4.悪役令嬢との対面
リーシュ嬢参上。
「だから、セシル姫はまだ目を覚ましたばかりで…!」
「あら!大聖女様たるセシル様が御身を患うはずありませんわ!生きていらっしゃるのであれば神からご加護を賜わうのですから。御面会くらい許されるのではなくて?」
「でも、魂の核の破壊の影響で記憶も曖昧で…」
「まぁそうなんですの!?だったら尚のこと早く会ってお話ししてあげなくては、きっとご自分の立場についてご存知でないでしょうから、教えて差し上げますわ」
「あぁもう…!」
そんな声が廊下から聞こえてくる。ついにきたみたい。
その扉をメイドは恐る恐る開けると、圧倒的な存在感を放つ女性と目が合った。
金髪をツインテールにして毛先を巻紙にしている。赤い瞳を携えた彼女は、その整った顔をニヤリとした笑みに変えた。
「ご機嫌よう。リーシュ・リッテ・フォン・アルグレッテと申しますわ。此度は突然の訪問をお許しくださいませ」
どこから出したのかセンスを片手に口元を隠して、目を細めて笑っている。
「まぁセシル様!もう起きていて大丈夫ですの!?魂の核を破壊されたとお聞きしましてよ?」
「えっと…」
ぐいぐいくるなぁと思わず苦笑してしまう。そんな私の様子も意に返さず、リーシュはふふふと笑う。
「そうですわ、セシル様は大聖女様でしたわ!あれほどの重体から回復されるなんて本当に素晴らしいですわ!」
「ええと…」
「もちろん、今も聖女様としてのお力は使えるのですのよね?」
来た。やっぱり直球で尋ねてきた。
私は何も言わず首を振った。それにアランが言葉を添える。
「……セシル様は核を破壊された影響で魔力がなく、回復魔法等は使えないと…」
「あら、私はいつ貴方に話しかけたかしら?」
リーシュはアランに鋭い視線を向ける。打って変わって冷ややかな態度。リーシュは完全にアランのことを目下に見ていた。どうやらアランがウィリアムと双子であることはリーシュは知らないようすだった。そうでなければ、アランに対してそんな話し方をしないだろう。
「…失礼いたしました」
「ええ、本当にねぇ」
深く頭を下げるアランに、リーシュは笑いながらそばへ歩み寄ると、その扇子でアランの頬を叩いた。
「ッ!」
乾いた音とともにアランの頬が腫れ、装飾部で傷がついたのか線状に血が滲んでいた。
「ちょっと…!」
「あらまぁ大変!怪我をしてしまいましたわね!さぁ大聖女様、早く治して差し上げて」
「それは今貴女がアランを…!」
そういうと、その視線がこちらに向きギロリと睨まれる。
「あらあら、どうかなさいまして?この方は勇者パーティを半壊させて魔王軍に破れるきっかけを作った張本人ですのよ。これくらいの仕打ち、優しいくらいですわ。まだのこのこと『大聖女様』のおそばにいらしたのですね、図々しいこと」
「……………ッ!」
「セシル様」
思わず怒鳴りそうになった私をアランの声が止める。アランは静かに、ただ深く頭を下げたままだった。
「…リーシュ様の仰る通りです。」
「あら、聞き分けのいいのね。そういう人は嫌いじゃないわ。私の護衛騎士になったのなら、可愛がってあげてもよろしくてよ」
「………………」
アランは何も言わない。歯噛みして、言いたいことを抑え込んでいる。
もどかしい。この状況で私は何もできていない。
違う。冷静にならなきゃ。アランも言っていた、私に対して不躾な態度を取ると…。きっと私に直接当たれないから、アランにぶつけているんだ。私が大切な物に手を出されて、怒ると思って。
なんてずるいの。そしてなんて、なんて典型的な悪役令嬢なの!
「…アランは私の騎士です」
静かにそう告げれば意外そうな反応をしてリーシュは笑う。
「あら、そうでしたわ、『まだ』貴女の騎士でしたわね」
リーシュはくすくすと笑っている。前言撤回するつもりはなさそうだ。
「この程度の傷も治して差し上げてられないのであれば、セシル様?貴女こそこの場にいるのに相応しくないのですよ?」
「…貴女も聖女なら、彼の傷を治してあげればいいでしょう」
「まぁ!ご存知でしたの!えぇ、えぇ、私も聖女。もちろん傷を治すのは簡単ですわ」
そういうと、リーシュは空中に円を描くような仕草を見せ、呪文を唱える。
「『イルレスウ・クラエラ・アルグレッテ』…癒しの力を彼のものに」
リーシュの指先は緑色に光り輝き、その光がアランの頬へ移ると、ゆっくりと傷口は塞がってゆき、腫れも引いていく。
「…すごい」
この世界で見た初めての魔法に思わず固唾を飲んでしまう。たしかに先祖直系の聖女と言われるだけあって、回復魔法はお手の物らしい。なんなく彼の傷を治したが…。
(………?額に汗が…)
魔法を使ったリーシュの顔には汗が滲んでいた。
「ほら、簡単に治りましたわ」
肩で息をしながらリーシュは誇らしげに胸を張っていた。よほどさっきの魔法で体力を消耗したんだろう。まだ汗が引く様子もない。
簡単、という割にはすごく疲れているような?
「この力を見染められて、私は貴女の後継として勇者パーティに聖女として呼ばれていますのよ!」
「……そう」
「だから、魔法も使えない貴女に出る幕はありませんわ」
ずいっと、近寄られて、間近で見下される。
「さっさと荷物をまとめてここから出て行って?近くにいい療養所を知っておりますの。そこでゆっくりご療養されてよくってよ。貴女の代わりに私が聖女としての役割を果たしますから」
さぁ、と念を押すように微笑まれれば、なんとも憎らしい笑み、と怒りを覚える。けどここで事を荒立てれば、彼女の思う壺なのだろう。錯乱して手を挙げた私は精神的疾患がある等難癖つけられて病院送りに違いない。
落ち着け。落ち着いてアランの言ってた事を思い出すの。
「そんな言い方は…!」
言いかけたアランの方へ手を向け制止する。今、アランが何を言ったところでリーシュは聞く耳を持たない。
私が応えるんだ。
「…私にもできることはあります」
「へぇ?」
真っ直ぐに瞳を見つめ返せば、リーシュは意外な反応だったといいたげに片眉をあげる。
「魔力もない貴女に、回復魔法も使えない貴女に、一体何ができるというの?」
「それは…」
ここから仕返ししていきますよ。