしんと強く手で叩き、緑へぐいっと顔を寄せ、威嚇する。
「話が違うも何も、わたしは最初から、鬼島さん宅の給食費を下げることは言ってません!」
「言ったろうが! おめぇ確かに『わかりました』って言ったろうが!」
「何度も申しますが、わたし、了承はしてません」
「こんっのやろう! ウチの子はあんな不味ぃ給食、食えねぇの!」
「申し訳ないですけど、それも鬼島さんの主観じゃないですか。ですから、対応はできません!」
「だったら差別になるよな! ウチの子だけ給食を食えねぇなら差別だ」
「差別ではありません。わたしは、なぜ鬼島さんのお子さんが給食を食べないのかは・・・・・・」
「なめんな温田ァ! ウチの子はじゃあ、別メニューにしろ!」
「で、できません!」
「なんだと! 嫌いなモン食って死んだら、責任とれんのか!」
「だ、大丈夫です! アレルギーならともかく、好き嫌いだけで死ぬことはほぼないです!」
「ふざけんなッ! 調子こいてんじゃねぇぞクソ女! あぁ?」
「ふ、ふざけてません! 鬼島さん。これ以上理不尽な要求は、こちら側は一切聞けません!」
「てんめぇッ! 『給食費をさげる担当』って電話で言ってたろ!」
「へ? わたし、いくらなんでもそんなこと絶対に言ってないです!」
「おい温田ァ! 自分で言ってたんだよ! 温田です、ってなァ!」
「そんな! 言ってませんってば! 鬼島さん。いい加減にして下さいっ!」
「いい加減にしてほしいのはこっちだこのやろう! 言ったくせに!」
「(ど、どういうことなの? この人、何言ってんだろう? えーい・・・・・・)」
緑は、奥歯をぎりっと噛んでから、軽く深呼吸した。
「鬼島さん。とにかく、お宅だけ特別扱いでということはできないんです! ご了承下さい!」
「詐欺師女がッ!」
「詐欺じゃないです。どう言われても、要求される給食費の対応はできません!」
「ふっざけんじゃねぇッ! 話になんねぇ!」
「申し訳ございませんが、無理なものは無理なんです!」
緑はとにかく、気圧されそうなほどの圧力を放つ鬼島に、毅然とした態度で立ち向かった。
鬼島はしばらく大声で緑を罵倒したが、エネルギーが切れたのか「もう帰る」と言ってカウンターを最後に一発ばしんと叩いて帰っていった。
そのやりとりが窓口でされていた後ろでは、紫前がカチャカチャとパソコンのキーボードを叩きながら、真顔でディスプレイを見つめていた。
「ふ、ふうぅー。・・・・・・な、なんとか、しのいだぁーっ!」
緑は大きく息を吐き、鬼島との激論バトルを終えた疲れで、カウンターに突っ伏した。隣の係欄にいる男性若手職員は、緑へ細やかな拍手を贈っている。
「し、紫前さんー。・・・・・・なんとかわたし、鬼島さんの猛攻に耐えたよぉ!」
「そう。よかったね温田さん。終始、給食費は下げないことに意見を曲げず、戦ってたわね」
「だって、わたし本当に、了承したなんてひとっことも言ってないもん!」
「よく頑張ってたじゃない」
「ま、まぁ何とかねー。ところでさぁ、あの人、ちょっと大丈夫なんかなぁ?」
「え? なにが?」
「わたしが『給食費をさげる担当』って、電話で言ったんだって。言ってないよ、そんなこと」
「まぁー、よくある勘違いとかなんじゃないかしら?」
「勝手な思い込みってやつー? あー。迷惑だよ本当にそういうのー・・・・・・」
RRRRRRR! RRRRRRR! ・・・・・・ガチャ!
「はいっ! 柏沼市学校教育課、温田です! ・・・・・・え! あ! 藤野先輩ぃー・・・・・・」
「〔金沢補佐に用事なんだけど。・・・・・・って、緑ちゃん、声がだいぶ疲れてんね? どしたの?〕」
「藤野先輩にいただいたアドバイス、さーっそく、役に立ちましたぁ。わたし、毅然と・・・・・・」
緑は藤野へ鬼島との内容を簡潔に伝えた。それを聞いた藤野は、電話越しに笑って「今日は祝杯だね」と緑の健闘を讃えていた。
紫前は真顔でパソコンのディスプレイを見つめ、緑の電話は気にせずに業務に集中している。




