白河 玲
「……う…浮い……てる……?」
希の声が尋常じゃない程震えていた。
あぁもう間違わない。
希じゃなくてもこれはビビる。
確かに今僕らの目の前にいるソレは……幽霊だ。
「私は幽霊ですが、霊体になったり実体になったり出来るみたいなんです。」
そう言って、少女はその小さな体を浮かせたまま僕らと会話を続けた。
……言いたいことは分かる。
言いたいことは分かるけど、"日常"に暮らす僕らにはちょっと追い付かない"非日常"な事で……
「例えばこんなふうにですね、」
突然、その宙に浮く少女が動いた。
まるで海の中を泳ぐ魚か何かのように、フワ~っと僕らの側まで近付き……
「わぁ~~~お!!」
「――――っ!?」
そのまま少女は無邪気な声を上げながら……希の体を、"すり抜けた"。
また訳分からん言い方かもしれないけど、希の体を少女は通過してしまったのだ。
その"有り得ない"事を目の前で目撃した僕は、もう開いた口を塞ぐ気にもならない。
少女は軽やかな動きでまた僕らと向かい合う位置へ戻り、僕らの真っ青な表情とは対照的な笑顔を浮かべ、座った。
ちなみに希はショックのあまりに泡を吹いて失神している。
「ど…どうしましょう…。まさかその方も死んでしまったのでしょうか…」
「いや、心配しなくても希は死んでも生き返るよ多分。」
希の哀れな姿を見て心配する幽霊だが、何故か僕の中で"恐怖"というものがなくなった。
幽霊が目の前にいるというのに。
でも……それでも、この少女は……そういう気分にさせるだけの気の抜けたオーラを出している。
「……はは……本当に幽霊なんだね……」
渇いた笑い。
いや、だって……笑うしかないよ状況的に。
「九十九神社の神様が、私に"奇跡"をくれたんです!」
「九十九…神社……って……あぁいや、もう無駄なツッコミは止めよう……」
この少女の言葉一つ一つにツッコんでたら話が進まない。
つまり要約するとこうだ。
"九十九神社のその神様が幽霊に肉体を与えて僕らの前に出現させた"
あり得ない。落ち着いて整理してもやっぱりあり得ない。
でも、もう既に"有り得ない"事が目の前で起こったんだ。
神様の存在ぐらい、今なら受け入れられる。
「ですから、是非私と一緒に九十九神社へ行きましょう!神様にお礼を言いたいんです!」
そう言って、少女は僕に詰め寄る。
その言葉に一瞬ポカンとしたけれど……
「……その…神様、にお礼を言いたいってのは理解できるけど……なんで僕も……?」
僕は自分の顔を指差し、苦笑いのような表情を浮かべる。
だって……ハッキリ言って僕、全然関係ないよね……?
いや、そりゃこの少女をここまで連れ込んだのは僕だし、この少女の秘密も知っちゃったし……。
でも、だからって僕はそんな神様と出会えるファンタジーツアーに招待される程の存在じゃないハズだ。
「イヤですか?」
「イヤ、というか……」
ぶっちゃけイヤだけど。
僕は"日常"に居続けたいんだ。
僕のこれからの人生プランの中の出来事にはこんな"非日常"、お断りなんだ。
……でも……気になるのも確かで……。
はぁ、と息を吐き出し、両手を上げて降参の意を示す。
「……分かったよ、付き添うだけなら。でも流石に夜が明けてからにしよう。」
今すぐは無理、という条件で……結局僕は"非日常"へと足を踏み入れてしまう。
……てゆーか……何で僕、こんなにも落ち着いてられるんだ……?
目の前に幽霊の少女がいて、しかもその少女が話す内容はどれもこれもブッ飛んでるのに……。
……今僕の隣で泡吹いて失神している希のようなリアクションこそが"普通"で、落ち着いて話を受け入れてる僕みたいなのは……おかしいのかな……。
こんなこと言うと、本当におかしい気がするから口にはしないけど...この少女とは、初めて会った気がしない。
いや、思っててなんだけど間違いなく初対面だ。絶対に会ったことはない。
けど、そう思わせるだけのものがある。
仮に言葉にするとすれば、"隣人感"って感じの空気が。
「あ……そういえば、君、名前はなんていうの?」
ふと、少女の名前という基本的な情報を得ていない事に気付く。
よくもまぁただ"少女"と適当な認識でここまで話を進めれたな僕……。
僕に名を尋ねられた少女は、自分でも名乗っていないことに気付いたからかポンっと手を叩く。
「そうでした!では恒例の自己紹介タイムといきましょう!」
「何の恒例だよ……」
相変わらず幽霊っぽくない溌剌な少女を見て、思わずため息を吐く。
「えっと、君は僕のことをその"神様"とやらに聞いてるらしいけど……一応僕も自己紹介しておくよ。」
そう言い、僕は一つ咳ばらいをする。
「橘 邦弘。この高校の二年生だよ。」
それが僕の名だ。
次は少女に名乗ってもらう為、僕は少女に目で次を促す。が、
「わぁお……"くにひろ"だから"クロ"なのですね!」
「え?あ…あぁ、そのことね……」
少女はそんな僕の眼差しをスルーし、意味の分からない事に食いついてしまっていた。
"クロ"とは、希だけが使っている僕のあだ名だ。"邦弘"を縮めて、"クロ"。
実に適当且つ下らない。
けどあだ名なんてそんなもんだから、別に不満はない。
「では私も"クロ"と呼ばせていただきますね!」
「…………。」
……何故そこまでフレンドリーなアプローチが出来るんだ君は。
奥手な僕には理解出来ない感性だ。
……まぁ、イヤではないから構わないけど。
「……というか、そんなのは後でいいから君の名前を教えてよ。」
このままじゃ後10分は少女の名を聞き出せない気がしてきた為、僕はそれを急かした。
それを急かされた少女は、一度コクンと頷く。
少女が頷くと同時にチリンという鈴の音。
幽霊っぽくない幽霊の、唯一幽霊っぽいその鈴の音だけは……神秘的な何かを感じさせる。
「――白河 玲、です。」
少女は、空中に文字を書くように、指でその名をなぞる。
少女が名乗ったその名を聞いて、僕は思わず声を漏らした。
白河 玲。
"れい"の名の漢字は……"玲瓏"とかの、あの"玲"。
感動するほどに、ピッタリな名だ。
神秘的な鈴と、その玲々たる鈴の音を響かせる少女にとって……これ以上に似合う名はないだろう。
「一応、"死んだ"のは中学三年生ですが……生きていれば、今頃クロと同じ高校二年生です!」
"クロ"というあだ名を早速用いて、少女はそう明るく言った。
けど、それは果たして明るい話なのか……?
死んだのは中学三年生で、生きていれば僕らと同い年、ということは……
「……君……えっと、白河さんは、」
「玲でいいですよクロ!」
いやだから何故そこまでフレンドリーなアプローチを……あぁもう別にいいや……
「……玲は、二年前に……」
……死んだ、ということになる。
それを口にするのに躊躇って、僕は言い切れなかった。
幽霊に対する気の使い方なんか知らないから、こういう時どう言えばいいのか分からないよ……。
「はいそうです!つまりクロにとって私は年下であって年下でないのです!同い年のように接してください!」
「明るい話題じゃないんだけどなぁ……」
少女――玲には別に気を使う必要はないようだった。
つまりアレか。
幽霊ってのは死んだ時の姿のまま歳をとらないのか。
……まぁそりゃそうか。
死んだってことは……時間から切り離された、ってことだもんね……。
「そちらの方とも自己紹介したいです!幽霊になっても友達の輪が広がります!」
……と、生きてる僕が割とシリアスな事考えてるにも関わらず、死んでる玲は失神してる希の肩を笑顔で揺さぶっていた。
……僕の中で幽霊という存在が物凄くファンシーなものへと変わってしまった気がする……。
「あぁえっと……希との交流はまた明日にしてあげてよ。」
「…?どうしてですか?」
ホラー系全般は大の苦手だからです。
もうちょっと落ち着いてからにしてあげないと、マジで希の心筋がはち切れるよ。
「……じゃあ、明日一緒に九十九神社に行くということで……」
そう言い、僕は玲を見た。玲も僕を見た。
……玲は何もアクションを起こさない。
......いや、帰れよ。
「つかぬ事をお伺いしますが……玲は、今晩どう過ごすの……?」
恐る恐る、僕は幽霊さんの今夜のスケジュールを尋ねてみる。
「今夜ですか?もう夜も遅いので、これから寝るつもりですが。」
玲はそう言うだけで、やはりアクションは無し。
………………。
まさか。
まさかこの部屋でお寝んねするおつもりですか。
いやいやいや、ダメでしょ常識的にもダメでしょ。
「……どこで、寝るの……?」
「そのことでお願いがあるのですが、このベッドを使わせてもらってもよろしいですか?」
よろしくないです。
まてフザけるな、君は幽霊だぞ。
どんな可愛らしい姿・性格をしていようが、君が幽霊という事実は現実として僕の前に仁王立ちで存在してるんだぞ。
「実は恥ずかしながら、ベッドで寝るのは二年ぶりなのですごくワクワクしていまして...えへへ...。」
照れ照れ、と玲は僕のベッドへと上がり、そのまま幸せそうな顔をして倒れ込む。
寝ていいかの許可の返事はまだしてないんですけど、これは拒否権ないぞという意思表示なのかしら。
「ちょっ、待って、そもそも君女の子なんだからこんなーー」
「おやすみです~…」
僕のツッコミを華麗にスルーし、玲はそのまま瞼を閉じてしまう。
電源が切れたかのようにすぐ聞こえ始める玲の寝息。
起こしてこのやりとりを再開させよう。
との考えはすぐになくなり、疲労感が突如僕を襲う。
あぁ、もう、なんか、今日はいいか。
「……希のベッド使わせてもらおう……」
今も床で泡吹いて失神している希に合掌し、僕は希のベッドで眠ることに。
ベッドに寝転び、天井をボーっと眺めながら……僕は頭を整理していた。
……今日、僕は"世界"を変えてしまったのかもしれない。
ただ鈴の音を聞いただけで、
ただ少女を助けただけで、
僕は……確かにそこにあった"日常"を、失ってしまったのかもしれない。
何も起こらない平和で平凡で平常な毎日から、違った場所へと足を踏み入れてしまったのかもしれない。
もしもこの先、さらに"非日常"な事が起こるのならば、"あの日の夜が全ての始まりだった"とでも思うのだろうか。
出来ればそんなこと思う機会なんか訪れないでほしい。
僕はただ"日常"に生きたいだけなんだから。
だから、この"非日常"すら"日常"の一部に数えなければならない。
そうすることで、僕の日常は守られる。
……まぁそんなことを考えるだけ考えて、今夜は多分、眠れそうにない。
第一話 完
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