3.セシル・エリシェタは大聖女
セシル・エリシェタ…それが私が転生した大聖女様の名前らしい。
先ほどから会話等に齟齬がないことからもこの国の言語理解については問題ないみたいだ。元々の体の持ち主と記憶の共有がされてるのかもしれない。ただ、アランが話した『大聖女の最後』についての記憶はなくて、聖女の知識や国の歴史についても記憶が曖昧だった。アランは「魂の核の破壊によって記憶が混乱していると思われます。そもそも魂の核の破壊からの蘇生は前例の無い出来事ですから、何が起きても不思議じゃありません」と話してくれた。
ベットから起き上がり、アランの手を借りて鏡の前へ立つ。中世のドレスを思わせるようなフリルのついた裾の長い衣服に身を包んだ私は、やはり前世の姿とは異なった姿をしていた。
サラリと長く伸ばされた銀の髪、翡翠の瞳、歳は同じくらいらしいけどずいぶんと大人びて見える。思わず鏡に手を伸ばして見惚れてしまった。
…これが私、セシル…。
「メイドを呼びましょう。御支度が必要でしょうから」
アランとウィリアムはお互いに頷くと、アランがメイド達を連れてくる。そしてアランとウィリアムが部屋を出て行くと、メイド達は一斉に私の身支度を始めた。それはもう目にも留まらぬほど、手慣れた職人の技だ。私は言われるがままなすがまま、あっという間に支度が整えられた。
銀の髪をハーフアップにして、飾りをつけているメイドにちらりと視線をやる。
「?なんでしょうか大聖女様」
「えぇと、私はいつもこのような格好をしてるんですか…?」
「ええ!そうですよ!」
「そう…」
眩いほどのメイドの笑顔に圧倒される。着せられたドレスは少し窮屈で、特にお腹の当たりをコルセットで締め付けられて少し苦しい。これでも緩めにしておきますねと言われたのだから、これ以上キツくなる時があると思うとゾッとする。
ただ、袖も長く、肩口もレースで覆われていて肌が隠れるようになっていて、それは少し安心した。
身支度を終えると、メイドに呼ばれたのだろうアランが部屋に戻ってくる。
「あぁ、聖女様…またそのお姿を見ることができて、本当によかった…」
瞳にまた涙を滲ませるアランにあたふたしてしまう。
「な、泣かないでください…、あ、そういえば、ウィリアム王子は?一緒じゃなかったんですか?」
「王子は今リーシュ様とお話しされています。どうしても貴女様に会わせろと聞かないもので」
お話という名の時間稼ぎです。と告げアランは愉快そうに笑う。よほどリーシュ様というひとはウィリアム王子にご執心らしい。
厄介なことをさせてしまったと心の内で手を合わせる。
「では聖女様…」
「待って。お願いですから名前で呼んでくれませんか」
「そ、そんな!恐れ多い…!」
「でも、聖女様と呼ばれると私自分の名前を中々覚えられないんです」
「………そういうことであれば……」
私の提案にアランは心底心苦しそうに渋々頷いた。そんなに難しいことを頼んだつもりではなかったのだけど、彼の忠義に反することだったようだ。けれど私の頼みであれば断れないのか、最後には折れてくれる辺り、本当に私のことを慕ってくれているのがわかる。
「ではセシル様、これからお会いするリーシュ様についてですが…。彼女は少し、いいえ、貴女に対して不遜な態度を取る可能性が高いです。そこはあらかじめ心構えをしておいてください」
「わかりました」
そしてリーシュはセシルのことがよほど嫌いなのね。アランにここまで言わせるんだから。
「おそらくリーシュ様は『大聖女である事実』の確認としてなんらかの証明を求めてきます」
「証明…でも魔法は使えないのですよね」
「ええ、その件は私の方から説明させていただきます。けれど納得はされないでしょう。ですから、…不確定ではありますがもう一つの方法を試してみましょう」
そうしてアランに説明を受けている最中、突然扉が開き、慌てた様子のメイドが入ってきて告げる。
「すみませんアラン様!リーシュ様がお待ちできないとこちらに向かっております!」
ウィリアムでも止められなかった御令嬢のリーシュが、メイド達の注意を跳ね除けこちらに向かってきていた。
前置きしてしまいましたが、次こそリーシュ登場です。