90.ナンパと合流
空いている屋台がなく、俺は一番短い列へと並んだ。前の方を見ると焼きそばの屋台だったようだ。
「成実に食べたいものでも聞いてくれば良かったかな」
そんなことを呟くが、一度戻ると更に時間がかかり、かなり待たせてしまいそうなので列に留まる。
思いの外、列はすぐに進んで行ったので五分ほどで購入できた。プラスチックの容器を二つ手に持ち、帰りがけに飲み物も買ってから先程のベンチへと歩いていく。
「……は?」
自分でも驚く程に低い声が出たのは、イラッと来たからか、彼女と初めて会った時にもナンパもといスカウトをされていたことを思い出したからだろうか。
しかし、そんなことはどうでもいい。遠目でナンパだと断定はできかねるが、成実が二人の人から囲まれている。
何かあってからでは遅いのだ。滑る足元には気を付けつつ、俺は早足で彼女の元へと向かう。
「成実!」
「あっ、友也くん! えっと、怖い顔してるよ?」
笑顔で俺を迎える彼女。俺は成実から視線をナンパだと思っていた相手に移す。
「あ……。はぁ、そういうことか……」
勝手に思い込んで視野が狭まっていたのと、晃の影に隠れて白雪がしっかり視認できていなかったため、二人の男に話しかけられているのだと思ってしまった。そう、二人はよく知る人物である晃と白雪だった。
思い込んで早まったのも、遠目とはいえ親友を見誤ったのも情けない。
「おや、私たちをナンパだと勘違いして、自分を責めてるような顔しているね」
「なんでそんなに的確なんだよ……いや、全部合ってるけどさ」
「ははっ、友也は神崎さんの事になるとどうも視野が狭くなるな!」
「くっ、何も言い返せない……。とりあえず二人とも申し訳ない。成実も驚かせて悪かった」
「あっ、ううん、気にしないで! それに華ちゃんの言うことが合ってるってことは心配してくれたんでしょ? ありがとね!」
「成実……俺の方こそありがとな」
……はっ、今気付くまで成実しか視野に入っていなかった辺り、本当に晃に言い返すことができないな。
「それにしても晃たちと会うとは思わなかったな」
「俺の方こそ、そっくりそのまま返すぞその言葉」
「まぁ、確かにそうだな」
そうしてそのまま晃たちと合流した俺たちは、二人は昼食がまだということで、今度は私がと言う成実と白雪がお昼を買いに行った。
「友也、デートの邪魔して悪いな」
「いや、一応デートというか成実に泳ぎを教えに来たのがメインだけどな。すぐに覚えたから午後からは、まぁ、デートになるかもしれないが」
「あぁ、そうだったのか」
「というか、こっちこそ焚き付けておいて申し訳ないな。晃こそデートに誘ったんだろ?」
「あー、いや、華から誘われたんだよなぁ。時間があるなら行かないかって」
「そうだったのか。……一応確認だが、まだ付き合ってないんだよな?」
「あ、あぁ、そうだけど……いや、俺もデートみたいだなとは思ったぞ! けど幼馴染としてこういうことも前からあったしな……」
幼馴染と恋人の違い……普通の幼馴染がどうかは分からないが、晃と白雪は距離がかなり近いと思う。だからこそ晃からしたら、白雪が自分を異性としてどう思っているのか判断に困るのかな。
「晃も大変だな……」
「あはは、何かあれば相談にでも乗ってくれると助かる。まぁ、幼馴染って立場だからこそ今こうして来れて、水着姿が見れてると考えると悪くないなって……」
「水着姿がなんだって?」
「うおぉ!?」
「なっ!?」
びっくりした。いつの間にか白雪と成実が戻っていたようだ。
「? ただいま友也くん」
「あ、あぁ、おかえり成実」
「何の話をしていたんだい?」
「い、いや……」
「その、彼女の水着姿にドキドキしっぱなしだって晃に話してただけだよ」
「あぁ、そうだ! 惚気話を聞いてただけだぞ」
すまん助かるみたいな目で見られたので、気にするなと頷き返しておく。
「ドキドキ……」
「ははっ、相変わらず友也と成実は甘々だね」
顔を赤く染める成実と納得した様子の白雪。ひとまずセーフだろうか。
そのまま簡単に昼食を食べ、泳ぎに関してはもう大丈夫そうなので遊びに入る。
そして今はのんびりと流れるプールを歩いている。
「さっきはありがとな!」
「おう、気にするな。まぁ、一つ言わせてもらうと、俺もそうだけど、晃もドキドキしてるよな?」
「そうだな……。今日に限らず、自覚してから変に意識することが多くなったな。でも今日なんて水着だし、普通の男子なら仕方ないだろ!?」
「ははっ、あぁ、確かに反論できないな」
それに白雪は黒のシンプルなビキニだ。だからこそ、それが想い人なら尚更目のやり場に困るだろうし、大人っぽい魅力もある。
髪は一つに束ねて、長い黒髪をポニーテールにしている。
胸だけは控えめだがスタイルは良く、贔屓目なしにも凄い美人だ。大切で一番の彼女がいなければ俺も間違えなく見惚れていただろう。
と、そんなことを考えていると前方にいる成実たちが何やら近づいて話していた。
「それにしても成実の胸は大きいね」
「えっと、そんなことないと思うよ?」
「いやいや。どうすればそんなに大きくなるのかな……」
恨めしそうに成実を見る白雪。昔から容姿端麗、才色兼備で非の打ち所がなかったが、本人は胸だけをコンプレックスに感じているようだった。以前、香織さんのことも恨めしそうに見ていた記憶がある。
意識するしないと晃と話していたり、白雪がそんなことを話しているのが聞こえたせいで、成実を妙に意識してしまう。
「あっ、友也くん!」
「なっ、なんだ?」
「ウォータースライダー、一緒に行かない?」
「あぁ、了解だ。行こうか」
「ウォータースライダーに行くのか?」
「そうだ。晃たちはどうする?」
「あー、俺も行こうかな! 華も行くか?」
「もちろんだよ」
そうして四人でウォータースライダーへと向かう。階段を上がり上に着くと、浮き輪に乗るタイプで、一人でか二人でか選べるようだった。
「成実、一緒にいかないか?」
「うんっ、もちろん!」
晃たちも二人で乗るようだ。二つのレーンがあるので、四人とも同時にスタートできる。
「あ、二組ともカップルさんですねー。えー、彼女さんが前に座って、彼氏さんが後ろからお腹の所に手を回してくっついてもらいます」
「あ、あぁ、私が前だね」
「俺が後ろだな」
カップルのことは否定していないが、お互い意識しているようだ。冷静なことが多い白雪も頬を赤らめている。
「友也くんっ」
「すまん。すぐ座る……」
ふと直前に気付いたが、後ろから抱きつくような感じだし、お互い水着なので凄く密着するのでは……?
「ちょっと恥ずかしいね……」
「あ、あぁ……」
「それじゃ、スタートしますよー。彼氏さんはしっかりと手を回してくださいねー」
素肌で密着しているので、もしかすると彼女に心音も伝わっているかもしれない。落ち着こうとしても早まる一方な鼓動。
「それじゃ、いってらっしゃいー」
そんな掛け声と共に浮き輪を押し出すスタッフの方。徐々にスピードが上がり、無意識に彼女を離さないようにしっかりと後ろから抱きつく。
「ッ! は、早いね、友也くん!」
「だな、結構早いな!」
そのまま横に回ったり急降下しつつ、気付けば終わりを迎えた。
「うわぁ!」
「うおっ!」
水しぶきを上げながら、下のプールへと着水する。その時に勢いがあったため、二人とも浮き輪から落ちてプールの中で浮かんでいる。
「あははっ、楽しかったね!」
「ははっ、あぁ、楽しかったな」
横を見ると晃たちも終わっていたようで、向こうも笑いあっている。
そうしてその後も思う存分楽しみ、プールを後にした。




