2.金髪の王子と黒髪の騎士
「…姫?」
私が首を傾げそうになるところで、金髪の青年は飛んでくる勢いで私のそばにくる。
ずい、と間近で見つめられて、あまりの眩さにクラクラする。登場してくる人物全員顔が良い。心臓には悪い。
「あぁ、姫…!よかった、本当に目を覚ましたんですね。知らせを聞いて飛んできたんですよ!」
姫、と呼ぶその人は金髪碧眼、襟足で短く髪を整え、サラサラの髪を横に流している。身なりからして身分の高い人だろうけど、この人は一体…。そしてなんで私を姫呼び?
助けを求めてアランの方を見れば、アランは居住まいを正し、立って敬礼していた。一瞬の出来事だったのに一矢乱れるようすもない。流石護衛騎士。
アランは顔を伏せたままで、静かに声をかけてくる。
「…ウィリアム王子。聖女様は核を破壊された影響か記憶の混乱が見られます」
「そう、か、そうだったな。すまない姫。目覚めたのが嬉しくてつい…驚かせてしまったかな」
ウィリアム王子と呼ばれたその人はパッと離れて人当たりのいい笑顔を浮かべる。次の登場人物は王子か…だけど悪い人ではなさそうかな。
「いえ、こちらこそごめんなさい。貴方のことも覚えていないんです」
「あぁ、そうだね、自己紹介するよ。僕はウィリアム、ウィリアム・クライス。このクライス国の第一王子だ」
ウィリアムはそういうと少し節目がちに私を見る。
「そして…姫、君は僕の婚約者だ」
「婚約者」
「そう、次期国王になる僕の婚約者、つまり姫君なんだよ」
え、私もう婚約してたの?
いや違うか。この世界では私くらいの年齢だともう婚約者がいて当たり前なのか?そもそも私はこの世界で何歳なんだろう。転生前は16だったけど…。
それにしても王子が婚約者って、それはまた大変そうな…。
「…といっても側姫といって、正妃は別にいるんだけどね。僕らクライス家は聖女を側姫として迎えることで聖女を守り、また国のために聖女の力を借りることで王家となった一族なんだよ。だから聖女を守るために王国騎士団の一人であるアランを姫の専属の護衛騎士として派遣してる。ようはアランの上司と言ったところか。」
ウィリアムは話しながらアランに視線を向けるけど、アランは目を伏せるだけで会話に参加してこない。それでもウィリアムは楽しそうに話しかけるし、まるで私を通してアランと話しているみたいだ。
…なんだろうこの感覚。
話を聞きながら私はふと二人の顔を見比べていた。金髪碧眼の王子、黒髪青目の騎士…一見似ているところは瞳の色しかない。背格好も違えば姿も立ち振る舞いも全然違う。
それなのに二人の存在は等しく、近く感じる。王族の騎士という関係以上に、もっと強固な繋がりを感じる。
「…二人は兄弟なんですか?」
ふと疑問を口にしたところ、二人の注目を浴びることになった。
「…………」
「…………」
そして二人とも黙り込んでしまう。
そんなにまずい質問だったかな。
「えっと、なんか二人の雰囲気?というか空気感が似ている気がして…勘違いだったらごめんなさい」
咄嗟に謝ると、二人は顔を見合わせたあと、ふっと嬉しそうに笑った。あ、やっぱりそうだ。この二人笑った顔が似ている。
「やはり貴女は聖女様だな。二度も見抜かれることになるとは」
そう言ったのはウィリアム王子だ。どこか私のことを敬うような、優しい眼差しを向けてくれていた。
「私とウィリアムは双子なんですよ」
そう言ったアランは敬礼を解き、そう説明してくれる。
「そう、ウィリアムはアランだしアランはウィリアムなんだ」
「…?」
「私達はちょっと特殊な立場…といいますか、すみません、話すと長くなるんです」
アランとウィリアムは私をみて悪戯っぽく笑ってみせた。その笑い顔が本当にそっくりで、双子と言われて納得する。
でもウィリアムが王子ならアランも王子じゃないのかな?なんで騎士なんてやってるんだろう。
「でも、私とウィリアムが双子だと言うことは秘密にしておいてください。事情があって隠しているんです…それもまた今度説明させてください」
「わ、わかりました」
私がうなずくとアランはほっとしたように頬を緩め、お礼のように深く頭を下げて敬礼してくる。
「じゃー隠すことはないな。アル、上の連中はもう聖女様が目覚めたことを嗅ぎつけてるぞ」
「あれだけ多くの人の前で目覚めたんだ。どれだけ箝口令をしいても隠し通すのは難しいだろう」
「そしてリーシュ嬢が噂を嗅ぎつけてなんとかして会いに来ようとして、今入り口で止めてるとこだ」
「…それは非常に厄介ですね」
アランはその顔をこわばらせる。その一方でウィリアムは椅子に座り込み、うんざりとした様子で顔を上げていた。
「何故先にそれを言わないんですかウィル」
「だから今いったろ、アル」
いつのまにか二人は愛称で呼び合っていて、仲の良さが伺える。しかし当人達は今直面してる問題を前に頭を悩ませているようだった。
アランは首を縦に振ることはなかった。何か納得いかないことがある、と言いたげに。
ふと、その視線が私に向いて、少し遠慮がちに話し始める。
「…リーシュ様は代々聖女が生まれた家系…純血派貴族と呼ばれていて…リーシュ様はその家家系に生まれた聖女様です。もし貴方様が大聖女様でなければ、次に側姫に選ばれるはずだった方です。なので…その、申し上げにくいのですが」
「あまり私のことをよく思っていないんですね…」
私の返事にアランは言葉をなくし、沈黙という肯定を返した。
リーシュ…この世界の聖女様か。本当ならこの世界の聖女について詳しく教えてほしいくらいだから仲良くしたいところだけど、今の話じゃ無理そうかな。
「おそらくリーシュ様がここに来られたのは貴女様に聖女の力がまだあるのか、確認に来られたのだと思います」
「私の聖女の力…ですか」
「そう、もし聖女の力がなければ、姫は王家にも側姫として認められず、リーシュ嬢に地位を奪われる可能性がある」
「なら、聖女としての力を示せばいいのですね」
ぐ、と拳を握りしめると、二人の驚いた顔がこちらに向いた。
使ってみたかったんだ、聖女の力。一体どんな魔法が使えるのか、楽しみで仕方ない。
その一方でアランはその表情を曇らせていた。
「…私は目の前で貴女様の魂の核が破壊されるのを見ていました。魂の核とは魔力の源です。それが破壊されれば…誰だって魔力を失います」
「そうなの!?」
思わず声をあげてしまった。アランは申し訳なさそうに目を細め首肯する。
「そもそも魂の核は命に等しく、破壊されれば人は死にます。貴女様が生きているのが不思議なくらいです。まさしく神の加護がなければ…そう、何度も説明しているのですが聞き入れてもらえず」
「そんな…じゃあどうすれば」
「まだ方法があります」
アランは私の目を見つめる。その瞳は何か迷いを含んでいた。
「ですが…」
「やります」
「え?」
「私にできることであれば、とにかくやってみます。今この国にはきっと大聖女が必要なんでしょう?」
ちらりとウィリアム王子を方を見れば、ぎょっとした顔をしていた。おそらく心中を言い当てられて驚いているのだろう。
「魔王軍との戦いで大聖女率いる討伐軍は一度撤退している…ならば人々は魔王軍の脅威に晒されていて、再び倒しに行かなければならない。けれどアランは『聖女様なくして魔王軍に立ち向かえるはずがありません。』と言ったので、それだけ聖女には討伐において重要な役割があると推察します。ウィリアム王子がここに来られたのも、私が聖女としての力があるかどうか、確かめるためですよね」
「…………あぁ、そうだ」
ウィリアム王子は何か口にしかけたが、隠すのは無理と思ったのか、素直に頷きを返した。
「もし私の役割が他の方にお譲りできるのなら、お譲りするんですけど…」
そこでアランの方を見れば、ポカンと口を開けたまま私の話を聞いていた。ハッとして、問いかけの意味に気づき、慌てて首を振る。
「いいえ!いいえ!大聖女様はこの世でただ一人、貴女様だけです!他のものになど、務まりません!」
「…わかりました。なら、私もできる限りお応えするようにします」
それでいいですか?と尋ねれば二人は同じタイミングで首を縦に振った。
「なんというか…姫様は聡明でいらっしゃる。本当に記憶をなくしているのか?」
「ええ、全然…なので教えてください」
これくらいの読解なら、前世で本の虫してたから全然わけない。推理小説より簡単だ。
だけどまだわからないことが一つだけある。
「私の名前は何て名前なんですか?」
この登場人物達は私のことを敬称で呼ぶので、私の名前が全然わからなかったんだ。
私の問いかけに二人はぴしりと動きを止め、そのあとお互い顔を見合わせると困ったように笑った。
次はリーシュ嬢登場。