5.大精霊ウンディーネ
グッと手の平に力を込める。
呼びかけて応えてくれる可能性は、少ない。
でももし私が大聖女で、アランが言ってたことが本当なら…。
すっと目を細め、静かに息を吸い込む。不思議とそれだけで周りに風が吹き、空気が澄んでいく気がする。
私の行動を見ていたリーシュは、その表情を驚きで満ち溢れさせ、慄きとともに一歩後退りした。
「ま、まさか…!精霊を呼ぼうというの…!?」
ご明察。
「…『精霊よ。我が呼びかけに応えこの場に顕現せよ。我が名はセシル・エリシェタ』」
ただし、呼ぶのも初めてだし呼びかけのセリフもよくわかっていないけど。
両手を開いて宙に浮かべる。
お願い、これであってるかわからないけど、どうか応えて。
そう胸の内で祈る。
…しん、とあたりは静まり返った。
私の前に…精霊は現れない。
沈黙を嫌うように焦った声でリーシュは笑い声を上げた。
「な…何よその召喚呪文も使わない呼びかけは!やっぱり貴女、記憶を無くして精霊の呼び方も忘れたのでしょう!?精霊は精霊言語でしか呼ばれなくて、しかも無闇に手を貸したりしないわ!それこそ大聖女でない…限り…」
「な、何よこれ!?」
リーシュはその視線を外へと向ける。外は晴れているにも関わらず、突然雨が降り始めていた。細かい霧のような優しい雨が、光を受けて虹色に輝いている。
「これって…」
『手を下げないで』
「!」
思わず下げそうになっていた手に力を込める。どこからともなく聞こえてきたその声は、耳元で優しく笑った。すると、暖かな気配が、私の手にその手を重ねたかのような感覚がする。
『そう、高く手を掲げて、ここに貴女がいると示して。そうすれば、精霊も貴女の存在に気づくわ』
窓の外から、その雨は部屋へと入り込み、霧状になって私の周りにまとわりつく。まるで何かを確かめるかのように、霧は渦となり、何度も私の周りを浮遊していた。
『ふふ、貴女に会いたがっているわ。さあ、その名を呼んであげて』
名前?でも私、精霊の名前なんて…。
『瞳を閉じて。あの子の方から教えてくれてるはずよ』
その優しい声は私の心を読むかのように、そう答える。
私は言われるがまま、目を閉じた。
あ、本当だ…聞こえる気がする。
「『ウンディーネ』」
思うより先に口が動いた。するとその声に反応した霧が、手の平に集まってくる。それはやがて人の形を成し、大きさも人の背丈まで大きくなっていく。最後には見上げるほどになった。それは私の手のひらの上に浮かび上がるようにして、美しい女性の姿を形作っていった。その形は水のように透明で、常に形を変えながら、まるで水面のように波打っていた。
「あなたが…ウンディーネ?」
『えぇ。そうよ。愛しき隣人』
その女性の声はまるで水の中で聞いた音のように揺らめいていた。それでもはっきりと言葉を聞き取ることができるから不思議だ。
女性は私の方を覗き込んでいたが、ふと周りを見回して、私以外の人物たちと目が合うと、少し考え込む素振りを見せてから、ゆうらりと笑った。
『水の精霊ウンディーネ、大聖女様の呼びかけに応え顕現致しましたわ』
その場で優雅にお辞儀をしてみせた。
『と、答えるべきなのでしょう?』
それからぷくぷくと笑い声を上げると、その場でくるりと一回転してみせた。
「応えて…くれた…!」
思わず声をあげて喜ぶと、耳元でくすりと笑い声が聞こえた。はっとして振り返るけど、そこには誰もいなかった。
今のは一体…。