アオガミ様
夏休みに学生がする事と言えば色々とある。
学問に励む、労働に勤しむ、遊び尽くす、暇を満喫する、と、まぁ大雑把に上げた例だけでも沢山ある。
僕の場合はその中の「暇を満期する」を予定していたわけだけど、どうもちょっとした野暮用というか、トラブルが生じてしまい……
……「幽霊と神様ん家訪問」という夏休みの過ごし方は、つい昨日までは予定していなかったハズなんです……。
「……はぁ……。」
今日何度目かのため息を吐き、僕は歩きながらうなだれる。
夏の太陽が元気溌剌と自己主張している朝と昼の境頃の時刻。
僕と幽霊――玲は、九十九神社へと続く長い石段を登っていた。
石段を登る僕の歩が鈍くなったからか、元気に先を登っていた玲が振り返って僕を見る。
「どーしたんですかクロ~?疲れたんですか~?」
そう気を使った言葉を僕にかけ、僕がいる石段まで駆け降りて来る玲。
僕の側まで駆け寄ってきた玲を見て、僕はちょっと自分を情けなく思う。
「……幽霊なんだから、わざわざ"脚で"登る必要ないんじゃないの……?」
昨日僕らに見せたみたいに、フワフワと宙に浮いて登ればいいのに……
「いえいえ、こうしてちゃんと登ることで自分がまるで生きてる気分になるんです!」
「……へぇ、凄いね……。」
今日の太陽のように、心が眩しくて直視できない幽霊だった。
しかし……昨日は僕、この石段を走り登ったんだよね……。
あの時は鈴の音に引き寄せられた……というか、不思議な何かに引っ張られたみたいな感覚がして疲れを感じなかったけど……
……今日正気になって改めて登ってみると、辛い。
「……そんなに遠くないハズなんだけどなぁ……」
山の中にある九十九神社は、別にこの山の頂上にあるというわけではない。
ちなみに希はここにはいない。
一応今日の朝、昨晩失神してから意識を取り戻した希を誘ってはみたものの……
『ワタシニホンゴワカリマセ~ン』
と、謎にエセ外国人口調で拒否された。
イラっとしたから今度精神科に連れて行くべきかもしれない。
「クロ!クロ!ク~ロ~!!」
また僕がため息を吐いていると、僕を呼ぶ玲の元気な声が聞こえた。
玲の方を見てみると、玲はキラキラした瞳で駆け寄ってくる。
「セミの抜け殻ですっ!!」
セミの抜け殻を僕に見せびらかしていた。
……薄々感づいてはいたけれど、この子アホの子か。
それから5分ぐらい経った頃、僕らはようやく九十九神社へ続く石段を登りきった。
「はぁぁ……もっと体力つけたほうがいいのかなぁ……」
「やっほ~~~~っ!!」
その齢にして山彦とコミュニケーションを図るアホ初めてみたよ。
僕は一つ深呼吸をして、真っすぐ前を見る。
僕らの目に映る先には、目的地である九十九神社が。
ここ九十九神社は、話によると何百年も前から存在しているようだ。
で、そんな神秘的な神社に住まう祭好きの神様。通称"アオガミ様"と呼ばれている神様が、ここにはいる…らしい。
「……ねぇ玲、君は神様に会ったんでしょ?具体的にどんな話をしたの?」
僕がそれを聞くと、玲は思い出そうとしているのか首を捻る。
「……なんだか私にはよく分からない事を言ってました。それからクロのこと教えてもらって…」
……つまり、その神様――アオガミ様が玲と僕を引き合わせたのか。
……何故……僕なんだろう……。
「では神様に会いに行きましょう!」
「うわっ!?」
突然玲に手を握られ、僕は変な声を上げてしまった。
そのまま玲に引っ張られるようにして、僕らは九十九神社へと走り寄る。
「……誰もいないじゃないか……」
九十九神社へと来たはいいが、神様と思わしき人影は見当たらない。
玲は握っていた僕の手を離して、神社の周りをウロチョロとし始める。
「すみませーん!神様いますかー!」
「いや近所の友達かよ。」
そんなんで現れる程フレンドリーな関係じゃないだろ。
……まぁでも、本当に現れる気配がない。
そりゃあ僕だって、別に神様の存在を特別信じてたわけじゃないけど……
「やっぱり居ないんじゃない?そもそも居てもそんな白昼堂々と出て来るわけ――」
――ない。と、続けようとした僕の声は……突如吹き抜けた突風によって、掻き消された。
風が止み、辺りが静けさに包まれる。
なんとなく、声を出すことを躊躇ってしまう程の静けさ。
……いや、声を出せなかった。
何故なら、いつの間にか……僕ら視線の先、九十九神社の前に……見知らぬ女の子が現れていたから。
「よくぞ参ったな、人間よ。」
で、その女の子は僕と玲に向かって言葉を発した。
でも僕は反応出来ずにいる。
「なんじゃ貴様、何故驚いたフリをしておる?」
女の子は僕の表情を見るや否や、嫌な笑みを浮かべる。
問いなのに、その問いの答えが分かっているという意地悪な笑みだ。
その少女は綺麗な巫女服姿で、歳はきっと玲よりも幼くて、多分小学生だろうと推測できる幼さ。
見た目の情報はそれだけじゃなく、そんなことよりもドキツい特徴がある。
髪の毛が…青い。
綺麗な青い髪。その髪を、後ろで結んでポニーテールにしている。
この子は普通じゃない。
何も髪色だけで言ってるんじゃない。
そもそもの話なんだけど、いつの間に"そこ"にいたんだ?
突然現れた。何もいなかったのに。
昨日、玲と出会った時のような感覚。恐怖なのだろうか。開いた口から出る声が震えた。
「……君は……誰……?」
僕にそれを尋ねられた女の子は、何故かキョトンとした表情を作っていた。
「……貴様、わしに用があるからココへ来たのではないのか?」
そして女の子はそう言い、「違うのか?」とでも言いたげに首を傾げて見せる。
……"わしに用がある"……?
今度は僕が首を傾げる番だった。
……いや、僕らが用があるのは君じゃなくて九十九神社の神様であって……
……………。
「……………え?」
まさか、と、嫌な推測に思わず変な声を上げてしまう。
そんな僕の心情を察したのか、女の子は僕を見てため息を吐く。
「わしが、九十九神社に住まう神じゃ。」
……目が点になった。
いや、比喩とかじゃなく。
僕はナメられているのだろうか。
神様って、神様って、神様って。
「…僕をバカにしてる?」
「まぁバカだとは思っとるぞ。」
あ、すっげぇイラっとした。
僕のその感情を読み取ったかのように、少女は"やれやれ"とまたもイラつく動作でため息を吐く。
「順応性がないのぅ。わし貴様嫌いじゃ。」
「そらそうでしょうが!!てゆーか君みたいな――」
……言いかけて、止めた。
あることに気がついたから。
この女の子の髪は青色。
青い髪。青髪。"アオガミ"。
「――人間バカにすんなぁぁぁぁッ!!!」
僕はもう本能が命令するがままに叫んでいた。
アオガミ様ってまさか……"青い髪"だから、"アオガミ"なの!?
そんな適当なネーミングの奴を僕らはずっと祭っていたの!?
「馬鹿を言うな。"アオガミ"という名は貴様ら人間が勝手に付けた名じゃろうが。」
もう一度叫んでやろうとしたところ、女の子はまるで僕の考えていることを見通したように言う。
そう言われた僕は、何も言い返せず正気に戻ることが出来た。
……た…確かに、神様の名前なんて結局は人間が付けたものか……。
「大方わしを見た大昔の人間が、わしの髪を見て"アオガミ"と名付けたのであろう?」
適当なのは人間の方でした…。
僕が落ち着いたのを見たからか、女の子は始めて僕の方へ歩み寄ってきた。
そして僕の前に立ち――
「――九十九魂明朝ノ大神。それがわしの名じゃ。」
――神様の名を、僕に教えてくれた。